悪役令嬢は、何日生きられる?
どうもI嬢です。純粋なる人間です。
R15になった理由は、残酷描写を書いてしまったからです。
あと削除されない為の保険です。
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下記にこの小説を読む上での注意を記載します。
(アンチコメントは可能ですが、あまりにも作品の方針を無視した攻撃的な書き込みは、場合によっては私から削除とブロックをさせてもらいます。あくまで「この作品を読む」と決めて進んでいる以上、こちらのスタイルや描写傾向にはご理解いただいているものとして対応いたしますので、その点だけご注意くださいね。)
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この作品は、中世ヨーロッパ異世界を主軸にした物語です。
以下のような描写・展開が含まれます。
無理のない範囲でお楽しみください。
◆含まれる表現
・暴力・流血・グロテスクな描写
・精神的に不安定なキャラクターの登場および狂気的表現
・善悪の価値観が明確に定まらない道徳的グレーゾーン
・主要登場人物の死、または理不尽・非業の結末
・暗い雰囲気・悲劇的展開・心理描写を楽しめる方向け
・とにかくグロテスクな描写
・パロディ、オマージュ、リスペクト要素
◆宗教・団体・思想との関係について
・本作に登場する宗教名・信仰体系・思想等はすべてフィクションであり、パロディ、オマージュ、リスペクトの部分は一部ありますが、現実の宗教・団体・歴史とは一切関係ありません。
「やらかしたわね、ガラン。」
令嬢アザミナ・ヴァルモントの唇がゆっくりと吊り上がる。
笑っている。
怒ってなどいない。
けれどその笑みの奥にあるものを、ガランザスは誰よりも知っていた。
「申し訳ございません、アザミナ様。すぐに修正を.......」
「"すぐに"って、何秒かしら?」
ガランザスの声が止まる。
白く磨かれた床に、ポタリと滴る血の音が響く。
彼の左手薬指から、赤い線が垂れていた。
気づけば、指の第一関節が消えている。
「......へ?」
ガランザス自身が一番驚いていた。
気づいていなかったのだ。
令嬢が手元のカップから紅茶を啜った"その間に"、
何かが飛んできて、彼の指を奪っていた。
「貴方、いつも言ってたわよね。"命を捧げても、貴方を守る"って。」
アザミナが笑みを深める。
唇の端に紅茶の赤が滲む。
「それ、今試してみない?」
ガランザスが首を傾けるより早く、部屋の奥にある「鍵のかかった扉」が開いた。
中から、光沢を帯びた刃物を装備した男たちが無言で現れる。
白衣。
無表情。
それは紛れもない"解体師"たちだった。
「まさか......」
「まさか、じゃないわ。」
アザミナは椅子から立ち上がると、ガランザスの頬に手を添える。
まるで恋人を慈しむような目で、柔らかく、静かに囁いた。
「貴方のミスで、私は1分無駄にしたの。ねえ、1分の価値って、わかる?」
「......アザミナ様、それは、誤差の範疇かと......」
するといきなりアザミナの鞭が閃き、ガランザスの頬に赤い線を刻む。
「私は"誤差"を許容するほど、心が広くないの。」
彼女は手を振る。
そして"解体師"のひとりが前に出て、ガランザスの背後から注射器を突き立てる。
透明な液体が彼の首筋に注入され、次の瞬間、膝から崩れ落ちた。
「毒ではないわよ。逆に神経を鋭敏にする薬。死ねないし、気絶もできない。」
始まったのは、「解体」だった。
最初に落ちたのは、右足の小指。
ナイフというより、医療用のカッター。
正確に、関節を断ち、剥ぎ取るように外す。
ガランザスは叫ばない。
声を出さなかった。
ただ、目が震えていた。
痛みが"処理できない"ほど強すぎて、思考が止まっているのだ。
