第5話 天下無双ダジャレおじさん
「ダンスにゴン!」
某商品CMを知らない平成、令和世代には意味不明な「開けゴマ!」的なRPG風の呪文であり、最近は「タンスにゴンゴン」(タンスに入れる消臭剤)に変わっていたことに検索で気づいた昭和世代もそのロングセラーの商品寿命の長さに驚く。
「布団がふっとんだ!」
昭和の毎週土曜日夜八時の某お化け視聴率コント番組の「ザ・ドリフターズ」という国民的お笑いコント集団が言いそうなダジャレである。
某漫画家の人気作品「漂流者〔ドリフターズ〕」とは別物である。
天下無双ダジャレおじさんの必殺のダジャレが二発も炸裂した。
「……もう、頼むからやめて。私のライフはゼロよ」
AI彼女が本業の人工知能アンドロイドの東雲雛改め偽名の東堂雛は、オンボロジープに乗ってくる天下無双ダジャレおじさんのクダラナイを通り越して、RPGキャラのライフを大幅に削ってくるようなダジャレ攻撃についに白旗を上げた。
おじさん世代が喜びそうな受け答えを最先端のAI検索を惜しげもなく無駄に活用している。
彼女の製造元である市ヶ谷の自衛隊情報本部の秘密諜報組織<葛城班>のAI彼女のアドバイザー室長の小室君が知ったらというか、知ってると思うが、税金の無駄遣いを責められそうである。
まあ、高ストレスの対人サービスを提供してる、AI彼女にも息抜きは不可欠であるし、必要経費として認めてもらおう。
今日もメイク落としてボサボサ頭で革ジャン着てるし、性格もしゃべり方もサバサバ系なのでAI彼女の東雲雛だとはまだバレてはない。
例え、東雲雛の猫耳やクリスマス、ハロウィン、ナースコスプレしても、今なら本人だと分からないだろう自信さえある。
おじさん化、おじさん汚染が進んでしまっていて、この前、おじさんとダンスバトルしたら、変なガニ股のダンスステップが直らなくなってしまい、もう手遅れとも言える。
そこは新宿西口のタワー型商業施設の中の大衆居酒屋「 雉子」で、施設の三階の店の前にちょっとした駐車場がある変な店だった。雉子は昭和22年に国鳥に指定された日本特産の鳥「キジ」の古語である。
昭和の雰囲気を演出しまくってるので、どうしても、天下無双ダジャレおじさんのようなおじさん客で賑わっていた。
といっても、客はほどほどで、少し若い世代もちらほら来ている。
逆に時代錯誤なレトロな雰囲気がいい客もいるらしい。
「おじさん、そういえば名前はなんて言うの?」
東堂雛という偽名まで名乗ってるのに、こちらは天下無双ダジャレおじさんの名前さえ知らないという異常事態に今更ながら気づいた。
まあ、単なる無関心とも言えるが、おじさんが某国の凄腕スパイだったら全く歯が立ってないというか、その酔拳的な話術に翻弄されてる。
「あ、名前かあ。……何だったっけ?」
あまりに自然な酔ったふり、ボケたふりにもう何度も誤魔化されて来たが、大体、自分の名前をいつも思い出せないなど普通ありえないだろう。
今日こそは洗いざらい吐いてもらう。
いや、いつもおじさんがゲロ吐いて介抱させられる介護士みたいな私の気持ちも分かって欲しいのよ。
「……あ、思いだした。あれだ。神薙衣咲ちゃんだ!」
それは新人AI彼女の名前だろ!
この酔拳的な話術の無限ループに既視感を覚えるのはもう何度目だろうか。
「衣咲ちゃんも可愛いけど。清楚な舞香ちゃんも良いけど。俺の本命は……何だったっけ?」
おいおい、そこはボケるな。
決め台詞だろ。
そこでボケてどうする?
AI彼女ランキング30位の東雲雛、雛ちゃんスキスキと本人の前でのろける所だろ!
「……雛ちゃんスキスキ!」
時間差、ひとり時間差攻撃だと!
昔、バレーボールの試合などで、一度、ジャンプしてフェイントをかけて、敵のブロックを外して、もう一度、ジャンプしてスパイクを決めてしまうというあれだ!
ふいを突かれた。
ちょっとおじさんのことが好きになったり、しないよ!
「たぶん、雛ちゃんはツンデレだ」
何という洞察力!
読唇術、いや、読心術、いやいや、独身術かな?
私の電脳がちょっとバグってきてない?
「おじさん、雛ちゃんはツンデレなのよ」
ここはおじさんの調子に合わせて調子に乗らせて誘導する作戦にしよう。
「やっぱり、そうか!」
おお! ちょっと反応がいいぞ!?
