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苦手な方はご注意ください。

逃げた神々と迎撃魔王シリーズ 

リドルカ女傑は恋戦鬼

作者: リードル伝記

 黒の大陸と呼ばれる大陸中央にはアーストラズ山脈と呼ばれる広く大きな山脈がある。その山地北部にロブルタ王国という国と、魔物が数多く生息する魔境と呼ばれる領地があった。


 魔境の砦を預かるのは────ルエリア子爵リドルカ。見た目は金髪青目の美しい女性。リドルカはルエリアの守護者とも呼ばれ、高い武術の素養の持ち主だ。槍を持たせれば並み居る騎士の誰よりも強く、貴族学院での成績もその歳の最優秀成績で卒業する才知に長けた女性でもあった。


 リドルカは勇猛な振る舞いを見せるロブルタ王国第三王子アストに惚れていた。アスト王子の年齢は五つも歳下だ。リドルカの恋を打ち砕くように第三王子の噂について耳に入る。


 ────王子が男装の麗人である、と。噂は真実であり、リドルカは悄然としていた。しょせんは辺境の子爵の娘。夢を見ることすら叶わず、厳しい現実が突きつけられるだけだった。


 ルエリア子爵である父ルドルフは、不器用で真面目な娘を不憫に思った。ルドルフが領主としての引退を早めたのは成人した娘が武芸に長け成績優秀な女性であるのと、良き縁談が見つかるように箔付けを行うためだった。


 それでも結果は芳しくなかった。辺境の子爵であるのと、リドルカの才気が勝ち過ぎて同輩以下の者達は怯えてしまい、格上は煙たがったせいだ。



 ────リドルカもすでに二十歳になろうかという頃に、もようやく興味を示した貴族がいた。ヒムディス公爵家だ。


 ルドルフは小躍りして喜んだ。もう娘の貰い手がつかず、リドルカの代を持って領地の返納を考えていたくらいだ。


 ルドルフは密かにヒムディス公爵家との縁談を進めた。親同士の間で話し合いは簡単に進み婚約が成立する。そして顔合わせのパーティーを開く事になったのだ。


「父上、勝手な事をしないでいただきたい」


「何を言うか。公爵家から直々に求められたのだぞ。断る言われもないだろう」


 親心と苦悩を知らないリドルカは当然ながら反対した。どのみちリドルカが気づいたのは、両家での取り決めが終わってしまった後だ。


 すでに公の場にて正式な婚約を発表して、王都にて結婚式をあげる流れになっていた。その前に当事者同士公爵家で引き合わせ、改めて将来を誓い合うはずだったのだが────


 


 ────婚約をしていたヒムディス公爵家からの、突然の婚約破棄を知らせる使いがやって来た。こちらは子爵、相手は格上の大貴族。それに王家の血族でもあり、多少強引で雑なやり口でも大人しく従うしかない。


 公爵家は婚約破棄に至る説明と、御詫びがてら仕度金の一部をルエリア子爵に支払ってくれただけマシだった。


 しかし決まりかけていた縁談を一方的に破談した形に変わりなく、貴族としても女としても、リドルカは傷物にされたに等しい。弱小貴族だからと、侮辱されたに近い。


 乗り気ではなかったにせよ相応の理由がなければ、リドルカとしても承服しかねたのだろうとルドルフは思った。


「何故です、何故破談なのですか」


 当のリドルカは、苦虫を噛み潰したような表情の父ルドルフの気持ちなど気にもとめていない。女傑と呼ばれている娘の威圧感に、彼は少々ビビっていた。


 剛毅と言えば領主としての格好はつく。しかし……と、ルドルフは思う。我が娘は知恵も教養もあるはずなのに、普段の言動は粗忽で単純。変な刺激を与えると、父親ですら生命の危険がある。


 だが──あえて言わねばならない。激昂した娘にぶった斬られて死ぬことになるかもしれないとしても。ルエリア領を子孫に残すためには自分が犠牲になってでも、魔物(オーガ)よりも気性が荒くて強い娘に言い聞かせる必要がある。