次に、膝の腱を裂かれた。
ミシ...と音がするたび、骨と肉が別れる音が室内に響く。
アザミナはその様子を、椅子に座って眺めている。
肘掛けには紅茶が置かれているが、もう手をつけてはいない。
「ガランザス。どうして"ちゃんと"失敗したの?もし完璧だったら、貴方は今もここで私の横にいられたのに。」
ガランザスは言葉を返せない。
口の中に、血が溢れている。
三人目の解体師が、金属の箱を開いた。
中には、骨ノコギリ。
次に始まったのは、四肢の骨ごとの分離。
筋肉を裂き、腱を切り、骨を抜く。
まるで「人間という構造物」を一つひとつ解体していく作業。
ガランザスの体は徐々に"人間の形"を失っていく。
足はもうない。
腕も、肘から先が消えている。
胸部を切開され、肋骨の一本を抜かれたとき、ガランザスは初めて嗚咽のような音を漏らした。
「お願い......しま......す......」
かすかな声。
涙と血に濡れた顔。
それを、アザミナはうっとりとした顔で見下ろしていた。
「ガラン。わかってるわよ。貴方、忠実だった。ずっと、私の命令を守ってくれた。でもね、忠誠は"失敗を免罪にする魔法"じゃないの。」
彼女は立ち上がり、ガランザスの近くに歩み寄る。
もう彼の片目は潰れ、顔の半分が剥がれかけていた。
「"この世でもっとも価値あるのは、完璧"。貴方自身が言っていたわよね。」
アザミナは、ナイフを手に取った。
彼の胸に、ゆっくりと刃を刺し込む。
ぐり、ぐり、と音がする。
「だから完璧じゃない貴方には、もう価値がないの。」
ガランザスの息が止まる。
けれど、令嬢はまだやめない。
最後の工程。「顔の皮剥ぎ」が始まった。
ゆっくりと皮を剥ぎ、肉を露出させる作業を、彼女は自らの手で行った。
彼女は手袋を外し、血で濡れた指先を舐める。
「うん、美しい仕上がり。」
部屋に残るのは、人間の"かつて"だったもの。
バラバラの肉片、骨、皮、血。
アザミナはその真ん中で、スカートの裾を整えながら言った。
「次の執事は、もう少し長持ちするといいわね。」
◇ ◇ ◇
朝だ。
いつものように、天蓋付きのベッドに寝そべる私のまぶたを、微かな陽光がくすぐった。
寝室の窓辺にはカーテン越しの柔らかな光。
鳥のさえずり。
完璧な朝だった。
完璧であるはず、だった。
けれど私は、なぜか全身に粘つくような嫌な汗をかいていた。
いやな夢を見たのだ。
忠実だったガランを、些細な失敗のせいで"分解"して殺した夢。
いや、夢じゃない。現実だった。
私は、確かに彼を殺した。
目の前で、手足を、指を、皮膚を剥いだ。
心臓に刃を刺した感触が、今でも私の手のひらに残っている。
......なのに。
「お目覚めの時間でございます、アザミナ様。」
その声が聞こえた。
私は瞬間、背中を跳ねさせるようにしてベッドの上に起き上がった。
耳が確かに聞いた。あの声。
まさか、そんなはずはない。
そんな馬鹿なことが......
「ガラン......?」
私は、恐る恐る視線をドアに向けた。
そこにいたのは、黒の燕尾服を着た男。
私の執事。忠実で、完璧だった男。
昨日、私がこの手で八つ裂きにした男......ガラン。
「今朝の紅茶はセイロンを少々。お好みに合わせて、ミルクは控えめにいたしました。」
変わらぬ調子。変わらぬ笑み。変わらぬ礼儀。
でも私は知っている。
彼は死んだ。確実に。
「......貴方、昨日......死んだはずよ。」
そう言った私に、彼はわずかに首を傾げる。
「何を仰いますやら。私はずっと、アザミナ様の忠実な執事でございます。」
おかしい。おかしすぎる。
私は昨日、彼の体を見た。バラバラにした。
部屋中が血の海になった。
顔の皮を剥いだとき、私は笑った。
"人間をここまで美しく壊せるなんて"と、誇らしさすら感じたのに。
それが......なんで、生きているの?
