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狩る者 -大抵の問題は金と筋肉が解決する-  作者: 海水
プロローグ

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1/7

人攫いの結末

 大抵の問題は金と筋肉(暴力)が解決する。それが俺の哲学(モットー)




 陽の光が地平に隠れいびきをかいている頃。人の目が届かない、公都から離れた荒れ地の崖に、革鎧を纏った若い男二人がいた。月明かりも差し込まない岩窟の入り口付近でだらしなく立っている。腰には短めの剣を携えているが、その柄はまだ新品だ。


「昨日の女は良かったな」

「あぁ、怯える顔も、具合もなぁ」


 緊張感のない二人の男は下世話な話題にゲラゲラと笑う。そんな二人の目の前に二つの赤い光が灯った。男達は不穏な赤い光に気が付き表情を野蛮に変える。

 

「誰だテメェ?」

「ここには酒場はねえぞ」


 二人の男が剣の柄に手をかけ、近付いてくる何かに警告を発した。

 刹那、黒い剣が振り下ろされ、一人が真っ二つに斬られた。


「ギャァァ!」

「くそっ、何だこいガフ……」


 何かの肉を叩き斬る音と断末魔が響き渡る。


「クソッ! アイツか!」


 どこかで声を張り上げているが、どしゃっと潰れた。


「けっ! どんだけ強えぇかしらねえが!」


 腰だめに剣を構えた男が顔を歪めて吠える。

 威勢の良い声とは裏腹に、額にはびっしりと玉の汗が吹き出していた。それでも殺気を浴びても逃げ回らない男気は、勇者と褒められよう。

 勇者の目の前に迫った赤い光が細まった。刹那、剣が男を貫いた。


「ごふっ……」


 背中から黒い鋭利なモノを生やしている男は勢い良く壁に投げ捨てられた。


「ちっ、何でアイツが!」

「【悪魔(デイモン)】は手出しできなかったんじゃねぇのか!」


 雑多な臭いで満ちた岩の回廊に、そんな男達の叫び声が木霊する。その間にも金属同士の不協和音と聞くに堪えない断末魔は止まない。

 急速に増す鉄の臭いと死の気配が忍び寄る。捕えられない赤光が、どしゃりと嫌な音を引きずって暴れまわった。


「ひっ」


 赤光に迫られ、壁に追い詰められた男が、短い悲鳴を上げた。ガクガクと意志とは無関係に動く足で、近寄るなと言いたげに、震える剣を突き出す。

 男の頭上に襲い掛かる黒い剣。数瞬遅れ、男の躰は別れを惜しむ間もなく左右にずれ、崩れ、地に伏せた。


「テメエが、最後だ」


 岩の回廊の行き止まりに逃げ込んだ男に、最後の審判が下される。


「や、やめ! やめてくれー!」


 もはや剣も捨て、身を庇る様に腕を差し出すしか出来ない男が泣きながら懇願をした。


「はっ! お友達が冥府でお待ちかねだ」

「ギャァァァ!」


 力づくで命をむしり取る音が響く。

 今までの喧騒は消え去り、男の静かな呼吸の音だけがその場の生命だった。


「おい、終わったぞ!」


 二つの赤い光が勝鬨の代わりに、誰かを呼んだ。闇の中から人影が出た。


「終わったかサイラス」

「あぁ、数えるから待て」


 体に纏わりつく湿気と鉄の臭いが溢れる空気の中、サイラスは死体を数える。背には身の丈以上の黒い長剣。圧倒的な筋肉を誇示する体躯。死の臭いしかしない。


「三五だ」


 サイラスは右の口角をあげ、脇に立っている別な細身の男に数を伝えた。その細身の男はサイラスよりもずっと背が低い。頭が肩にも届いていない。

 細身の男は、ふぅ、と小さく息を吐いた。


「サイラス、ひとり足りん」


 男は抑揚のない声をあげた。


「あぁ?」

「情報では三六人だ」

「チッ」


 サイラスは舌打ちし、壁に差し込まれている松明をひったくるように掴んだ。松明が照らしたのは短い赤毛を天に突き出したハリネズミの様な頭をした、強面の青年()だ。

 男らしい太い眉、鋭い赤い目、形の良い鷲鼻、薄い唇。一つ一つのパーツは整っているが、残念な事にやや角ばった顔に当て嵌めると、精悍ではあるが凶悪なモノになるようだ。

 極めつけは右目を斜めに横断する傷跡だ。視力には影響が無いようだが、頬まで繋がっているその傷はその人物が正しい人生を歩んでいない事を物語っている。

 その赤毛の男は灯りが届かなかった闇に松明を掲げた。灯りは左と右に分離した二人分の人間だったモノを照らしている。


「ここに()()


