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第一話 出会い

よろしくお願いします。


学年の訂正をしました。

六年→五年

 この世界には男女の性の他に、ベータ、アルファ、オメガの三つのバース性が存在する。

 ベータは世界人口の大半を占める一般バースである。能力差の優劣はあれど、アルファほどに突出した者はおらず、人類の「平均値」はベータでもって計られるものである。

 このベータに比べてアルファは一握りであり、日本では約三千人の存在が確認されている。バース性の中では特異ともいえる能力を持ち、体格・容姿は整っている。ベータを基準とする世界の中でオメガを含め異色な存在であるが、世界を牽引するのは彼らアルファであるというのは、まごうこと無き事実である。近年、出生率が低下している。

 そして、オメガはアルファを惹きつけ、充足をもたらす存在である。オメガの出生率は必ずアルファを下回る。オメガには発情期があり、アルファはその間、抗えない誘引を受ける。そのためか、オメガは特に容姿が整っていると言われる。特筆すべきはオメガは男女問わず出産が可能であり、アルファを産むのはオメガである。オメガはベータからも生まれる。


 しかし実際のところアルファとオメガの情報をベータはほとんど持たない。存在自体をある種の都市伝説のように感じている。アルファが主体となり、アルファとオメガは独自の社会を築き上げており、国単位でのコミュニティで交流を持ち、ベータとは生活圏を異にしている。


 彼ら独自の教育機関が世界各国に存在し、日本には一か所ある。完全一貫校全寮制であるそこで主にアルファが、アルファの社会とその社会性を学びベータとの関わりを学ぶ。しかし一番の目的は、唯一無二の番をよりスムーズに見つけるための環境作りでもある。

彼らはベータに比べて、総じて早熟であり短命であるという。





「けっこう、よく出来たよね。けっこう飛ぶと思うんだけどな」

「あんまり巻くなよ。ゴム切れるって言ってたぞ」

「左右のバランスもいいよね」

「いいよ。あんまり巻くなってば」

 校舎から出てきた少年2人は、校庭の隅にある小高い丘を目指して走り出す。二人一組で授業で作ったゴム動力模型飛行機は少年が両手を広げたくらいの両翼の大きさがあった。六年生で作ることになるそれを、二人は低学年の頃からずっと楽しみにしていた。一人が手に持って、途中我慢できずにゴムを巻き始める。

 ゴムを巻く水樹は真っ直ぐな茶色い髪を風に遊ばせて、楽しそうに笑う。明るい茶色の目は陽光に輝き、色白の頬は薄くピンク色に色付いている。

 ゴムを巻くなと止めるのは塁で、黒髪の癖毛がつんつんと揺れる。生意気そうな吊り目は黒く潤んで瑞々しい。初夏の日差しに汗ばんだ肌はしっとりとして光を弾くようだった。

 校庭や屋上には彼らと同じような少年たちが思い思いに飛行機の試運転を試みていた。

「いくよ、せーの!」

 ぱっと放した水樹の手から、飛行機は空気に乗るようにゆったり空中を滑った。

わあっ!と二人の少年の声が重なる。

「思ったよりゆっくりだな」

 と塁が目を細めながら飛行機を追いかけて走り出す。

「白鳥みたい」

 水樹も続いて駆け出した。着陸用の脚も付いているのだ。二人はタッチダウンの様子も見逃したくないのである。着陸地点に当たりをつけて行くが、空中で別の風に乗ったのか、飛行機は無音で予想の先のフェンス向こうへと、優雅に弧を描き下降していった。

「うそ!やだ!」

「えーどうすんだよ……」

 水樹の悲鳴に塁のぼやきがかぶさり、尻すぼみに消える。フェンスの向こうに人影があったのだ。二人は知らず寄り添って足を止めた。

 フェンスの向こうにはアルファがいることを、二人は教えられている。自分たちがオメガのヒヨコであることも彼らは知っていた。

「すごいな。これを飛び越えてくるなんて」

 そう言って彼らはフェンスを挟んでこちらへゆっくりと歩いてきた。二人より頭二つ分は背の高い青年だった。

 飛行機を手に繁々と眺める素振りを見せるのは、まろく整えたアッシュグレーの髪といつも笑みを口元に湛えているような青年で、アルファだとひよっこたちにもすぐにわかった。