しかも、肌に縫い目がある。
まるで、無理やり繋ぎ合わせたように。
白い手袋の端から見える皮膚に、縫合痕が幾筋も走っていた。
首元も、よく見ると、糸で閉じたような線がある。
「......貴方、死体よね。どうして動いてるの?」
私の声は震えていた。まさか、私が......この私が、恐怖を覚えるなんて。
「それは......アザミナ様が、私に命を与えたからです。」
「は......?」
「忠誠とは、命を超えるものでございます。」
ガランは紅茶を私の枕元に置くと、スッと一歩、私の方へ近づく。
「昨日の処罰、誠にありがたく存じます。あれほど丁寧に、完璧に私を"壊して"くださった。」
彼は笑っていた。
「ただ......壊された者には、"壊し返す"資格があるのではないかと、ふと思いまして。」
その瞬間、私は紅茶の香りの中に妙な鉄の匂いを感じ取った。
血の匂い。
私はカップを掴んで投げつけた。
だが彼はそれを静かに避けた。
「お気に召しませんでしたか?それは残念です。」
彼の笑みは昨日と違う。
そこには狂気と怨嗟が滲んでいた。
「......誰が貴方を生き返らせたの?」
「神か、悪魔か......それとも貴方自身かもしれませんね。」
彼の眼はまっすぐ私を見つめていた。
目の奥で炎が揺れているようだった。
昨日、心臓を貫いたときに消えたはずの"命の火"が。
「逃げないでください、アザミナ様。今日こそ、私が貴方に尽くす番です。」
その言葉と同時に、部屋の鍵が、内側から"カチャリ"と閉まった。
私は叫んだ。助けを呼んだ。
でも、誰も来なかった。
この部屋は、私の命令で"外部音を遮断する"ように作られている。
完璧な静寂。完璧な密室。
それが、今は私の檻になっていた。
ガランは手に果物用ナイフを持っていた。
昨日、彼を解体した道具の一つだ。
「さあ、アザミナ様。今日は"お手入れ"の日です。」
彼が手を伸ばす。
私は壁まで後退った。
スカートの裾がめくれ、脚に冷たい床の感触がする。
でもそれどころじゃない。私は這うようにして扉に向かう。
「お逃げになっても無駄です。今度は、私が貴方を"丁寧に、正確に"扱います。」
するといきなり肩を掴まれた。
冷たい。死者の手のように、冷たい指だった。
「やめて......!」
「お望みでしたよね、完璧な忠誠。私はそれに応えるだけです。」
私はようやく理解した。
これは、報いだ。
私は自分が何をしてきたのか、わかっていたはずだった。
でも、本当の"報い"は死でも罰でもない。
"自分自身の業によって、正確に、同じ手順で壊される"こと。
ガランの声が耳元で囁いた。
「どうか、ご安心を。私は一度、貴方の"やり方"を学びました。ですから、貴方以上に美しく壊すことができます、だなんて......冗談ですよ、アザミナ様。」
ガランは、まるで何事もなかったかのようにそう言った。
冷たい手で私の肩を掴んでいた男が、果物用ナイフを片手に不気味な笑みを浮かべていた男が、今は申し訳なさそうに微笑みながら、私に手を差し伸べている。
「少々、茶目っ気が過ぎました。お許しください。」
茶目っ気?冗談?
私を殺すと言っておいて、冗談だと?
