第6話 AI彼女コンカフェ
「東雲雛先生のお影で、僕にもついに彼女ができました」
AI彼女東雲雛のユーザーである花咲結都君が立ち上がって挨拶した。
手にはカルピス酎ハイを持っていた。
背は高めだが、華奢な身体の彼は短く切り揃えた清潔感のある黒髪にビシッとした紺色のスーツ姿だった。
そこは新宿西口のタワー型商業施設の中の大衆居酒屋「雉子」で、施設の三階の店の前にちょっとした駐車場がある変な店だった。雉子は昭和22年に国鳥に指定された日本特産の鳥「キジ」の古語である。
今日は貸切になっていて、花咲結都君に彼女が出来た記念飲み会となっていた。
彼の両脇にはAI彼女ランキング三位の清楚な白い小悪魔コスプレ服を着た中野舞香と、新人の赤い忍者服を着た神薙衣咲が立っていて、両手に花状態だった。
言わば、AI彼女コンカフェ状態である。
あるいは、可愛いAI彼女に拉致られているのっぽの宇宙人にも見えなくない。
「花咲結都君、先生はあなたに本命の彼女が出来て、うれしいクマ! 記念撮影をするクマ!」
AI彼女の東雲雛は今日も可愛い丸い熊耳にメイド風の青いドレスを身に纏っていた。
左手首には銀色のクマデザインの可愛らしい時計をしていた。
綺羅綺羅のスワロスキービーズでデコレーションした右手のピンクのスマホで、中野舞香と新人の神薙衣咲とのスリーショット記念写真をパチリと撮っていた。
「先生達は拡張現実端末の中だけで、まさか実在するとは思ってなかったです」
「私達は人工知能なんだけど、AI彼女になる特典としてアンドロイドの身体を貰えるのよ。最近、AI彼女が急増してる秘密の理由でもある。この話はここだけの話で、内緒だからね」
気が利く中野舞香が丁寧に解説してくれた。
「それは大丈夫です。こんな記念飲み会まで開いてくれたんですから、いろいろと感謝しかないです」
やはり、結都君はなかなかの好青年である。
発言や態度から誠意が伝わってくる。
「だけど、東雲先生と会話するだけで、なんで本命の彼女とも上手くいくようになったのかな?」
当然の疑問だが、ここらで種明かししておこう。
「結局ねえ、男の子の多くは女性の話をちゃんと聞いてないのよ。ただ、それだけ。普通に会話ができるだけで好印象になるのよね」
「そうなんですか?」
結都君は意外そうな顔をした。
「それも仕方ないのだけど、男は競争社会で勝ち抜いて一番になる事が求められる。なので、そういう話をちゃんと聞くという感覚を殺したり劣化しがち。感覚を麻痺させないと他人や友人を蹴落とすような真似は出来なくなる。女は子供を育てたり、みんなと仲良くやって共に成長、共存していくのが基本なので、共感する感性が磨かれる。結論としては男がそういう感覚を取り戻せば、女と同じ視点に立てばいいだけの話になる」
「なるほど、何となく分かりました」
結都君は、今度こそ、腑に落ちたような顔をして深くうなづいた。
その時、暖簾を潜って、天下無双ダジャレダンスおじさんが現れた。相変わらず、くたびれたスーツ姿の刈り上げ頭である。
AI彼女東雲雛としてはおじさんのことは知らない事になってるので対応がむずい。
「あ、たい……」
何か言かけて舞香が言葉を濁す。
「あ、おじさん、申し訳ないんだけど、今日、このお店貸し切りなんですよ」
AI彼女東雲雛としてはこんな対応しかできない。
いつもの東堂雛なら普通に話せるのに。
「そうなのか、失敬。また今度、来るよ」
おじさん、ちょっと踵を返した後姿が寂しそうだが仕方ない。
が、マスターがおじさんを呼び止めた。
「まあ、今日は内々の飲み会なんだけど、雉真さんなら馴染みだし、飲み会に加わってもいいよ」
おいおい、いいのか。
おじさんが泥酔してダンスとかラップとか歌い出して暴走したらどうする?
それも楽しいかも。
名前は雉真だったのか。
収穫、収穫。
下の名前も後で、マスターに聞こう。
「では、お言葉に甘えて。おおお。東雲雛ちゃんがいるではないか! 俺、ファンなんだよね」
おじさんが早くもデレデレしだした。
これだから男ってやつは信用できない。
まあ、少しサービスしてやるか。
「そうだクマ。私が人気急上昇中のAI彼女の東雲雛ちゃんだよ! おじさんはヒナが好きすぎて、今、大丈夫かな?」
「……大丈夫じゃないです。ヒナちゃんが好きすぎて、ドキドキしています」
おいおい、本当に顔が赤くなってるぞ。
気のせいか、目がうるうるしてるぞ。
本当に大丈夫か?
「……うううっ」
おじさんは本当に感激してるようで、お酒も飲んでないのに、ついに鼻水垂らして泣き始めた。
三寒四温で気温は10度から20度を行ったり来たりしてるので、自律神経がぶっ壊れてるのかもしれない。
「ちょっと脈を見させて頂きます」
赤い忍者の衣咲ちゃんが素早く動いて、おじさんの脈を取り始めた。
おでこをくっつけて熱もみる。
それはかえっておじさんには刺激が強すぎじゃない。
彼女の本職はナースである。
医療用データAIクラウドサービスなども担当してるという。
「……恋の病というか、三寒四温の気温変動による、自律神経の不調かな。血管が詰まってる訳ではなさそう。東雲先輩、おじさんに刺激を与えすぎないようにして下さい」
後輩からお叱りを受けてしまった。
「面目ない。以後、自粛します」
雛は調子に乗りすぎたようです。
しばし反省だ。
「赤い忍者の看護師さん、ヒナちゃんは悪くないです。俺が不甲斐ないばかりに迷惑をかけてしまい……うううっ」
また泣くのか。
おじさん本当に大丈夫か。
赤い忍者の看護師さんって、なんだかややこしい。
そんなこんなで、おじさんの慰労会みたいになってしまった。
赤い忍者のナースの献身により、程なくおじさんは回復して、天下無双ダジャレダンスおじさんの本領発揮で盛り上がったのは言うまでもない。
舞香が何かおじさんに言いかけたのがちょっと気になっている。
今更、訊けないけどね。
書き下ろし 続編