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第7話 喪失の刻

 勇者としてのパリスの死は、一体どこからだったのだろうか。今となっては誰もわからない。

 共に旅をした武器商人のギルバートにすらわからない。


 否


 ギルバート・ノノこそが勇者であるパリスを手にかけた人物。

 しかしそれを知るのは、二人をずっと見守っていた物言わぬ聖剣のみ。その唯一の真実を知る聖剣も、今まさに主人と同じようになろうとしている。



 土砂降りの雨の中、ギルバートは泥水まみれの土に転がっているパリスを静かに見下ろしていた。

「ん──どうする? まだ足は無事だよ」

 ギルバートの声が届いているのかはわからない。パリスは何も言わず、虚な瞳で天を仰ぎ、容赦無く叩きつけられる雨粒を全身で受け止めていた。

 その体に両腕は無い。右は肩から、左は肘より下から。泥水に鮮血が流れ混ざる。

「聖剣はどこに吹っ飛ばしたのさ」

 濡れた前髪をかき上げるギルバートは面倒くさそうに辺りを見回す。パリスの怪我など微塵も気にせず、ギルバートは聖剣を探しに歩き出した。


 ギルバートの能力を知ったあの日から、パリスは聖剣のみを使うようにしていた。もしも折れたり刃毀はこぼれしたら怖いと言っていたにも関わらず、ギルバートが忠告しても聞かなかった。

 案の定、聖剣は魔物や野盗と戦うたびに消耗した。それをパリスは何も言わず、気づいていても見て見ぬふりをするように鞘に収め続けた。

 ギルバートから武器や防具の補充は拒否し、パリスの装備は王国を出た時と同じままだった。それをギルバートは呆れたように肩をすくめて笑うしかなかった。

「それがパリスの出した応えならいいよ」

「戦闘中も近くに寄るな。わたし一人で戦える」

 目も合わせずに言うパリスに、ギルバートはため息混じりに了承した。


 その結果、坑道を棲家にしていたゴブリンの縄張りに踏み入り、今の惨状だ。


 離れて戦っていたギルバートは、パリスの腕がゴブリンの斧によって文字通り吹っ飛ばされたのを見てため息を吐いた。

「だから言ったのに──馬鹿だなぁ」

 自分を取り囲むゴブリンを双剣で斬り払い、走り出したギルバートがパリスの元へ辿り着いた時には、聖剣を握った腕すらも吹っ飛ばされていた。

 完全にバランスを崩したパリスに襲いかかるゴブリンを、ギルバートの斬撃が容赦無くなぎ払った。

「無様にわめかないのは君のいいところだけど少しは叫ぶなりしなよ」

 そう言って地面に止血薬を落とした。蓋が外れて容器から中身が静かに流れる。それをわかっていてか、ギルバートはパリスの足を引っ掛けて地面に転ばせた。

「とりあえずゴブリンを一掃するからそれ飲んどきな」

 今まで経験したことのない激痛により荒い呼吸でギルバートの半分の言葉も頭に入ってこないパリスは、何の液体かもわかっていないまま地面に溢れる止血薬を必死に舐めた。

 自分が今何をしているのかは、この時のパリスは理解をしていなかった。



 遠くでゴブリンをギルバートがあらかた片付けた頃に、ぽつりぽつりと雨が降ってきた。

 止血薬によって出血がわずかになったパリスは短く吐くような息で天を仰いだ。


 魔王討伐が苦難の多い、それこそ命懸けで臨むべきことだと、パリスはわかっていた。

 だがそれは戦闘や道中で出会でくわすことだと思いこんでいた。


「ねぇそこのお嬢さん、俺と一緒に魔王討伐しに行かなぁい?」


 国王が用意した王室御用達の武器商人。ギルバート・ノノ。

 この男ではない武器商人だったなら、あるいは──パリスはたまらず涙を流した。失ったのは両腕だけではない。パリスは小さく声を上げて泣いた。今までの感情がせきを切ったように。

 その泣き顔はそこらの少女と変わらなかった。

 涙を拭おうとして、パリスは泣きながらも乾いた笑いが止まらなくなった。

「は、はは、ははは……無い……無いじゃないか……」

 雨が土砂降りに変わる頃には、パリスの涙は枯れはて、虚ろな瞳に成り果てていた。

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