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リリの会話

一回だけならばまだしも、二回もそう言った事をする前に寝落ちとは、自分はどれだけ寝付きがいいのだ。

リリは寝台の中で盛大に頭を抱えたかった。

そういう事も仕事である、と言われた以上、元々そういう行為も仕事内容である環境にいた彼女にとって、忌避するような内容でもない。

しかし、だ。

彼女は男の腕の中で、男をちらりと見上げた。

……この男、なんとなく回された腕の感じから、知っているような気がしたのである。

この人もしかして、国元で自分を買った人ではあるまいか。

そうなると同じ人を二度も馬鹿にした態度をとったという事になりはしないだろうか。

この人がもしも、自分と夜を過ごす事になって二回目で、だというのにこちらが熟睡していたら、仕事放棄というやつで大問題にならないだろうか。

リリは真剣に考えた。そして思いついたのは、彼が起きる前にここを抜け出し、素知らぬ顔で何も知りませんという態度をとる事である。

あまり頭のいい結論ではないに違いない。

しかしだ。

いくら何でも、二回も接待の相手がぐうすかと寝入っているなんて事になっていたら、不愉快というか馬鹿にしているというか、そんな思いを抱かれて当然なのである。

若干違うが、団の人気踊り子だった姐さんが、お客をブッキングさせて首を落とされたのも、リリはよく知っている。

その騒ぎを目撃する事になってしまったからだ。

姐さんの側のいいわけとしては、ブッキングしないように時間をずらしていたという物がある。

だがせっかちな客の一人が、自分の指定した時間の前に姐さんの元を訪れ、見事に真っ最中だった姐さんと先客を見て、ぶち切れて刃傷沙汰になったのだ。

その指定した客は、姐さんは自分だけの物という頭の悪い思い込みをしていたらしい。

その指定客は結局、先客も姐さんも殺してしまったので、警邏に捕まり監獄にぶち込まれてしまった。

先客がそこそこの身分だった事も大きく関係した、だろう。

団の方はおとがめがあるかと思ったが、指定客の指定時間の明記も署名もされていて、先客の指定時間そのほかも明記署名されていて、団は何一つ悪い対応をとっていないと団長が胸を張ったらしい。

指定客の方が勝手に来て、待つ場所で待たずに暴走した結果である。

それはそれであるが、そういった過去も知っているリリは、一晩の夢のような時間というやつ……それが果たしてリリで感じ取れるかは疑問だが……をむげにされた男が、怒り狂って刃物を出してきても理解できるのだ。


「起きてませんよね……」


リリは小声で確認をし、相手の反応がない事をよしとして、こそこそと起き上がり、素早くそこを出て逃げだそうとしたわけだったが。


「あなたはいつも、こんなに早起きをしていらっしゃるのか?」


寝台から出て、数歩。出入り口までそこそこの距離があるという状況で、リリは寝台の方から声をかけられたわけである。

……あなたと呼びかけられるほど、たいそうな身の上ではないわけだが、相手が大変に礼儀正しいのかそれとも嫌みを言っているのかのどちらかか、と心の中で判断した。

慎重に、顔を見られないように、しかし何が起きても対応できるように体を構えつつ背中を見せた状態で、リリは答えた。


「癖ですから。鶏が鳴く前から、やる事がたくさんあった名残です」


それは団の人間の食事の支度の手伝いだったり、誰かお客と夜をともにした団員を起こす係を頼まれていたり、まあ色々である。

そういった早朝の仕事が大変に多かった結果、リリは鶏よりも早起きだ。


「あなたがどんな仕事を?」


「えーっと、朝ご飯の支度の手伝いとかですよ」


さすがに客と団員を起こすというのは、生々しいし自分のやらかした事を突っつきかねないので、リリは賢明にもそれには口を紡ぐ事にした。


「食事の支度とは、それは使用人の管轄では?」


「人数が足りなければ、それにも手を回すでしょう」


団の内部事情を知らなければ、食事の支度専門がいると思ってもおかしくはない。

リリの入っていた団は中規模で、そういった専門はいなかった。

だが、高名で超絶に人気の団にもなれば、お抱えで食事の支度の担当がいると、うらやましそうに踊り子仲間が言っていた事があったので、そういう話題だろうと判断した。


「そうか、そんなにも故国では人数に余裕が」


彼はどこか同情したような口調である。

そして一呼吸の間があった後に、彼はこう言った。


「では、人数が十分に足りるように手配をしておこう」


どうやら団の内部事情をちょっと知ったから、お節介を焼こうというわけらしい。閣下の側仕えの人と聞いているので、それなりに権力を持った知り合いがいるのだろう。

よその国から手伝い人員を、団長が受け取るかと言うのは疑問だが、年がら年中人が足りないのがうちの団だったので、背に腹は代えられないと判断するかもしれなかった。


「では、私はもう行かなくちゃ」


リリはさっさとここを後にしたかったのでそう言うと、彼はさらにこう言った。


「あなたも、今日は朝寝を楽しんだ方がいいだろう。人手が足りないなら、俺が伝えておこう」


めんどくさいお節介だ。リリは心底いらぬお節介だと思って、口を開いた。


「そんな気遣いよりも、あなたの事を考えたくないのです」


言ってから、やらかした! とリリは血の気が引く思いだった。口が滑った。そして言いたい内容の六割も説明していない、非常に無礼な言い方だった!

だが、このリリの暴言を聞いた彼は、少し笑ってこう言った。


「手厳しい。あなたがそう言うおつもりなのは仕方がない。慣れぬ国で心が安まらないのだろう。……あなたに負担をかけたいわけではないのだ、それ故これにしておいとましよう」


布地の動く音がして、彼が着替えて出て行くのを、リリは出入り口から中途半端な場所で、すれ違って確認する事になった。


「何だったんだろう、一体」


閣下のお付きの人って、……もしかしたら、接待の事が本当はいやでいやで、だからぐうすか寝ているリリを起こして何かしたりせずに、一つしかないから仕方がなく同じ寝台で寝て、帰って行くのかも、しれない。

ほかに考えつかないリリは、寝台の脇に座り込み、緊張からこわばった体をほぐすように、大きく息を吐き出したのであった。

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