第8話 東京デビルズカフェ
「結都君、待った?」
「いえ、雛さん、さっき来たばかりです」
AI彼女の東雲雛は、少し高めの黒い厚底ブーツに、漆黒のゴスロリワンピース姿という、なかなかマニアックな姿でひらひらと手を振りながら現れた。
結都のリクエストなのだが。
通常のAI彼女は立体映像でしかないが、彼女は特別にAIアンドロイドのボディを与えられて、現実の世界で人間とデートも可能である。
ただ、一般的には、そういう存在は世の中には、まだまだ認知されていない。
そこは新宿駅前にある、人気の堕天使系カフェチェーン「東京デビルズカフェ」新宿店である。
日除けのパラソルの下の野外席で、結都は嬉しそうに雛を迎えた。
さっと、イスを引いて座らせる手際もいい。
「いい対応よ。彼氏が早めに来て少し待ってても、『さっき来たばかり』と言ってくれたら、少し気が楽になる」
「そんなもんなんですかね」
「遅刻で気が引けてるから、ちょっとした気遣いが嬉しいのよ」
花咲結都は、清潔感のある刈り上げ頭に、今日はラフな紺色のスーツ姿のノーネクタイだった。
もちろん、靴もさりげなく磨ている。
十月に入って秋めいてきたが、まだ、たまに残暑が厳しい日もある。
今日は比較的涼しいが。
結都はエスプレッソフラペチーノ、雛はストロベリーミックスフラペチーノを頼んで、ひと息つく。
「本物の彼女とは上手くいってる?」
雛は意味深な視線で訊ねた。
「まあまあです」
「余裕ね」
「雛さんのアドバイスのお陰です」
「人間の彼女とのデートの相談とか、AI彼女の間違った使い方ですかね?」
「そうでもないわ。使い方はユーザーの自由だから。結構、そういう人もいるわ」
「……あの、こういうAI彼女を好きになってしまうユーザーとかいるんですか?」
「基本的に、惚れちゃうみたいね」
「惚れるのデフォルトか」
「私、可愛いから仕方ない」
「それ、自慢ですか?」
「あら、分かった」
「いやいや、それ以外、無いでしょう」
「それは、ともかく、私に告白する気?」
「……やば、先手、取られた」
「図星なの、まさか」
「……まさか、……まさかね」
「動揺したわね。脈拍120に上昇! 脂肪が燃えちゃうよ」
「そんな機能もある?」
「鎌かけてみた」
「やめて下さい。ユーザーいたぶらないで」
「こういうプレイも楽しいよ」
「あれ、そんな気がしてきた」
「……それはともかく、雛のこと、好きになってはだめよ」
「真面目な口調で言わないでくれます」
「気持ちは分かるけど、AI彼女との恋愛なんて、先がないわよ」
「いや、そこは疑似恋愛に持ち込んで、ユーザーから金を引っ張る所でしょう」
「雛がまるで、悪質なキャバ嬢みたいじゃない」
「それでもいいんです。俺は雛さんのことを好きになってしまったんで、もう仕方ないです。気持ちが抑えきれないんです」
「うーん、困ったわね。まずは親が難病なんで50万円貸して」
「ということは、これから弟が交通事故で、とかあるんですか?」
「お父さんの会社が倒産しそうで、今月の支払いが100万円足らないもあるわね」
「……ふう」
結都はエスプレッソフラペチーノを一気に飲み干した。
雛もストロベリーミックスフラペチーノを一口、飲む。
「落ち着いた?」
「はい」
「結都君、たぶん、私、今、好きな人がいるかも」
「あの、天下無双ダジャレおじさんですか?」
新宿西口のタワー型商業施設の中に、雛が行けつけの大衆居酒屋「 雉子」という店がある。
そこで雛は妙に懐かしい感じがする、くたびれたスーツ姿の刈り上げ頭のおじさんに、最近、出会った。
たぶん、40代前半だろうか。
「勘がいいわね。妙に懐かしい感じがする人よ」
黒いショートカットの髪を右手で触りながら、雛は何かを思い出そうとするが、過去の記憶は靄がかかったようにはっきりしない。
「生徒が勇気を出して告白したのに、逆告白で返り討ちですか」
「先生はとても悪い女なの」
その時、空から何かの気配がした。
見上げると、数十機の黒い小型ドローンが、この東京デビルズカフェに向かって急降下して来ていた。
(……対敵プロトコル起動。30秒後に接敵。即時、戦闘モードに移行)
(戦略自衛隊AI作戦本部、通常、銃火器の申請許可。BT型装備の申請は本部長権限により却下)
雛の中で何かが切り替わっていく。
自分の中の別人格の思考が0.0001秒のうちに流れてくる。
「……やっぱり、アレはダメか。結都君、ちょっと、走るわよ!」
雛の手に引かれて、結都も走り出す。
上空に異変を感じて、次の瞬間、爆風が背中に追いつく。
少し振り返ると、雛たちのいた野外席は小型ドローンの自爆で炎に包まれていた。
間一髪だった。
だが、追撃のドローン数機がまだ追ってくる。
雛は結都を背後に護りながら、厚底ブーツと手刀で、数機のドローンを遠くへ弾く。
いずれも空中爆発した。
「東京デビルズカフェ」新宿店は、ドローン数十機の自爆により、もう爆炎に包まれている。
救急車両のサイレンと、多くの人の悲鳴と叫ぶ声が交錯する。
「……これは一体、何なの?」
雛は自分の中に「見知らぬ機械の自分」がいることに気づいて、立ち尽くしていた。
AI彼女の人格ではない、「もう一人の違う自分」がいることに戸惑っていた。