 ニヤリとした笑みを浮かべ「三六だ」と告げた。


「ご苦労だったなサイラス」


 黒い外套の細身の男は顔を別な方に向けながら労う。彼は注意深く周囲に視線をやり、何かを探している。


「ったく、こんな雑魚で俺を呼ぶなよ」


 サイラスは足元に転がっている人間だったモノを蹴り飛ばした。飛ばされたモノは残像を残して壁に当たり汚い花を咲かせた。


「死者は丁重に扱ってやれ。例えそれが悪党(人攫い)でもな」


 細身の男が口の端に咥えた細い葉巻をくゆらせながら歩きはじめた。

 しなやかな細身だが顔には中年に差し掛かった痕跡が散見される。艶のある見事な黒髪を油で撫でつけて後ろに流し、清潔感を保つ程度の長さに切り揃えられた髪は豊かな生活を送っていると感じさせた。

 事実、身に纏っている黒い外套は凝った青い刺しゅうを施された、見るからに高価そうな品だ。

 真っ直ぐ前を見つめる紫色の瞳は何の感情も宿していない。鉄の臭いが充満する空気を吸い、大量の凄惨な死体を見たのにも関わらず、だ。

 その性格を表すかのように顔つきも整ってはいるが怜悧なモノであった。若ければ婦女子が放っておかないであろう顔ではあるが、表情は無い。


「お偉いさんは違うねぇ。さすが伯爵様だ」


 サイラスは手を広げ軽口を叩き、男に続いて歩き始めた。二人の足はとある場所へ向かっている。


「お前だって一応貴族だろう。ガーランド辺境伯の御子息のサイラス様」

「はっ! 所詮田舎の貴族さ。ちょっぴり知恵のついたサルだよ」

「サルと言うには育ち過ぎだ。残念だが、栄養が頭には回らなかったようだな」


 細身の男の煙を吐きながらの嫌味にサイラスは「巧い事言うな」と肩を揺らした。


「自覚はあるんだな」

「うるせぇ」


 サイラスは不機嫌に壁を殴った。

 二人は貴族であり、それなりに付き合いは長い。細身の方はともかく、サイラスの方はとても貴族らしからぬ言動だが。


「生きてたな」


 二人が歩み止めたのは鉄の棒が林立する広い空間だ。ここには先ほどの鉄の匂いが満ちた気配ではなく、様々な体液の混ざり合った吐き気のする不快な空気に支配されていた。


「胸糞悪い」


 鼻を突く臭いにサイラスが眉を寄せ吐き捨てるようにぼやく。ここで何が行われていたかなど、想像するのは容易い。彼は人は殺すが、意味のない無駄な殺しはしない。女は買うが、このような事はしない。

 鉄の棒で区切られた中には、粗末な布を身体に引っ掛けている、としか見えない女性達が身を寄せ合い、怯えた目で二人を凝視していた。


「間に合った様だな」


 伯爵と呼ばれた細身の男は女達を確認し咥えている葉巻をギリッと噛みしめると、踵を返してもと来た道へと帰って行った。無表情だったその顔に、薄らとだが怒りの欠片が覗いていた。


「出してやる。ちょっと待ってろ」


 サイラスは怯える彼女達に一声かけると、背中の黒い長剣を持ち出し、鍵を一つ一つ丁寧に叩き壊して回った。

 剣が怖いのか彼の顔に怯えたのか、助けると言われても彼女達は奥へと逃げ、寒さを凌ぐために身を寄せ合う動物ように一か所に固まっている。

 サイラスはそんな事はお構いなしに鍵を壊し続けた。


「これで最後だ」


 全ての鍵を壊したことを確認するとサイラスは満足そうな、だが傍から見れば凶悪な笑みを浮かべた。

 長剣を背中に戻すとさっと手を上げ、伯爵の後を追い掛けていく。檻の中の彼女たちは訳が分からず、ただ茫然とその背中を見つめていた。

 洞窟の様な岩のトンネルを、松明の明かりを頼りに二人は歩いていく。何処かに人がいるのか、ざわついた音が響くはずの二人の足音を消していた。


「セスラヴィンスキー伯爵!」


 鎧を纏った騎士が騒々しい音を立てて細身の男に駆け寄った。鈍色のプレートで武装した男だが、この男の背丈もサイラスの肩にも届いていない。騎士であれば体格もそれなりであるはずだ。

 騎士は気になるのか視線を動かしてサイラスをちらっと見上げた。騎士ですらサイラスの胸に届くかと言う身長だ。騎士が小さいのではない。サイラスが異常だった。

 彼は身の丈二四〇センチを超える身体に鍛え上げられた筋肉を見せびらかすように防具など何もつけず、動きやすいそうな紺色のシャツに黒いズボンというラフな出立だ。

 とても戦闘をする格好ではないが、彼が築き上げた屍は三十六。負った傷はなし。


「あぁ、終わったぞ。彼女達は奥に囚われていた。助けてやってくれ。それと中の検分と片付けを頼む」

「ハッ! 承知いたしました!」


 騎士は短く了承を伝えると「行くぞ」と声をかけ部下を連れて鉄臭い岩の隧道へ駆けて行った。





 ラムゼイ公国の公都にあるセスラヴィンスキーの屋敷の、応接間と言うに相応しい調度品で整えられた部屋にサイラスとセスラヴィンスキーはいた。格好だけは何とか貴族に見えるサイラスがくつろいでも良いとは思われないほど繊細で豪華だな部屋だ。