「それじゃよ、その格好をどうにかせい。手紙にもあったが、年頃の貴族の娘が肩まで肌をさらけ出し、血塗れのオーガの首を手にやって来たと。まさかパーティー会場にまで血塗れの鎧をつけてやって来るとは……」


 近年オーガの出没情報が増えており、魔境近いルエリアに限らず、ロブルタ王国の中央街道でも見かける事があった。


 リドルカは身嗜みを整える概念の欠如した娘……だったわけではない。ヒムディス公爵領に向かう時、魔物の出現に備えて装備を着込んでいたに違いない。


 自分の栄達や幸せよりも、民の安全を優先するのがリドルカという娘だ。


 辺境の貴族である以上は、そうした用心は仕方ない面はある。ただ今回は運が悪かった。公爵領内でオーガが出没したからだ。


 パーティーの場に魔物の首を片手に婚約者の令嬢が現れて、公爵側の招待客が混乱(パニック)になったのは言うまでもない。


 不運は不運。だが民のために責務を果たしたとしても、着替える時間は充分にあったはずだ。


 

 父親としての悩みはもうひとつある。この国では十五歳で成人として扱われる。リドルカはすでに二十歳であることだ。


 平民ならば問題はなかった。しかし十五歳で婚約出来ていない弱小貴族の娘など、ロブルタ王国では貰い手が少ない。そのまま行き遅れてしまい、家ごと没落してゆく領主も多いのだ。


 ────旬の過ぎた弱小貴族の娘に大貴族の方から声がかかったのは、奇跡に近いのだ。


 だから……もっと慎重に行くべきだった。貴族の嗜みや適齢期だって、彼女も知っているはずだ。


 辺境の領主の常識と、安寧の地の領主の常識にズレがある事を、父親として前領主としてもっと説明しておくべきだったのだろう。


 ルドルフは娘を愛するあまりに、親としての配慮に欠けていた事を後悔した。だが既に婚約は破談……悔いてももう遅かったのだった。



「まあ縁がなかったのでしょう。あれしきの事で騒ぎ出すような男では、どのみち我が領ではやっていけませぬぞ」


「やらかした張本人がいう言葉か。お前を貰ってくれる貴族など、同輩や下位の貴族にはもうおらん。このままだと我が家系も絶えてしまうではないか」


「いらぬ心配を。いざという時はヘルマン殿や強い冒険者を狩って子種を絞り出しますよ」


 リドルカが本気でそう考えているのがわかるので、ルドルフは慰めるよりも悲嘆の声を上げ頭を抱えてしまった……。「引退されたとはいえ、元領主様に真実をお伝えしなくても良いのですか?」


 堅物のルエリア子爵領の騎士ヘルマンが、堅物らしく苦言を呈した。


「引退したからこそ、気苦労を与えたくない。王都内を巡る陰謀に、私自身の事で巻き込まれるわけにはいかないだろう」


 ヒムディス公爵家の思惑を現地で知ったリドルカとヘルマンは、魔物のオーガの来襲をあえて利用したのだ。


 父ルドルフの理解している通り、リドルカは脳筋に見せかけた頭脳明晰さを持っている。粗野で空気を読まない辺境の田舎貴族なのは見せかけだ。気を抜いた本来の姿でもあるのだが。


