第2話 あこがれからはじまる恋もある?!
「おじさんはどこ系のサラリーマン?」
AI彼女こと、東雲雛は興味津々でオンボロジープに乗ってきた、くたびれたスーツ姿の刈り上げ頭のおじさんを見つめ返した。
30代後半か、たぶん、40代前半だろうか。
そこは新宿西口のタワー型商業施設の中の大衆居酒屋で、店の前にちょっとした駐車場がある変な店だった。昭和の雰囲気を演出しまくりたいのかも。
ちなみに、この施設の駐車場は730台あるらしい。
雛は普段はAI彼女として働く人工知能で、そのご褒美にアンドロイドの擬似身体を貰っていた。
外見からは普通の人間と全く見分けがつかない。
たまに、この行きつけの大衆居酒屋「 雉子」に飲みに来る。
焼き鳥とおでんが特に旨い。
雉子は昭和22年に国鳥に指定された日本特産の鳥「キジ」の古語である。
AI彼女の時は猫耳とかつけてメイクばっちりの可愛い系だけど、今はメイク落としてボサボサ頭で革ジャン着てるし、性格もしゃべり方もサバサバ系なので本人とは判るまい。
このおじさんとは表に止めてるAI搭載自動操縦機能もあるサイバーバイクの黒い<ナイトホーク>とおじさんのオンボロジープの話で盛り上がって意気投合した。
で、カウンターで一緒に呑んでる。
「どっちかって言うと、ガテン系かな」
ぼそっとした口調で帰ってきた返事は意外すぎた。
「ぐふぁ! ……おじさん、その身なりでガテン系は無いでしょ」
とっさに熱燗の日本酒を吹き出しそうになる。
慌てて手で口を押さえる。
勘弁してよ。
「いや、それがそうなんだから仕方ないだろ。まあ、本来は肉体労働中心だけど、今は不慣れなIT土方のプラグラミングみたいな事もやらされてるし」
「あ、そっち系か。でも、何か謎めいた職業なんですね」
「守秘義務あるんで」
「あ、新宿に近い省庁とか、役所は多いからね」
「いやいや、あれだろ、東京には大概の省庁とか揃ってるしね。新宿から近いとは限らないだろ」
おじさんはちょっと目を伏せる。
分かりやすい。
「まあ、そういう事にしとくかな。私も訳ありでして」
雛も酔いが回ってきたのか、口を滑らせた。
「おー、さてはキャバクラとかか?」
「違うわい! まあ、どっちかというと、教育系かな」
「分かった。女王様だろ。愛のムチでバシバシ躾けてしまうやつだ」
「おじさん、こんな可愛い女王様いると思う?」
「こんな可愛い子に拷問されるのも悪くない」
「マゾか…。あはは」
酔いが回ってるので、こんなくだらない会話もなかなか楽しい。
「……お嬢ちゃんはあれ、あこがれの先輩とかいる?」
「いるけど、同性の先輩かな」
もちろん、AI彼女ランキング3位の清楚系の中野舞香先輩のことだけど。
「そっか。俺ねえ、憧れというか、いい年して恥ずかしいんだけど、ある女性と付き合ってみたいんだよ」
「そりゃ、思い切って付き合えばいいじゃん。おじさん、これ、キャバクラのお姉さんに相談するネタじゃん」
「まあ、そう思ってくれても良いよ」
「まあ、いいわ。それで相手はどんな女性?」
「ほんと、年甲斐もなく恥ずかしいんだけど、AI彼女っているじゃん、東雲雛とかいう」
「ぐはっ!」
今度はおでんのはんぺんを本当に吹き出した。
慌てておしぼりで口を拭いてカウンターを掃除する。
店員さんに追加のおしぼりも頼んだ。
「そんなに驚かなくてもいいのに」
おじさんは恥ずかしそうに言った。
ちょっと小さく見える。
「……そうじゃないのよ。私の知り合いの27歳の男が東雲雛と付き合ってるというより、サービス受けてるみたいで。私はあの子はあんまりお勧めしないな。彼女の先輩の清楚系のAI彼女ランキング3位の中野舞香さんの方が良いよ。彼女は凄いと思う」
私の知り合いの27歳の男とは花咲結都君というユ-ザーです。
別におじさんが嫌いな訳ではないが、逆にやりにくいわ。
むしろ、このおじさんとはどちらかというと本音で話したい。
「そうなんだ。だけど、東雲雛ちゃんの方が一生懸命じゃん。AI彼女ランキングは確かに30位とかだけど、俺はねえ、あの子が一番だと思う」
どうせ不人気の30位だよ。
「どうせ、若いからさ好きなだけでしょ?」
とはいえ、舞香先輩は27歳で雛は25歳の設定だから2歳しか違わないが。
「いやいや、それが違うんだよ。あの子が紹介されてた動画配信を見たんだけど、相手がちょっと粗相した時も優しいんだよ」
「なるほど、そういうことね。でも、猫耳とか、ロスゴリとか、ナースとか、コスプレしすぎでしょう」
自分でやってって何なんだけど、ちょっと自己批判してみる。
「あ、それにあそこまでキャラ作ってくれると、逆に恥ずかしくないというか。本当に仕事で疲れた時に、雛ちゃんの動画配信とか見ると癒されるしね」
独自の動画配信も細々とやってます。
「そうなのか。そうなんだ」
そんなに褒められると照れるねえ。
貴重な意見ありがとうございます。
まだユーザーでもないのに、期待とハードル上げて来るな。
「よし! これからAI彼女の東雲雛にデートを申し込むぞ!」
酔った勢いでやるのか。
デートじゃないし、あくまでサービスだよ。
本人は目の前にいるよ。
それは内緒だけど。
KAC2025参加作品 第二回お題「あこがれ」