......そんなわけがあるものか。
私は一瞬、彼のその手を見つめた。
美しい指。
よく手入れされた白い手袋。
けれどその袖口には、縫い目があった。確かに、縫合の跡がある。
夢ではない。
やはり彼は"死んでいた"。
そして今、生きている。
そんなこと有り得ない。
でも、それが現実だ。
私は彼の手を払って、床に手をついて立ち上がった。
「......何が目的?」
「目的、ですか?」
ガランは、まるで私が"馬鹿な質問"でもしたかのように笑った。
「私はただご主人様の朝の目覚めを祝いたかっただけです。」
「さっき、私を殺そうとしたわよね。」
「それはちょっとした演出です。」
「演出?」
「恐怖もまた、目を覚ます一助になるかと。」
笑っていた。
優しく、丁寧に、以前と変わらぬ態度で。
でも、その瞳の奥。
そこだけが、全然違っていた。
かつて、ガランの瞳には忠誠しかなかった。
忠誠、服従、献身。
どれだけ命令が理不尽でも、彼の目は曇らなかった。
痛みにも恐れにも反応しなかった。
だが今、そこには深い深い井戸のようなものがあった。
暗くて、底が見えない。
ただひたすらに、静かで、沈んでいて。
そして、濁っていた。
「昨日、貴方の心臓を刺したとき、たしかに止まったわ。どうやって動いてるの?」
「それは私にもわかりかねます。目が覚めたら、こうなっていたのです。」
「蘇ったってこと?」
「おそらくは。」
「自力で?」
「可能性はございます。」
「......」
私は背中に汗が伝うのを感じた。
部屋は変わらない。
カーテンも、床も、紅茶の香りも、全ていつもと同じ。
でもこの空間は、明らかに"狂って"いた。
何より......私が、主であるはずなのに、空気が彼に支配されている。
「貴方、私を試したのね。」
「試すだなんて、滅相もない。」
彼は一歩下がり、丁寧に膝をついた。
頭を下げる。
「私は常に、アザミナ様に従っております。」
その言葉自体は、昔から何度も聞いてきた。
でも、今日は違う。声の温度が違う。
昔のガランは、命令を聞いても、ただ受け止める器だった。
今のガランは、命令の"意味"を見ている気がする。
考えている。
理解している。
そして、"何か"を選んでいる。
「さっき言ってたわよね。"壊し返す資格がある"って。」
「ええ。」
「それも冗談?」
「さあ、どうでしょう。」
答えが曖昧だった。
彼はわざとそう言った。
私の反応を見るように。
まるで、私が"怯える様子"を味わっているかのように。
「......じゃあ聞くけど、今でも私に忠誠を誓ってるの?」
ガランは笑った。
「勿論です。」
一切の迷いもない。
ただ、その"勿論"の中に、確かに"別の感情"が潜んでいた。
私を愛している。けれど同時に、憎んでもいる。
そんな相反する感情が、まるで同居しているように見えた。
数時間後。
私は着替えを済ませ、書斎に向かった。
ガランはいつも通りにドアを開け、私の前を歩き、私の椅子を引いた。
動作は昨日までと同じ。
けれど......
私の後ろに立つ彼の視線だけが、異様に重かった。
「何か気になることでも?」
私が尋ねると、ガランはわずかに微笑んだ。
「いえ。ただ......今日もお美しいなと。」
「そう。」
私は書類に目を通すふりをしながら、背中を見られている感覚に耐えていた。
まるで首筋の皮膚が引き裂かれる想像をしてしまうような、冷たい視線。
昨日は私が彼を壊した。
そして今日、彼は私を解放した。
でもそれは慈悲じゃない。
"まだ壊さない"という判断にすぎない。
そう、確かにそう感じた。
「ガラン。」
「はい、アザミナ様。」
「......貴方は、もう人間じゃないのかもしれないわね。」
「かもしれませんね。」
彼は笑った。
その笑みの中には、忠誠とそれと同じだけの怒りが確かにあった。
ガランは書斎を出るとき、やけに丁寧なお辞儀をした。
以前の彼も礼儀正しかったが、今日のそれは"型"だけが残った演技のようで、どこか人間らしさが欠けていた。
「嗚呼、そうでした。厨房にて整頓の用がございます。すぐに戻ります。」
そう言い残して、彼は無音の足取りで去っていった。
ドアが閉まった瞬間、私は無意識に息を吐いた。
胸の奥に張りつめていた糸が、一瞬だけ緩む。
けれど、それもつかの間だった。
すぐに、ノックの音がした。
「......アザミナ様、失礼いたします。」
入ってきたのは、メイドの一人のリーユリだった。
栗色の髪を後ろで束ねた、若い娘だ。
彼女は両手でトレイを持ち、私の前に静かに紅茶を置いた。
「本日の茶葉は、アッサムでございます。少々お疲れのご様子でしたので、少し濃いめに。」
「......そう。ありがとう。」
私は短く答えた。
リーユリはいつものように小さく会釈したあと、
なぜか一瞬だけ、私の顔をじっと見た。
その視線が、刺さるようだった。
「......何?」
「いえ、ただ......」
「ただ?」
「......少し、様子が違うような気がして。」
私は一瞬、身構えた。
まさか、ガランのことに気づいたのか?
