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 オーケストラコンサートでも開催できそうなホールにずらりと並ぶ制服姿の少年少女、紳士淑女。学長による入学許可と来賓挨拶やら何やらの理由で促される複数回の拍手を終えて、学生たちがぞろぞろと出ていく。その一人である理緒も、ひとの流れに従って立ち上がった。

 この入学式の後は、学科ごとに教室で教育課程を確認し、午後からは寮生活のルールに関する説明を受ける、だったか。果たしてセレナはいるだろうか。式中、兵士科所属学生に割り当てられた座席の最前列にいた理緒は、あの金髪を探すことができずにいた。

 兵士科が主に使用するのは訓練場に隣接する三号館、正門から見てコの字に並ぶ建物の右端のほうだという。同じ兵士科とおぼしき学生についていくように教室へ向かうと、探すまでもなかった。


「は?なにおまえ、おまえも兵士科?」


 教室前の廊下で、金髪を結い上げた女性が三人の男性に絡まれている。入学式会場を思い出す限り、この白い布を巻いただけのようなネクタイと動きやすいパンツスタイルは兵士科指定のものであるようだから、間違いないだろう。

 唾を吐き捨てるように男子学生の一人が言う。


「ここはおまえみたいな女が来る場所じゃねえよ」


 ずいぶん勝手な言い草だ。セレナはきっぱりと返した。


「わたしはちゃんと受験して、合格してここにいるの。そんなこと言われる理由は無い」


 それはそうだ、と理緒も思う。ただ、相手を苛立たせるだけだろうなとも思った。


「なあ、あれ、どうすんだよ」


 理緒の前を歩いていた男子学生が立ち止まって小声で話しかけてきた。こちらは教室に入りたいのだという気持ちもまた正当なものだが。


「どうする、と言われましても」


 理緒にできることはない。だからといって黙って見ているのも、セレナが相手ではできそうになくて、困ってしまう。

 絡んでいる学生たちも、自分が不当なことを言っていると分かっているのではないか。理緒には彼らが苦しげに言葉を発しているように見えた。


「ハッ、どうせその合格も、試験官に尻尾振って得たんじゃねえの?」

「……ほんとにそう思ってるの?」


 セレナを侮辱する発言をしている彼らのほうが余裕が無さそうである。

 見ているこちらが恥ずかしくなってきて理緒はセレナの隣へ歩いていった。


「まあまああの、とりあえず教室入りません?先生もじきにいらっしゃるんじゃ」

「あ?おまえ誰だよ」


 へらへらと寄ってくる理緒に食ってかかるように学生たちが睨んでくる。私も兵士科学生です、と言おうとして、なぜか三人組がざわつき始めた。何か驚くべきことがあったらしい。

 理緒に気付いたセレナもきらきらした目で見上げてくる。


「えっリオ、主席だったの!?」

「え?」


 今、セレナは「リオ」という音を発した。理緒を、覚えていてくれた。あの日の理緒は正確には「リオ・ノースブルック」だが、そんなことがどうでもよくなるほどに胸が締め付けられるような感じがした。

 セレナは理緒が状況をよく理解していないことを察して理緒の襟に目を遣った。


「それ、バッジ!」


 バッジ。兵士科の学生たちの制服には黒地に交差する剣が描かれたバッジが付けられている。よく見ると、理緒の剣が金色なのに対して他の学生のそれは白である。皆がこれに気付いたのだと理緒は得心した。そして、そのまま声にしてしまった。


「あ、これ主席だから金なんだ」

「……は?」


 あ、と思った。理緒は自分が目の前の学生たちの怒りを決定的なものにしてしまったことに気付いた。真ん中で最も苛立っていた学生が理緒の襟ぐりをぐっと引き寄せる。理緒が服を買い替えるのはおそらく非常に難しいだろうからやめてほしい、と思っていると、唸るような声で言われた。


「てめぇみたいなガリガリが主席なわけねえだろ。そこの女と同じだ、何か間違いがあるに決まってる」


 理緒にとって主席は納得の結果で、だから驚きは全く無い。「リオ・ノースブルック」は国家か地方かは分からないが政治家の関与する事業の成果である。界渡りを人間扱いしない実験と覚えるまで罰を与え続ける教育によって完成したリオが、普通の人間の、それも成長途中の彼らに劣るとは考え難い。リオの実力を示すことが目的だから、試験で不正をすることもないはずだ。

 かつてはこうした揉め事を見るだけで頭や腹が痛んだものだが、すっかり鈍くなった理緒は思うまま言葉にした。


「その発言、学院を貶めていることにお気付きでない、感じですか」 

「あ?」


 あ、やっちまった、と思った。一言目で説教じみた内容になってしまった。理緒は、自分が勢いで話し始めるとよくない方向に口が回る性質であることを思い出した。

 どうにでもなれ、なんなら矛先がセレナではなく自分に向くならいい、と思いながら続ける。


「入試における私の不正を疑っているのでしょう。それが事実であれば、そちらもほかの方も、正しく評価されて合格したか怪しいってことになりませんか。何より、そんな学校でこれから学ぶって。私なら不正を行っているんじゃないかと思う学校に所属したくありませんよ」


 投げるように襟から手を離して、少年は顔を真っ赤にした。


「お、おまえなんなんだよ。おまえみたいなやつ、寮にいなかっただろ」


 理緒の部屋は女子寮にあるうえ、未だ一度も足を踏み入れたことがないから当然である。本来であれば入学式の数日前から部屋に入ることが可能で、その間に荷物を運んだり生活の基盤を整えたりするようだが、それらに理緒は関与していない。