 尻込みして一歩足を引いた塁に反して、水樹は塁の腕に絡めた手を放し、塁の服を握ってくる手を引き剥がしてずんと足を踏み出した。

「それ、俺の!」

 指さすのはもちろん、アルファの手にある自分たちの飛行機である。ここで置き去りにして逃げ帰るには惜しいと、水樹には思えたのである。ありったけの勇気で前に出た。

 水樹の半分裏返った声に視線をあげて、青年は真っ直ぐな目を向けた。透き通ったヘーゼル(淡褐色)の虹彩が美しかった。

「これ、上手にできてるね。俺たちも作ったなあ」

「ねえ、それ返してよ。俺のだもん」

 塁のでもあったが、塁は怖くて動けない。

 ヘーゼルの輝きから目を逸らすことができない。

「それは、もちろんそうしてあげたいけど」

 そう言って見上げるのは高くそびえる金網のフェンスであった。青年の身長の三倍はありそうな高さである。

「どうしようかな」

「じゃあ、先生に言って、五年の」

「水樹!そんな簡単に教えるなっ!」

 そう叫んだ端から、塁は自分の失態に両手で口を覆った。

「塁ってホント」

 天然、と言おうとして水樹も片手で口を押さえる。

 青年は軽く握った手を口に当ててたまらずに笑う。

「ミズキにルイって言うんだね。名前を教えてくれてありがと。聞いたら教えてくれるかなって迷ってたんだ。君たちばかりじゃ不公平だから、俺も自己紹介させて。笛吹ふえふき 爽矢そうや中等部の三年生。ミズキは運動とか何かやってるの?へえ!弓道!カッコいいなあ。じゃあ俺も弓道部。段?今度調べておくよ」

「もう、ふざけてるっ」

 水樹が怒ってフェンスを掌で軽く叩く。

決して本気なわけではない。二人が戯れあっているのだと言うことは側から見ている塁にもすぐにわかった。

「俺の名前はね、爽やかな矢でソウヤって言うの。ミズキの字は?」

 するすると水樹の情報を聞き出して行く爽矢を、塁はやっぱりただ見つめているしかできない。

「いい名前だね。水樹に似合ってる」

 爽矢は片時も水樹から視線を外さなかった。水樹は真っ直ぐな爽矢の言葉と視線に頬を薄く色付かせながら、嬉しそうに笑ったりした。

 これが出会いなんだ、とちょっと鈍い塁でさえ思った。

 やがて昼休みはここに来て会おうよという約束が取り付けられていた。

「来れたらね」

 つんとして答えながらも、水樹も満更ではない様子だった。

 それじゃあいくよ、と言って、爽矢は数歩後ろに下がると、優しい運動で腕を振り切って飛行機を垂直に近く飛ばした。

 頂点で機首を下げた飛行機は、小さなオメガたちの頭上を超えて離れた場所に降りていく。

「昼休み、必ずね!待ってるから!」

 駆け出してしまったオメガにアルファが声をかける。遠くで飛行機を拾い上げ振り返った小さな影が、大きく手を振ってから走り去って行った。


「あんまり、怖くなかったね。アルファ」

 水樹がはしゃいで塁に声をかける。

「俺は怖かった。あれは水樹のアルファだろ。俺にはなんでもなかった」

「えーー。俺のアルファって、何言ってんの塁。塁だって!」

「俺は怖かった!」

「ふふ!アルファと喋っちゃったね!みんなに自慢できるよ!」

「もう、水樹のバカ!何にも聞いてない!」

 二人は校舎の中に消えて行った。





「やばーーーー。なにあれ。かわいーー……」

 フェンスに両手をかけて項垂れながら、爽矢は悶えていた。

「あんなに可愛いもんなの。やばーー」

「同じことばっか言ってんじゃねえ」

 爽矢の背後がゆらりと影が揺れた。

「は?何お前。居たの。てか、何やってんのお前。なんで何にもしゃべんねーの」

 バカじゃん、と振り返る先には同じような髪色とアンバー(琥珀色)の目があった。双子ではない。似ているのは二人が従兄弟だからである。

「拓真」

 爽矢が呼びかけると、拓真と呼ばれたアルファは、しばらくしてから地面にしゃがみ込んだ。

「俺だって分かんねーよ!」

 頭をがしがしと掻きむしる。塁という名前をやっと知ることができた。ずっと遠くから見つめてきたのは、爽矢ではなく拓真の方である。爽矢など今日たまたまついてきただけなのだ。

「可愛いに決まってんだろ。くそっ」

 最後の悪態は自分に対してである。

「おーー……、まじか……あの拓真が」

 爽矢は腕組みをしてフェンスにもたれた。からかってやりたいところだが、同じアルファとして共感してしまうところもある。

「お前、でもどうすんの。すげー怖がってたんじゃないか、あれ」

「……」

 あまりのオメガの可愛らしさと愛おしさに、オラオラ系アルファ代表とも言える拓真がこのザマである。

「一度もこっちを見なかった」

「だろうね」

 視線が強すぎなのだ。爽矢でさえ背後から感じる眼力がんりきに冷や汗が出そうだった。

「お前、しっかりしろよな」

 オメガとアルファの恋のから騒ぎは、喜劇の仮面を被った惨い悲劇がごまんとあるのだから。

 爽矢は自分とこの年上の従兄弟の恋路を思い、期待と不安に身震いした。


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