「ヒムディス公は私を女と舐めてかかり読み違えたのだ。本当に狙われていたのは父上だよ」


「確証はお有りなのですかな」


「オーガ共を使い、私を人質として何やら画策するつもりだったと思う。あのオーガは召喚された魔物の強さだ」


 リドルカが大人しく捕まれば人質に、抵抗して死んだとしても構わなかったはずだ。


「ルエリア領の防衛の無力化、それがこの婚約騒ぎの理由だと私は考えている」


 ヒムディス公爵の誤算は、リドルカの常識離れした強さだろう。強いと噂されても所詮は貴族の娘。まさか一人でオーガをぶった斬るなどあり得ないと思っていたのだ。


 ◇


「これで縁談は破綻。私としてはヘレナの母親になっても構わぬのだがな」


「御冗談を」


 戻って来た領主館でリドルカとヘルマンは部下のバードンを交えて小会議を開いていた。精神的な疲れがあるのか、リドルカがヘルマンに軽口を叩く。


 半分本気なのがわかるので、ヘルマンはうまく逃げた。彼は最愛の妻を亡くしている。娘のヘレナもまだ学生、支える相手がいる事が望ましいのは確かだった。


「冗談ではなかったが、まあいいさ。王都でのきな臭い動きに連動して、我が領内も騒がしい。夜間の警戒レベルを少し高めよう」


 何か起きようとしている。リドルカは慌ただしい貴族の動きと、頻繁に報告の上がる魔物の数の多さに関連性を感じていた。


 ◇ ◇


 ────夏休みの休暇を利用して、王都からアスト王子の一行がやって来る事になった。憧れていた相手とあって、リドルカも気合いが入る。


「ヘルマン、警備の強化と民衆にも振る舞えるように食料の手配を」


 第三王子であったアスト王子は、魔法学園で起きた騒ぎで二人の兄が亡くなり、王位継承者となっていた。


 そのような大切な身で夏休みのバカンスに来る度胸の良さに、リドルカは流石だと思った。


「迎え入れるには……少々脆いか」


「来訪を断るべきでしたな」



 王子達がロブルタの王都を出発した、その報告の後に凶報が届いたのだ。


「まさかこのタイミングで魔物の大暴走(スタンピード)とはな」


「公爵家の仕業なのでしょうか」


「いや、別口だろうな。アスト様が王位継承者となったのは偶然だろう。あの方を狙いすまして仕掛けを仕込むには時間が掛かりすぎる」


 リドルカは援軍の到着するまで籠城を決める。子爵領の抱える騎士団十二名と、警護兵三十名程度で排除出来る数ではなかった。


 冒険者達もギルドに在籍するわずか二十名ほどしかいない。その中でも一番の高ランクパーティーがCランク。打って出て、勝てるはずはなかった。


「幸い壁だけはオーガ対策で高く頑丈で良かった」


 ルエリアの領主町で引き付け続けられれば、他への負担がそれだけ減る。魔物対策の城壁や備蓄のあるルエリアと違い、内部の領主はそれほど戦う用意もなかった。


「ヘルマン、貴方はバードン達騎士と警備兵を連れて東門を守れ。私は冒険者達と西を守る」


 何も知らないアスト王子一行が逃げ込んで来る可能性を考えて、いざと言う時に特攻出来るものを王都側へ配備する。


 魔物の群れは少しずつ数を増やしながら、ルエリアの領主町を襲って来た。余力のある内はあえて打って出た。弓矢や防城用の節約だ。


 リドルカは言わない。騒動があって混乱する王都から、援軍など期待出来ない……などと。ヘルマン達は薄々わかっている。最悪の場合、領民を王都方面へ脱出させる時を考えた配備であると。


