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無能と罵られた令嬢は、隣国の黒狼公爵にその頭脳を見初められ、世界で一番甘く愛される~私を捨てた祖国は、もはや手遅れです~  作者: 九葉


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最終話

アレクシス殿下たちが、絶望の表情で去ってから数ヶ月が経ちました。

彼らの帰国後、クライデル王国がどうなったのか。

風の噂で、いくつか耳にはしましたが、私の心が乱れることは、もうありませんでした。


自らが招いた失政の責任を全てマリア嬢とその実家に押し付け、彼らを断罪することで民の不満を逸らそうとしたアレクシス殿下。

しかし、一度失った信頼は戻らず、飢えた民による大規模な暴動が発生。

王家の権威は地に堕ち、国は内乱状態に陥ったと聞きます。


自業自得、という言葉がこれほど似合う結末もないでしょう。

けれど、それはもう、私とは何の関係もない、遠い国の物語でした。


「ソフィア」


穏やかな午後の光が差し込むサンルームで、揺り椅子に座って編み物をしていると、優しい声と共に、愛しい腕がそっと私を包み込みました。


「あなた。おかえりなさいませ」


振り返ると、そこには軍服を脱ぎ、柔らかな私服に身を包んだカイゼル様が、愛おしそうな瞳で私を見つめています。

彼は私の隣に膝をつくと、まるで宝物に触れるかのように、優しく私のお腹に手を当てました。


「…動いたか?」


「ええ。先ほど、とても元気よく。きっと、お父様がお帰りになったのが分かったのですわ」


私のお腹には今、新しい命が宿っています。

彼と私の、愛の結晶です。


この子のために編んでいた、小さな小さな靴下を、彼が大きな手でそっとつまみ上げました。


「…小さいな」


「ええ。あなたに似て、きっと大きく、強い子になりますわ」


「いや、君に似てほしい。賢く、そして、誰よりも優しい子に」


カイゼル様はそう言うと、私の手の甲に口づけを落としました。

その仕草の一つ一つに、深い愛情が満ちています。


彼と出会ってから、私は本当の意味で「自分」を生きている実感があります。

誰かの期待に応えるための「完璧な令嬢」でもなく、国のための「道具」でもない。

ただ、ソフィアという一人の人間として、笑い、悩み、そして愛されることの幸せを、彼は教えてくれました。


「ソフィア。君を初めて見た時のことを、今でも思い出す」


「初めて…? あの、卒業パーティーで、ですの?」


「いや、もっと前だ」


彼は、懐かしむように目を細めました。


「三年前、アカデミーの学術論文大会を、身分を隠して見に行ったことがある。傍聴席の隅で、君は一人、静かに座っていた」


「え…?」

全く記憶にありません。


「壇上で、教授たちが君の論文を『机上の空論だ』と嘲笑している時、周りの者たちも皆、君を笑っていた。だが、君だけは違った。悔しさに唇を噛み締めながらも、その瞳は少しも光を失わず、ただ真っ直ぐに前を見据えていた」


その光景が、ありありと目に浮かぶようでした。

あの時の絶望と、それでも諦めきれなかった小さな希望を。


「あの時から、私は君から目が離せなくなった。君の論文を取り寄せ、何度も読み返した。そこに書かれていたのは、単なる知識の羅列ではなかった。国を憂い、民を想う、温かい心そのものだった」


彼は、私のお腹を撫でながら、続けます。


「だから、決めたんだ。いつか必ずこの『賢者』を見つけ出し、私の隣に迎えよう、と。君を正当に評価しないあの国から、必ず奪い返してやろう、と」


「……あなた…」


知らなかった。

あの絶望のパーティーでの出会いが、運命の気まぐれなどではなかったなんて。

彼が、ずっと前から私を見つけ出し、その価値を信じ、求め続けてくれていたなんて。


涙が、ぽろぽろと頬を伝いました。

それは、かつて流した悔し涙とは全く違う、温かくて、幸せな雫でした。


「ありがとう存じます、あなた。わたくしを見つけてくださって」


「礼を言うのは私の方だ、ソフィア。私の無味乾燥だった人生を、彩り豊かなものに変えてくれたのは、君なのだから」


彼はそっと私の涙を指で拭うと、その唇を優しく重ね合わせました。

甘く、蕩けるような口づけ。

世界で一番、私を愛してくれる人の温かさが、心に沁み渡っていきます。


ふと、窓の外に目をやると、庭園で父と母が、カイゼル様の両親――先代の公爵夫妻と、楽しそうにお茶を飲んでいる姿が見えました。

国を追われるようにして移住してきた両親を、彼の家族は本当に温かく迎え入れてくれたのです。


かつて私を虐げた者たちは、皆、自らの愚かさの代償を払い、没落していきました。

そして今、私の周りには、愛する夫と、これから生まれてくる我が子、そして心から信頼できる家族たちの、穏やかな笑顔が満ち溢れています。


これ以上の幸せが、他にあるでしょうか。


「無能」と罵られ、全てを奪われたあの日。

絶望の淵に立っていた私には、想像もできなかった未来。


でも、諦めなくてよかった。

自分の信じる道を、歩み続けてきて、本当によかった。


真の価値は、見せかけの華やかさの中にはありません。

たとえ誰にも認められなくても、見えない場所で重ねた努力と、誰かを想う真摯な心の中にこそ、それは静かに宿っている。


そして、いつか必ず、その価値を見出し、光を当ててくれる人が現れる。


「愛していますわ、カイゼル様。私の、世界でただ一人の…」


「ああ、私もだ、ソフィア。私の、生涯でただ一人の、賢く、愛しい妻よ」


差し込む光に祝福されるように、私たちは再び唇を重ねました。

お腹の子が、ぽこり、と喜びを告げるように小さく動きます。


こうして、かつて無能と罵られた令嬢は、世界で一番の幸福を手に入れたのです。

隣国の黒狼公爵に、その頭脳と、そして魂のすべてを、深く、甘く、愛されて――。


(――私を捨てた祖国は、もはや手遅れですけれど。それは、もうわたくしの知ったことではございませんわ)


心の中で小さく呟き、私は愛する人の胸に、そっと顔を埋めるのでした。

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