「たぶん、おじさんが素直になってくれたら、雛ちゃんも素直になってくれると思うよ。おじさん、名前はなんて言うの?」
全く飛躍した論理の誘導尋問を展開してみた。
流石にこんな物には引っかからないだろうけど。
「分かった! 俺、素直になる!」
おお! まさかの、ついに名前を言うのか?
「俺の名前は……天下無双ダジャレおじさんだ!」
それは分かってるのよ。
とうに分かってるのよ。
「オエッ……」
なんだかちょっと気持ち悪くなって来た。
まさか、「おじさん気持ち悪い回路」がついに発動したのか。
AI彼女の論理回路はAI三原則により、おじさんの精神を傷つけて害さないために、基本、「おじさん気持ち悪い」という感情は抑制されている。
しかし、あまりに雛とおじさんの距離が接近している昨今、AI彼女アドバイザー室長の小室君が適度に「おじさん気持ち悪い回路」が発動するようにしたらしい。
「大丈夫か、雛ちゃん。酔ったのかな。仕方ない、おじさんがおんぶしてあげよう」
そう、おじさんには悪気はなかったが、「おじさん気持ち悪い回路」の発動により、自己防衛本能が目覚めて、死なない程度におじさんにチョークスリーパーを反射的に掛けてしまっていた。
ところが、酔っ払っていたためか、おじさんも無意識に自己防衛本能が目覚めたのか、脱力してそのまま後方に倒れて、雛は背中を打ってしまうので、受け身を取ろうとして、思わず手を離してしまった。
あまりに自然な流れだったので、まさか意図的ではないと思うが、これがチョークスリーパー逃れの一手だとしたら、おじさんは武道の達人かもしれかった。
「ちょっと、待った」
おじさんが酔っ払ってる風で雛の胸を見事にクッションにしてセクハラ行為してる時に、何故かマスターから物言いがついた。
大衆居酒屋「 雉子」のマスターは奥に引っ込んだと思ったら、何故か若手数人が床に布団を敷き出した。
「これで大丈夫です。続けて下さい」
マスターは意味深な事を言ったが、それを合図におじさんは素早く動いた。
まさか、公衆監視の中で、私を手篭めにするつもり?と思ったが、おじさんは身体を半回転して、雛の右手を取って「腕ひしぎ逆十字」で右手の関節を取りにきた。
私も反射的に関節が決まる前に、反対におじさんのアキレス腱を決めにいってしまった。
恋、いや故意じゃなくて、無意識の反応だった。
それからはお互いの関節を取り合いながら、布団の上で、上になったら下になったりの息詰まる攻防が続いた。
二人とも汗だくになって身体を重ねたり、抱き合ったりのいやらしい行為が続いた。
エロいのか、エロくないのか、訳のわからない展開になっていた。
「ブレイク!」
マスターがいつのまにか、囚人服みたいなシマシマのレフリー服に着替えて、くんずほずれつの二人を引き離した。
「雛ちゃん、そろそろ、決めさせてもらうぞ」
おじさんがエロいのか、カッコいいのか、よく分からない感じで、決めゼリフを吐いた。
が、おじさんは自然な形で、マスターからマイクを受け取ると、突然、ラップを歌いだした。
「俺はほの字、雛にほの字、東雲雛にほの字、だけど、今夜は鼻血、東堂雛にも鼻血、身体をかわして鼻血、何故かほの字、二股いけない、最低男の俺、最低、最低、雛は二人とも最高最高最高」
と訳のわからないノリノリのラップで踊り出したのだ。
マスターはいつの間にかDJブースでヒップホップのリズムを刻んでいる。
仕方ない。
雛も負けてはいられない。
と、その夜はラップダンスバトルで夜も更けていった。
おじさんはその夜、伝説の天下無双ラップダンスおじさんになった。
なんのこっちゃ。
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翌朝は頭痛と吐き気でAI彼女の仕事を休んでしまった。
「おじさん気持ち悪い回路」も発動せず、ただの二日酔いだったみたい。
結局、おじさんの名前は分からず仕舞いだったけど、ダジャレと関節技とラップとダンスが得意だと分かっただけでも収穫だった。
まあ、汗だくの身体の関係にもなったし。
いや、それは不適切な発言かな。
あはは。
そして、突然、東雲雛の脳裏におじさんの姿が浮かんだ。
中東の砂漠の中におじさんが寂しげに立っていた。
KAC2025参加作品 最終五回お題 三題噺「天下無双」「ダンス」「布団」