 ────堰を切ったように、魔物の大群が溢れ出て来た。


「拷問の時間の始まりだな」


 リドルカは多くの魔物を屠った血塗れの槍を構え直した。城壁も積み重なる魔物の遺骸が踏み台となり、徐々に高さの有利が失われてゆく。


 あまりの数の多さに心の折れた冒険者達。責める事は出来ない。彼らは実力以上の魔物と戦い続けて、とっくに限界だったからだ。


 限界は思ったより早く来た。魔物の数と質の高さに、リドルカが屈しかけたその時、諦めていた援軍がやって来た。


「あれはアスト様……!」


 奇妙な馬車と生き物と、戦士とは思えない華奢な女性達が次々と魔物達を打ち払ってゆく。


 憧れていた王子は見目麗しく成長し、勇猛どころか伝説の英雄のように魔物の大群を駆逐してくれた。


「やはり私の目に狂いはなかった」


「大袈裟だよ。彼女達とあの冒険者達、それにルエリアの民が頑張ったからさ」


 アスト王子は女性だと公に知られている。本人は気にもしておらず、堂々たる態度で称賛を浴びていた。


 リドルカは年下の王子に再び惚れ直してしまった。オーガを一捻りする女傑ではあるけれど、心はいまだに恋する乙女なのだった。


 そしてアスト王子はそんなリドルカの心を翫ぶかのように、彼女の窮地を救いまくるのだった。


 ◇ ◇ ◇


 ────魔物の大暴走(スタンピード)によって、ロブルタ王国内がダメージを受けた。そこに陰謀を企んだ隣国が攻めて来た。


 大軍を前にしても、アスト王子は怯むことがなかった。防衛陣を築き、魔物の大暴走(スタンピード)で大ダメージを受けた都市から人々を移した。


 ルエリア領にて相対した敵国の大軍を前にした時も、先頭に立って指揮を取り、敵軍を見事撃退してみせた英雄王子。


 もう駄目だった。リドルカは恋心が抑え切れなくなった。戦後処理が済んだ後、勇気を出してアスト王子に告白した。


「アスト様……私を嫁に貰って下さい」


 父親のルドルフやヘルマン卿に王子の仲間達がいる前で、リドルカは怖気づくことなく言い放った。娘の暴走に、父親のルドルフは顔を青くし頭を抱えていた。


「気持ちは嬉しいのだが、ルエリア子爵にはやってもらいたい事があるのだよ」


 リドルカ渾身の告白をさらっと受けながら、武人としての心をくすぐるアスト王子。王女として生まれながら男として王位継承争いに加わり、勝利して来ただけあった。


 リドルカは渋々アスト王子の頼みで、陞爵を受けた。戦後処理で敵国から接収した海岸沿いのプロウト領を治める侯爵になったのだ。


 ◇ ◇ ◇ ◇


「ぐぬぬ、あの頭のおかしい錬生術師のせいだな」


 子爵から侯爵になる大栄転となったのに、リドルカは悔しがる。部下のヘルマンはルエリア領主に、同じくバードン男爵となった。この戦いで没落したヒムディス公爵領の一部がバードンと、ルドルフ元子爵に与えられたのだ。


 一族と信頼出来る部下まで出世し派閥まで組める状況。普通なら大喜びになるはずの褒美づくしだった。現にルドルフは噎び泣いて歓喜の叫び声を上げている。


 祝勝会でのリドルカの暴走も歯牙にかけないアスト王子の度量に、敬服したものは多い。……騒ぎの中心人物リドルカを除いて。


「アスト様の人形(ゴーレム)で誤魔化そうったって、そうはいかない。貰っておくけど」


 栄転ではあっても、プロウト領は最前線となる。王都からは離れた僻地とも取れる地。重要ならば王都近辺にリドルカを置くはずなので、完全に左遷だとリドルカは憤慨したのだ。


 アスト王子の頼みは断れない。ただ知恵を授けた錬生術師の少女が小憎らしかった。助けてくれた恩人でもあるので、余計に腹が立つのだ。

 

 しかしリドルカは勘違いしていた事に気がついた。プロウト侯爵領は、新たに接収した領地に築いた町、ロムゥリの玄関口にあたる。


 アスト王子がいずれ王となる時に治める事になる新都の要、外洋からの門にもなる領地。それをリドルカに任せた事になるのだから。


「まさにこれは────アスト様の愛!」


 あの時の告白に、アスト王子が見せた答え。リドルカはブルッと身体を震わせた。


「新都の玄関口を守らせる……まさにそれは留守を預かる王妃の如き役目。私の想いを全力で受け止めて下さったのですね」


「戦闘続きにより心身が疲れて病んでいるようだから……海辺の領地で休養させたかったのだよ」


 リドルカの膨らむ妄想に対して、アスト王子は困ったように呟く。妄想から真相を見抜くリドルカを、アスト王子は面白がっているようにも見えた。



 ────再び戦禍が湧き上がる。リドルカの治めるプロウト侯爵領が、敵国の残党に攻められていた。そしてまたしてもアスト王子が援軍にやって来て、敵軍を蹴散らしてくれた。これでリドルカはアスト王子に完落ちしたのだ。


