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天気がよかったので、暖炉のある部屋の大窓を開け放ち、太陽の光を室内に入れながら、作業をする。旅支度を調えなくてはならない。断崖を越えるために、森を抜けてまずは人里にたどり着くために、この邸をあとにしなくてはならない。

 考えてみれば不思議な邸だ。

 獣のためだけに使うつもりであれば、椅子もテーブルも厨房も、服も櫛も鏡だって不要なはずなのに。

 

 ジオラルドの服を縫う、作業の合間にダイヤモンドがそう言ったら、ジオラルドも矢を作る手を止めずに言った。


「……一応、人間としての扱いをしてくれようとしたんじゃないのかな。タロットワークは」

「そうね。なにかあって、あんた一人は暮らせるように出来てはいたもんね。食器はひとつずつ。椅子が二脚なのは気休めかな。服は気候に合ってない。ベッドは人間用で、掛け布団も分厚いやつ。邸自体も、このあたりではあまり見ないわ。石造りで」

「トードリアの様式なんですよね。でも、魔法で、下着とか靴下とか、遠方に作って置けるものなのでしょうか。誰かを派遣してここを整えるのは不可能でしょうし」 

「そうよね、なにしろここは絶望の森。どういうつもりで、ここに、ここまで作り込んで、なんのつもりでいたのかわかんないけど」

「そうですねぇ……」



 ジオラルドは思い出す。

 タロットワークと遠駆けに出た。出会ってから月日が経ち、お互い信頼を感じていると思っていた。友人が出来たと浮かれていた。

 細く険しい、美しい山の道を、馬で駆ける。

 心地よすぎて、夢中になった。

 従者も警護も、いつの間にか、はぐれてしまった。

 今となればそれもタロットワークが何かしたのだろうと思う。

「しまった。戻ってやらないと彼らが叱られてしまう」

 と、開けた岩場で気がついた。

 タロットワークが、馬を止めて、下りた。

 二人の頭上に、北国の澄んだ青空が心地よく広がっていた。

「どうした? 怪我でもしたのか?」

 ジオラルドは、心配になって自分も馬から下りてタロットワークに近づく。

 タロットワークは、長く息を吐いた。溜息や呼吸のためではない息。

 いつも携えている杖を、杖入れから外して、片手で大きく二回回して、自分の立っている岩に、カン、と、鋭い音とともに、立てる。

 風が吹いて、黒髪を揺らす。

 黒い目が、伏せられている。

 開けた岩場だ。

 今までの森とは違う。

 魔法使いのフード付きのマントと乗馬用のブーツ。身長ほどもある長い杖。

 黒い髪が、青い空に映える。

 ジオラルドは、自分が立ったまま動けないことに気がついた。

「長き時、古き詩歌、これは古き詩歌よりこぼれ落ちし、これは古き物語より拾い上げし、これは古き魔法より吊り上げし、長き時より訪う力を今ここに施行するものだ。災難を災難に変え、絶望を絶望へと変容させる。我が名、サリタ・タロットワークが求むるものは変化である。虫が如く蛇が如く、人を他のものに変化をさせる」

 呪文だ。

 自分は呪文を掛けられている。

 危険だとジオラルドは思ったが、身体が動かない。

 けれど何かをしなければならないと思えない。それも魔法のうちなのだろう。

 タロットワークの黒い目が大きく開かれて、岩が反射する光が入っている。

 鋭く、冷たく、何かが充ちて揺らいでいる。


 泣きそうなのか、タロットワーク。

 そんな顔を見たことがない。

 なあ、僕は君のそんな目を見たことがないよ。


の名はジオラルド・クイスナ・トードリア四世」

 タロットワークの瞳から涙が零れた。

 声も呼吸も揺れなかったが、溢れてしまったというように涙が零れた。

「我は呼ぶ場所をすでに示している。答えればよい。変化の力は古き魔法。これは古き魔法。我が名はサリタ・タロットワーク。の名はジオラルド・クイスナ・トードリア四世。力はある。ここで行われる。変化と移動と定着である。これよりも古き魔法だけが魔法を解く。だがそんなものはないのだ。古き魔法よお前よりも古いものは」

 タロットワークの顔がとうとう歪んだ。

 涙が溢れて頬を伝い、顎から落ちる。

 ぐしゃぐしゃになった声で、彼は言った。

「ないのだ」


 

 そしてジオラルドは、気がついたらここにいた。

 知らない空気。

 知らない知覚。

 最初は混乱した。

 激怒もした。悲しくもあった。

 そうか、自分は陥れられたのだ。タロットワークはリブロ・ゼロネームから、命じられていたのだ。王宮から自分を排除しろと。

 あいつは王になりたがっているのだ。

 どんな無茶なことだろうが、必ず、リブロなら、やる。

 それにはまず、王子を、ジオラルドを排するのは当たり前のことだ。

 けれどそれなら殺してしまえばいいのに。



 ダイヤモンドにそう語ったら、ダイヤモンドは針仕事で傷んだ指を撫でながら言った。

「タロットワークくんさ、裏切ったんじゃないかな」

「はい」

「あんたをじゃなくて、いとこのリブロをよ」

「え」

「だって、下準備してこんな魔法使うより、杖で殴り殺した方が早いじゃん」

「不穏」

「あれ、ものによっては芯に鉄とか入ってるんだよ。いろいろ作り方あるの。鈍器鈍器」

「いつもそんな鈍器持って歩いてたんですか彼ら」

「剣とか、みんな持ってるでしょうよ。あんたも持ってたんでしょ?」

「はい」

「だからさ、雇い主を裏切ったんじゃないの?」

 ジオラルドは顔をしかめる。

「ずいぶん手の込んだことをしましたね」

 ダイヤモンドは、ジオラルドに笑った。

「むかしむかし、あるところに」

「……おとぎ話ですか?」

「うん。ママが教えてくれたんだ。こどもの頃に」

「続けて下さい」

「むかしむかし、あるところに、お姫様が生まれました。けれども、意地悪なお妃は、お姫様を殺して森に捨ててこいと、猟師に言いました。けれど猟師は、お姫様をかわいそうに思い、殺せずに森に置き去りにしたのです」

「タロットワークがその猟師だと?」

「わかんないけど、ない話じゃないよね、って話をしてる。おとぎ話には教訓があるわ」

 ジオラルドは少し考え込む。

 ダイヤモンドは、また針を取って作業を再開した。

 ジオラルドは言う。

「……それから?」

 二人は、おのおのの仕事をしながら、話をした。

 ダイヤモンドの昔話は、

「そして、お姫様と王子様は、いつまでも幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」

 で、終わったが、弓と矢を作り終わったジオラルドは少しだけ、と言って、絨毯の上で眠り込んでしまって、その言葉を聞いてはいなかった。

 ダイヤモンドは、ジオラルドに毛布をかけてやって、聞いていないのを知っていてもおとぎ話を最後まで語った。



本書は、1997年に集英社コバルト文庫から出版された『ちょー美女と野獣』の、著者本人による改訂版です。カクヨムにも同時連載しています。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 遠駆けするジオとサリタ、仲良くなったんだなぁ。よく護衛を撒いたりしてたのかなぁ、困った人たちだなぁ!とか思ってたら例の場面だと気づき、ふわふわきゃっきゃしてた心が思い切り引き戻されました。…
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