「どういう意味?」
「アザミナ様が......今朝は、少しお静かでしたので。」
リーユリは言葉を選びながらそう言った。
表情には、怯えと困惑が混じっている。
ああ、そうか。
私は、ようやく自分が"いつもと違う"ことを自覚した。
普段なら、朝から使用人を怒鳴りつけ、ひとつミスがあればすぐに罰を与えていた。
それが今朝は、一度も叫んでいない。
紅茶をこぼされてもいないのに、机を叩いていない。
静かだった。おとなしかった。
それを、メイドたちは恐れているのだ。
「......何も問題はないわ。」
私はそう言って、カップを手に取った。
リーユリはそれでもまだ、不安げに私の顔を見ていたが、やがて小さく微笑んだ。
「それなら、良かったです。あの......ガランザス様が戻られるまで、少しこちらに?」
「ええ。」
リーユリは隣の席に控えめに立ち、机の上の書類にちらりと目をやった。
「今朝、ガランザス様とすれ違いましたけど......お変わりありませんでしたね。いつも通り、礼儀正しくて。見習いたい限りです。」
「............」
「やっぱりガランザス様がいらっしゃると、館の空気も落ち着きますね。」
私は喉が詰まる感覚を覚えながら、紅茶を一口すすった。
その言葉が、まるで皮肉に聞こえたからだ。
"ガランがいると落ち着く"?
あの、死から蘇った怪物が?
「ねぇ。ガランの態度、何かおかしかったりしなかった?」
「いえ?いつも通りかと。」
「変わった口調とか、奇妙な仕草は?」
「うーん......特に思い当たりませんけど。......あ、でも......」
リーユリは少しだけ首を傾げ、思い出すように言った。
「ひとつだけ、ほんの些細なことなんですが......階段を降りるとき、足音が......全然、しなかったんです。」
「......足音?」
「ええ。まるで......床に触れてないみたいな。音が一つも響かなかったんですよ。いつもなら、かすかに靴音が響くのに。でも、私の気のせいかもしれませんね。」
私は笑わなかった。
リーユリは、些細な異常を"気のせい"として流した。
でもそれは、紛れもない"異常"だ。
人間の足が床を踏んで音を立てないなんてことが、あるはずがない。
それはつまりガランザスは、もはや"人間ではない"ということだ。
「リーユリ。」
「はい?」
「今朝、ガランと話したとき、貴方は彼の目を見た?」
「え?」
「ちゃんと、目を見た?」
「......あまり見ていません。ちょっと、緊張してしまって。ガラン様って、何だか"目を見てはいけない人"って感じがして......」
その言葉に、私は息を呑んだ。
"目を見てはいけない"。それは、まさに今のガランザスのことだった。
彼の瞳は私を見ているのではない。
私の"奥"を覗き込んでいるようだった。
リーユリは、そんなことには気づかず、無邪気に笑っている。
「でも、ガランザス様がいると、やっぱり安心しますよね。今日も変わらず、私たちのことを見守ってくださっているっていうか......」
私は、それ以上聞くのをやめた。
紅茶の味が、急に鉄臭くなった気がして、カップをそっと戻した。
リーユリの笑顔が、まるで劇場の観客のように見える。
何も知らない人間の、能天気な笑顔。
その無垢さが、逆に恐怖を掻き立てる。
私は、自分の心が壊れていっているのか、それとも世界がおかしくなっているのか、もうわからなかった。
◇ ◇ ◇
そのとき、再びノックの音がした。