 アスト王子も信頼の厚いリドルカの為に、休養も兼ねた要地を任せた。アストとしては魔物による被害や戦争により、王国に動かせる戦力がないので駆けつけただけだった。


 偶然と妄想の産物。逆にアスト王子が着想を得るきっかけがリドルカの妄想だったのかもしれない。


 実際隣国を吸収した後、ロムゥリの町はアスト王子が王座に就いた時に新たな王都となった。


 リドルカの予見は正しかった。才女にしてアスト王子に引けを取らない英傑。残念なのはアスト王子という英雄王子がいたおかげで、恋に盲目になってしまったことだけだった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「早急にリドルカ女傑に婿をあてがわなければ」


 アスト王子がアストリア女王として新たな国を興した。その最初の難題がリドルカ侯爵の処遇についてだった。


 国の安定のためとアストリア女王が自由に動く為には、リドルカに釣り合う結婚相手を見つけてる必要があった。


「ムーリア大陸のインベンクド帝国のラクトス男爵、彼ならリドルカの相手に相応しい」


 貴族としての爵位は下級の男爵。ただラクトス男爵は『ムーリアの至宝』と呼ばれるようになったシャリアーナの甥だった。


 ラクトス男爵を滅んだ旧サーラズ王国の新公国王とし、リドルカを王妃として迎える。将来を有望視されている二人に、大陸間連盟の礎になってもらう案だった。


「リドルカ女傑には自力の恋は無理だ」


 恋焦がれる対象にされているアストリア女王は、会議の流れに乗じてリドルカを強引に婚約へ話しを持っていった。



「どうして私が異国の坊っちゃんと結婚しなければならないのですか!」


 ロムゥリへ戻ったアストリア女王の元に、息を荒げたリドルカ侯爵が乗り込んで来た。


「君の父上ルドルフに頼まれたんだよ。目を覚ましてやってくれと」


 もちろんアストリアの嘘である。有能な臣下を他国へ出すのは痛い。しかし女王である立場を放棄して、彼女自身が自由に動くために必要な措置だった。


「つまりアスト様の自由のために、私に生贄になれとおっしゃるのですか」


「そうだ。僕のためだ、引き受けてくれるね」


「うぐっ……ずるいです、アスト様」


 アストリア女王は説得の方法を変えて、リドルカの恋心を利用した。父親のルドルフやアストリアも本気で女傑の心配しているというのに、本人は妙な性癖に拗らせ依怙地になっていた。


 アストリアを愛するからこそ、リドルカは断われるはずはなかった────。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 元サーラズ王国の廃都で、リドルカとラクトスは初めての顔合わせを行った。


「お互いに気の進まぬ縁談とは言え、お目にかかれて光栄ですよ、リドルカ侯爵様」


「お互いに……まさにそうだな。ラクトス殿は冒険者でもあったか。話しが早くて助かる」


 面倒な腹の探り合いもなく、リドルカとラクトスは握手を交わした。思惑はそれぞれあるにしても、お互いに損な役回りをさせられている自覚があった。


 リドルカは結婚する気がなかった。相手が嫌な貴族だったのなら、喧嘩を売ってとっとと帰るつもりだった。だからわざと嫌な言い方をしてみた。


「ラクトス殿には悪いが、アスト様と比べると器量不足が否めん」


 それほど悪い男ではなかった。ただリドルカの中にはアスト王子の鮮やかな戦いぶりの記憶がいつまでも残っていた。


 役目を辞して二度目の婚約破棄をする事になるのかと、自分でやっておきながらリドルカは凹んだ。


「……気持ちはわからないでもないが、貴女はアストリア様が好きだと思い込む事で、逃げてるだけではないかな」


 ラクトス男爵から思わぬ苦言が出た。 思わず腰の剣を抜きかけた。喧嘩を売っておいて苦言にキレるのはおかしい。自分でも何をしてるのかと呆れて、リドルカは顔が真っ赤になった。


