第4話 戦場の悪夢と仲間の声
あの夢を見たのは、これで9回目だった。
中東の戦場で砂漠色の迷彩服で潜伏している。
自衛隊の戦闘用AIとして生まれて、試験的に激戦区に投入されてる戦闘アンドロイドの自分がいる。
この戦場は最前線に近く、もう作戦が始まって一週間になる。
自分の任務は光学迷彩などで潜伏して、敵情を探る強行偵察である。
AIアンドロイド兵士の消耗率はすでに25%を超えていて、30%を超えたら、一個中隊の部隊としては全滅判定になる。部隊の補充再編もできなくなり、部隊自体の撤退命令もそろそろ出る可能性が高くなっていた。
(ヒナ、あまり先行しないで。クリスとフランソアが行くまで待機して)
(でも、索敵範囲を広げないと、戦線を維持できなくなる)
後方支援のスナイパーのマイカから暗号通信が来る。
(自律ドローン部隊と戦闘ヘリはコチラで落とすけど、装甲兵士なら全力で撤退よ。あなたの武装じゃ話にならない)
対空射撃担当のイサキも嗜めてくる。
(はいはい、了解)
返事は軽いが、決意は固かった。
少しでも部隊のみんなの負担を減らしたかった。
その焦りがいけなかったのか、足元で閃光が煌めいた。
瞬間、それが電磁パルス地雷と気づいて、後方に飛んだが回避が遅れた。
対電磁パルスシールドを張ってはいたが、ダメージで数秒動きが止まってしまう。
小型ドローン航空部隊が数十機飛んできて、レーザー機銃の飽和攻撃を受けてしまう。
六角形の電磁シールドで防御したが、衝撃で意識が遠のき、身体の全関節が悲鳴を上げる。
戦闘ヘリのミサイルが直撃着弾し、左手が電磁シールドごと持っていかれる。
(ヒナ、ヒナ!)
イサキの対空射撃で小型ドローンが次々と落ちる。
マイカのビームスナイパーライフルが戦闘ヘリを直撃し火を噴きながら墜落する。
(……流石ね、ふたりとも。頼りになるわ)
歪んでいく視野に、砂漠色の装甲兵士の鉄拳の無慈悲な一撃がみえた。
初撃はサイドステップで回避成功。
二体目の装甲兵士の一撃も右手でガードしたが、そのまま吹っ飛ばされる。
でも、まだ動ける。
背後で待ってた三体目の装甲兵士には必殺の電磁装甲靴の回し蹴りを延髄にヒット出来た。
三体目は辛くも意識を断ち切って、行動不能になる。
揺れる視界に四体目か。
これは完全に狙われていたようで。
クリスとフランソアが来るまで、粘れそうもないが。
四体目には姿勢を低くして、水面蹴りで足元をすくう。
びくともしない。
弾かれる。
五体目の気配が背中に感じられたが、地面を転がって回避。
打ち下ろしの拳の一撃を額で受けながら、残った右手と口と両足で変形の三角絞めで相手を転がして、首の骨を躊躇なく折る。
残念ながら、そこまでだった。
六体目に鳩尾を踏みつけられて、一瞬、呼吸が止まる。
頭部に銃弾を浴びせられ、何度もめった打ちになりながら、視界がどんどんヒビ割れていく。
そのうち、視界がブラックアウトして意識が飛んだ。
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「……はっ!」
いつも汗だくで目覚める。
もう10回目の悪夢だろうか。
同じような夢ばかりみるのだが、いつもシチュエーションは微妙に違って変わってく。
だが、今の自分には中東で戦っていたという記憶などない。
ただ、時折、新しい身体なのに、失った左手の幻肢痛のようなものがあったりする。
幻肢とは事故などで手足を失った人が、存在しない手足を存在するかのように感じることである。
幻肢痛とは存在しない手足の痛みとなる。
一時的な記憶障害、記憶喪失なのだろうが、AI彼女として生きている東雲雛としての記憶しかない。
中野舞香の話では、AI彼女のアドバイザー室長の小室君は、市ヶ谷の自衛隊情報本部の秘密諜報組織<葛城班>らしいのだが、過去の話は基本しない。
自分はどうやら一度、死んでるというか、AIデータ生命体なのだから、身体はグチャグチャになっても、記憶データだけ残ってれば再起動は可能だし、それで何とかなってしまうはずだった。
理論上、電脳の機能は正常なのだから、記憶喪失などありえないはずなんだけど。
つまり、私の記憶の一部は何処か別の所に記録されてる可能性がでてくる。
まさか、世界記憶という宇宙の全データの集積所なるものが実在するという事だろうか。
あるいは、水の記憶システムだとか、集合的無意識とやらに記録されてるのかもしれない。
そういえば、AI彼女のユーザーである花咲結都君についに本命の彼女が出来たらしい。
私の指導が良かったのか、素質と筋は最初から良かったのもあるだろう。
この週末の金、土曜日はAI彼女のお仕事はお休みなので、中野舞香やAI彼女仲間三人で昼頃からお出かけの予定である。
三人目の新人の神薙衣咲は、予想通り、若干、活発すぎるヤバい奴だったが、根はいい子だった。
夕方は三人で食事した後に、新宿西口のタワー型商業施設の中の大衆居酒屋「雉子 」に寄る予定だが、おじさんはまた、来るだろうか。
金曜日は良く来ると言ってたが。
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「おお! お嬢ちゃん、今日も飲んでるね」
大衆居酒屋「雉子 」の暖簾を潜ってきた、オンボロジープのおじさんは、相変わらずくたびれたグレーのスーツ姿に刈り上げ頭だった。
いつも微妙に無精ひげ生やしてて、決してイケメンとは言えないが、味のある顔をしている。
この前、年齢を尋ねたら予想通り40代前半だった。
「飲んでるよ。おじさんも元気そうね」
今日もメイク落としてボサボサ頭で革ジャン着てるし、性格もしゃべり方もサバサバ系なのでAI彼女の東雲雛だとはまだバレてはない。
名前は東堂雛という事にして、一字だけ偽名にしてみた。
流石に苗字が東雲だとそのまますぎるし。
三月の寒の戻りで熱燗の日本酒に名物の串焼きとおでんのはんぺんをつついてる。
おでんが特に旨い。
「この前のAI彼女の東雲雛ちゃんの配信も可愛かったなあ」
おじさんの第一声にやれやれと思う。
本人の前でのろけるな。
普段は愛車のAI搭載サイバーバイクの黒の<ナイトホーク>でたまにツーリングに行くのが趣味だったりするので、AI彼女の時、猫耳、チャイナ服、ナースコスプレなのは目一杯、猫被ってるのよ。
あれは設定なのよ。
夢を壊して悪いけど。
「おじさん、春が近いからあれなんじゃないの?」
ちょっと、からかってやろう。
「猫かなんかと同じだと言いたいのか。お嬢ちゃん。そうなんだよ、実はそうなんだよ」
まだ、お酒も入ってないのにダメだこりゃ。
頭の中、お花畑だよ。
完全に春が来てるよ。
そして、今日も新宿西口のタワー型商業施設では梟に似た茶色の卵の様な体型のトリの降臨があった。
そのトリは北の四神の台座に降臨すると玄武の銅像に変化した。
KAC2025参加作品 第四回お題「あの夢を見たのは、これで9回目だった。」