「ただいまお戻りしました。アザミナ様。」
ガランの声。
リーユリの顔がぱっと明るくなる。
「おかえりなさいませ、ガランザス様!」
彼女はまるで、待ち望んでいたかのように立ち上がって笑った。
何の警戒もない。何の不安もない。
彼が以前とまったく同じ人間であると、信じ切っているように。
「ご苦労だったわ、リーユリ。もう下がって。」
「はい!」
リーユリは軽やかな足取りで去っていった。
何も知らずに、背を向けて。
私は目の前に戻ってきたガランザスを見つめた。
彼は微笑んでいた。
その笑みの奥に、昨日はなかった"何か"が確かに見えた。
彼は確実に変わっている。
それに、私だけが気づいている。
ガランザス・ディアータ。
完璧な微笑。
整った身なり。
動作に無駄がない。
以前と変わらない"執事"の姿。
でも私は知っている。この男はもう、ガランではない。
彼は私の前に立ち、静かに跪く。
「リーユリが紅茶を届けに来ていたわ。」
「ええ、存じております。」
「彼女、貴方の異常にはまったく気づいてなかった。」
「私に異常がございますか?」
彼はまるで子供が悪戯を隠すような顔で笑った。
心の奥が冷える。
「ガラン。」
「はい、アザミナ様。」
私は椅子の肘掛けを握り締めた。
怒りではない。恐怖でもない。
それは、理解の拒絶だった。
この男は忠誠を口にしながら、私の支配をもう受け入れていない。
「何が目的なの?」
「目的......」
ガランザスは立ち上がり、窓辺に歩く。
光の中に立つ彼のシルエットが、一瞬、人間でないものに見えた。
影の形が歪んでいた。
「目的なんて大層なものではありません。私はただ、アザミナ様の"願い"にお応えしているだけです。」
「私の......願い?」
「ええ。昨日、仰いましたよね。
"命を捧げるほどの忠誠なら、死を超えて証明してみなさい"と。」
そんな言葉を、私は言ったか?
言っていない。
でも、私の行動がそう語っていたのかもしれない。
ガランザスは静かに振り返る。
「だから私は、こうしてまた戻ってきたのです。」
「忠誠のために?」
「もちろん。」
ガランは、笑った。
「だからこそ明日、貴方を殺します。やっとここに帰って来れたのですから。」
私は一瞬、理解が追いつかなかった。
「......今、なんて?」
「明日です。アザミナ様。」
彼は微笑みながら、近づいてきた。
「悪役令嬢は、明日、死ぬ運命なのです。それを変える手段があるのか、ないのか......それは"貴方次第"ですね。」
その笑顔は、冗談でも脅しでもなかった。
ただ予定を伝えるような、淡々とした口調だった。
「ふざけないで。」
「私は常に本気です。アザミナ様もまた、私に"本気"を見せてください。」
そして彼はいつも通りの一礼をして、ドアの前に立った。
「それでは準備を整えておいてくださいませ。あと一晩ですから。」
ドアが静かに閉まる。
私は座ったまま動けなかった。
全身が冷たくなっていく。
ガランの言葉が頭の中で反響する。
明日、私は死ぬ。
それを笑顔で予告された私は.....明日を、いいや.....その明後日もどう生き延びる?
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(下記の作品と同時進行なので更新は少なめです。)
【 宣伝(無視可能) 】
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