 ただ、それを言っても仕方がないわけで。理緒が次に言うべきことを迷っていると、背後に重量のある気配の接近を感じた。正面の三人組がびくりと委縮するのと同時に、先ほど聞いた唸り声よりも低い声で言われる。


「おい、邪魔だ。さっさと入れ」


 百七十五センチある理緒より頭一つ以上長身の学生だ。三人組は不服そうにしながらも教室へ行く。セレナと理緒も「すみません」と言って入室しようとして、「待て」と声をかけられた。

 振り返るに、理緒を見ている。臙脂色か赤銅色か、色名辞典を引きたくなるような不思議な赤毛を撫で付けていて、眼は狼を思わせる琥珀だ。今の理緒はずいぶん色彩豊かなひとに挟まれているらしい。


「おまえが主席か」


 質問というより確認。理緒はおとなしく頷いた。


「名前は」

「リオ・ノースブルックです」


 彼は小さく首をかしげた。襟元のバッジがなんだか光って見える。剣が白ではなく銀なのかもしれない。


「次席のウィルフォード・マテル・スタインだ。今度ぜひ手合わせしてくれ」

「はい、ぜひ」


 兵士としての訓練に臨むようになれば、特に場を設けずとも機会があるだろう。そう思いつつ理緒は今度こそセレナと教室に入った。

 高校の教室より少し広い程度の、階段教室。座席指定はない。セレナと共に後方に腰掛けて、理緒はうつむいた。


「改めて、リオ・ノースブルックです。さっきは、割って入ったうえで騒ぎを大きくして、本当に申し訳ない」


 セレナが左で両手を振るのが分かった。


「ううん、声かけてくれてありがとう。え、というか、リオだよね?セレナ・カーターです。その、入試のときに会った」

「うん、あのときは本当にありがとうございます。お互い無事来られてよかった」

「ね!」


 笑顔が、理緒の知る星夏にそっくりだ。ただ、内面は大きく異なるのを感じていた。星夏は絡んでくる男性に反論しないだろう。それには文化の違いもあるだろうし、既にセレナから目を離せない理緒には関係ないことだが。


「なんかでも、リオ、雰囲気変わった?なんだろうこう――」


 セレナが考え込む中に、制服ではない、紺の三つ揃いを身に付けた男性が教室の前方出入口から現れた。教卓に手を付き静まった学生たちを見回す仕草と、整えられた髭には貫禄がある。身のこなしから彼の兵士としての優秀さがうかがえた。

 一度の咳払いの後、先生であろう男性はゆっくりと話し始めた。


「きみたち四十八名の担任になる、マット・ネフ・ユーリーだ。これから二年間、主に体術の指導を担当する。そのうえでまずは三つ、心得てほしい。

 一つ目、ここに入学した時点できみたちはメイオラス王国軍の兵士だ。見習いの立場に甘えず、自律心を持って研鑽に励みなさい。

 二つ目、他の学生と交流する機会があれば積極的に参加するように。彼らが、今後きみたちが守る国民だ。よく知り、使命感を持って学んでほしい。

 三つ目、ここは我が国最高の高等教育機関。これから必修科目について説明するが、それ以外にも受講することができる。豊かな知識でもって自己への理解を深め、広い視野を持った兵士を目指しなさい。

 では、ここからは上官として話そう。リオ・ノースブルック」


「はい!」


 突然の呼名に返事をして立ち上がれたのは偶然である。マットは小さく頷き、教卓に置いていた紙の束を指で叩いた。


「この書類を配布してくれ」

「はい」

「ほかはメモの準備。……返事!」


 教室内に短く雄々しい声が響く。理緒は自分が組織の人間になったことを実感して、それを促がしたマットの立ち振る舞いに感心した。


 それから一日五時限あるうちの毎日一時限目に基礎的な訓練を実施すること、必修科目と注意事項等の説明を受けた。本来であれば今日は休日であり、授業が始まるのは明後日かららしい。


「――最後に、『警護』の授業初回までの課題について説明する。書類の最後のページを開け」


 返事とともに皆がページを繰る。ページ一面にいくつかの四角形を組み合わせた図形が描かれており、右下には縮尺がある。情報は無いに等しいが、地図のようだ。さらにその下に課題を説明する文章がある。


「ジュード・ネフ・アッコラ」

「はい!」

「読み上げろ」

「はい。『上に学院の構内配置図を作成せよ。ただし、次のことに留意すること。各部屋の名称を正確に記すこと。教授の個人研究室は〈○○科教授研究室〉の形式で記すこと。建物の配置は記載のとおりだが、不足があると判断した場合は適宜追加すること。立ち入りを禁止されていない場所も、使用されているときは許可を取ってから入室すること』。以上です」


 すらすらと読み上げる声には聞き覚えがあった。ちらりと声の主に目を向けると、セレナに絡んでいた学生の一人だ。確か最も発言の少なかった、ずっと「もうやめよう」とでも言いたげだったやつだ。理緒は、ジュードね、と何となく名前を頭の中で繰り返しておく。


「ノーラン先生からはこのとおりだ。必ず提出するように。ではこれで、兵士科の教育課程説明会を終了する」


 マットはそう締めくくり、学生たちの礼を見て教室を出ていった。

 室内はすぐに、知人と共に入学したのであろう者たちが早々に立ち上がり、そうでない者たちは近場で自己紹介し合う、そんな新学期らしい喧噪に包まれた。隣のセレナがポニーテールを揺らして言う。


「ね、寮の説明まで時間あるし、食堂行きながら配置図の下書きしない?」

「食堂。うん、行きましょう」


 食堂。自分のことなどもはやどうでもいいと考えていた理緒が、唯一楽しみにしている場所だ。

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