「僕はね、たぶん君とは逆だ。領地を継ぐ重圧のない四男だったからね。手柄が欲しくてたまらなかった」


 年下の青年は、初めて自分の事をリドルカに話してくれた。よくいる怖いもの知らずの坊っちゃん貴族のやらかし。アストリアに優るとも劣らぬシャリアーナの偉業。


 リドルカが彼の立場なら、比較される事に耐えられなかったかもしれない。同じ辺境の領主を父に持ちながら、男と女、兄妹がいるかいないかで随分違うなと感心した。


「僕もね怖いんだよ。偉くなりたいって、あれほど無邪気に望んでいたのに。属国とは言え、一国の王なんて柄じゃないんだ」


 強力過ぎる後ろ盾がいる事で、ラクトス男爵は不相応な立場に置かれて参っていた。


「だからわかるのさ。貴女が僕とは別の恐怖を感じていたことに。精神の強迫観念に近いのかな」


 ラクトスの指摘に、リドルカは悔しそうに口を噤む。ずっと心に感じていた恐怖を暴かれた気がした。


 リドルカはずっと恋する事を恐れていた。アスト王子に憧れて惚れたのは、王子ならば積み上げて来たものを失わずに済むと思ったからだ。


 父親が密かに危惧していた、辺境の地を預かる主としての呪いに近い。リドルカは女性として恋をして、心の有り様が弱くなる事を極度に恐れていたのだ。


 魔物が多数徘徊するルエリア領では、心身共に強くあらねば生きていけない。アストリアがリドルカの静養を考えたのも、リドルカの心の弱さを見抜いていたからかもしれない。


「ははっ、年下の恋も知らない王子様や、モテそうにない田舎貴族の青年に、私の心のうちを見破られるなんて……ね」


 憧れて、言い訳だけしていたかった。ラクトスの言葉を借りれば、まさにリドルカを取り巻く環境がそれを許さず、ここまで来てしまった。


 きっとアストリア女王は、逃げ出しても赦してくれる。もともと無茶苦茶な考えのもとでこの婚約は成り立っているから。


 ラクトスという青年は辛抱強く、罵声に近い言葉にも反論せずに黙って見守ってくれていた。彼は過去に貴族の子として傲慢さを窘められて痛い目にあったというが、それだけで培われた忍耐力ではないはずだ。


 彼自身の本質……人柄はその後の努力で形成されていた。ラクトスは、逃げなかった。リドルカは彼の姿が急に眩しく見えた。


「正直に言うと、逃げられないだけなんだよ。逃げ出した方が後が怖いんだ」


 苦笑いをするラクトス。それも本心なのだと思う。女帝になると思われる叔母のシャリアーナだけじゃない。彼の所属する冒険者ギルドのリーダーは、あの狂った錬生術師(マッドアルケミスト)すら怖れる相手だ。


「実感がこもっているのだな。私も……逃げずに立ち向かわねばならないな」


「そんな固くならなくていいよ。あいつなら逃げ場を考えておくのも冒険者の基本だぞって言うだろうから」


 必要性を求められて、無理矢理婚約の流れになった二人だったが、互いに良い仲間に恵まれたと、初めて心から笑いあった。


 この青年となら恐怖を克服し、一緒にやっておけるかもしれない。自分自身に潜む恋心が、オーガよりも己を苦しませる敵になるとは思わなかった。


 リドルカは心に刻み込まれた精神の病(トラウマ)を克服するために。勇気を持って、最初の一歩踏み出した。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ────戦禍に荒れたサーラズの廃都。国が廃れ、混迷の渦に呑まれてゆく中での復興は難しいと思われていた。


 しかしラクトス公王とリドルカ王妃の尽力により、サーラズの地は以前よりも活気に満ちた国となって再興を果たした。


 新たな公国はリドルカの名前から取ってリードル公国とされ、王都には新たに誕生した第一子ルドカと同じ名前が名付けられたと言う────。


 ◇ おわり ◇

 

 お読みいただきありがとうございました。「小説家になろう」20周年を記念した特別公式企画「小説家になろう Thanks 20th」の二作品目、異世界恋愛の作品です。


 ブックマークやいいね、評価やご感想など励みになります。応援ありがとうございます。



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