「で、今回の報酬は?」


 肘掛け付の椅子に腰かけドカッとテーブルに足を放り出したサイラスが、外套を脱がされているセスラヴィンスキーに声をかけた。

 

「一人当たり一万ゴールドだ」


 優雅に椅子に腰かけたセスラヴィンスキーが足を組み冷たく言い放つ。


「はぁ? 約束じゃ一人三万だろうよ! ったく、しけてんなぁ。三六万じゃ一晩しか楽しめねえ」


 それに対してサイラスは額に皺をよせ不満をぶちまけた。

 ラムゼイ公国は五つの国が集まって形成されているウォーラム連邦国家の内の一つだ。農業と繊維業を柱とした比較的穏健な国家で、連邦国家の食料庫となっている。

 そんな穏健な国でも人攫いや殺人などの犯罪は日常茶飯事だ。これでも周辺の街や村に比べればこの公都は平和な方だった。穏健なだけあり騎士は数十人、軍も一万人いない、小さな国家だ。

 サイラスが行ったのは騎士や軍が手におえない犯罪に対する最終手段だ。名前を変えれば処刑、もしくはゴミ掃除ともいう。


「あれを雑魚と言ったのはお前だ。雑魚に金は出せん」


 無表情だが勝ち誇ったように言い捨てる伯爵にサイラスはチッと舌打ちし顔を顰めた。


「こんなのはギルドにでもやらせろよ」


 サイラスは口を歪め愚痴る。憤慨遣る方無しと言う感じだ。


 ギルド。

 所謂組合だ。商人や職人は当然の事、傭兵、魔法使い、果ては暗殺者ギルドまで存在する。暗殺者ギルドは表に出てくる事は無い組織ではあるのだが。

 傭兵ギルドとは依頼があれば受け、それを完遂させ報酬を得る戦闘集団だ。戦士、剣士、魔法使い、腕に自信のある奴か訳あって騎士団を追い出された騎士などが所属している。


「とある有力貴族が絡んでる。表沙汰には出来なかった」


 セスラヴィンスキーは気品溢れる流れるような動作で足を組み替える。向かい合う二人だが野獣と紳士だ。


「どうせ大公からの依頼なんだろ? ケチくせぇ事言うなよ」


 大公とは、ラムゼイ公国の支配者であるウォーレン=ラムゼイ3世のことだ。この国は彼を頂点とした王政が布かれている。

 サイラスに来る依頼は基本的に騎士、軍、傭兵ギルドの手に負えない厄介なモノだ。逆に言うとサイラスはそれらよりも強力であると言える。そんな厄介なネタを運んでくる依頼主は大抵が大公なのだ。

 

「昨日も報酬を受け取ったろう」


 セスラヴィンスキーはナイフで葉巻の端をフラットに切る、傍にある蝋燭の炎にシダー片を入れ、火を点けた。貴族として年齢を重ねているだけあって動作はイチイチ優雅で隙が無い.


「んなもん女を買うために決まってるだろ。それ以外に何がある?」


 サイラスは片方の眉を吊り上げ、さも当たり前だと言わんばかりの顔でセスラヴィンスキーを睨みつけた。強面の顔が凄めば恐怖をまき散らす顔に変貌する。だが見慣れているセスラヴィンスキーは動じる事は無かった。

 凶悪な顔を見せられても一ミリも表情を変えずに「ヴァネサか……」と煙をくゆらせる。


「おうよ。公都一の良い女だ」


 自分の女とでも言いたげなニヤケ顔のサイラスに、セスラヴィンスキーは背もたれに寄りかかり大きく煙を吐いた。


「お前の父親からは、結婚相手を探してくれと頼まれているのだが」

「この顔を怖がらねえ貴族令嬢にお会いしてみたいもんだな!」

 

 サイラスは椅子の上で仰け反って大笑いした。

 事実、彼の顔を初めて見た令嬢は、固まってしまうか無言で後ずさるか、ひどい場合はその場で口から泡を吹いて倒れた。

 セスラヴィンスキーは額に手を当てて俯く。肩を揺するほどのため息をつき、その精悍な顔に苦労を滲ませていた。サイラスの場合、顔は元よりその素行にも難があるのだ。

 傍に控える使用人は、なんとも対照的な二人だと思っている事だろう。それを口に出さない彼は有能である。

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