とんでもねぇ優良物件な魔女
「ふがっ……ふんぐっ」
魔女ヴェントゥリが肉料理に食らいつく。
まるで飢えた獣だ。
表情はバサバサの黒髪で口元だけしか見えない。犬のようにガッつく様は御世辞にも上品とは程遠い。本当に有能な魔女なのか?
「は……腹がへっていたのか? エール酒だか……飲むか?」
声をかけるのも嫌だったが、テーブルの反対側からエール酒のジョッキをすすめると、奪い取るように掴んでジョッキを呷った。
「んぎゅっ、んむっ……かはー……」
ギルド内にいた冒険者パーティたちは俺と魔女から距離をとっている。
酒場を兼ねたギルド一階には、十席以上の丸テーブルが配置されている。周囲では夕飯や酒盛りがてら盛り上がっているが、ギルマスもふくめた面々がチラチラと俺たちの様子を窺っている。
ギルマスに試されているってわけだ。
「やれやれ」
相棒も持たず一人でギルドに来た異質な俺。
相棒を亡くし納骨堂に引き籠っていた魔女。
無理やり引き合わされた俺たちは、仮の相棒候補。まるで見合いみたいな感じだが、断れない流れだった。
それはさておき、目の前の薄汚い魔女は人間の言語を話せるのか? 少なくとも魔法スキルがあるのだろうが……。
『……っぷはぁ! 久しぶりのご飯で元気が出たにゃぁ!』
「うわ?」
びっくりしたぁ。
魔女がしゃべった!?
いや違う。バサバサ黒髪の魔女は俯いたままだ。右手に持った人形――干乾びた猫耳人形? がパクパク口を動かしている。
『ボクは素敵魔女ヴェントゥリの相棒、チュルル。強い絆で結ばれた相棒にゃ』
「ほ、ほぅ?」
腹話術か。
魔法ってワケじゃなさそうだ。魔女が喋っているらしい。
猫耳人形の目は大きな「ボタン」が縫い付けてある。全体的にツギハギで、欠けた部分を布で補っている感じだ。
どうみても呪詛に使う人形だ。一気に魔女のヤバさが二段階レベルアップしたぞ。
『っていうかお前、一人か? 怖いにゃッ!』
「はぁ!?」
お前らに言われたくないわ!
無意識で発動した『単独肯定』スキルが、魔女ヴェントゥリと腹話術の猫耳人形を見定める。
魔女と猫人形はロープのような赤い『絆』で結ばれていた。干からびたミイラ人形とキズナを結んでやがるのか?
つまり死んだ相棒ってのは……ミイラ化したあの猫耳人形ってワケか。
魔女は一見すると「一人」だが、絆が切れていない。この世界の常識なら彼女は本来なら生きてなどいないはず。
やばいぜこの魔女。
世界の常識から外れたかなりイレギュラーな存在ってワケだ。
ちらりと周囲に視線を向けると、冒険者やギルマスが酒を飲みながら「すげぇ」「ヤバイやつら同士で会話してやがる」「毒をもって毒を制す」など好き勝手言うのが聞こえてきた。
ぐぬぬ……なんてこった。俺と魔女はヤバイの同士ってわけか。
――あはは! クラスのいじめられっ子同士、無理矢理くっつけられるみたいな感じだね!
ん?
今の声は誰だ?
冒険者たち……じゃない。頭のなかに聞こえてきた気がしたが。
『コホン、おしゃべりが苦手なヴェンの代わりに、僕が礼をいうにゃ! ありがとなボッチの兄ちゃん』
「ボッチとかいうな、俺の名はユイガだ」
まぁ自己紹介はしておくか。
『ユイガ……どこかで聞いた気もするにゃ。まぁいいや。ところでキミがヴェンの新しい相棒希望者ってワケかにゃ?』
「いや、べつに希望なんてしてな……」
「……ぁ、あぅ」
右手の猫耳人形が黒髪魔女に話しかけると、小さくコクコク頷いた。
『ふむふむ……? ぼっちで可哀想なユイガを、僕らのしもべにしてやってもいいの? 優しいねヴェンは。魔女じゃなくて慈愛の女神さまだにゃ』
「うへ……うへへ」
キモッ、なんだコイツ。
『よかったにゃユイガ! 今からお前を僕のしもべしてやるにゃ!』
干乾びた猫が俺を指差す。この半猫人のミイラが魔女の相棒だったのか?
「なんで上から目線なんだよ」
俺の声は聞こえてないのか?
スルーかよ。
やべぇぞこれは。
何が優良物件だ。
ギルマスめふざけやがって。
とはいえ、外は日も暮れて行くあても無い。
このまま二階にあるギルド併設の宿屋に泊るのが一番楽だ。よし、ここは適当にこのイカレた魔女をあしらって、地下納骨堂に戻ってもらおう。どうせ一人でも生きていけるみたいだし相棒になってやる義理も必要もない。
『新しい相棒候補の下僕に乾杯にゃ! マスター、エール酒もう一杯!』
「あぁぁ」
「相棒の話はちょっと考……」
『ユイガも飲むにゃ! お悔やみの香典で懐は温かいから金なら心配ないにゃ!』
勝手に注文しはじめた。
てか金はあるんかい。
「いや香典って……お前のだろ!?」
いろいろツッこみが追い付かなくなってきた。
『契約成立にゃ! これは慈善事業みたいなものにゃ。社会不適合者のユイガと「キズナ」を結んでやるから感謝するにゃ』
ドヤ顔で言う猫耳ミイラ。
左手で魔女はジョッキを持ち上げて、猫に飲ませながら自分も飲んだ。
まぁ誰か隣にいないと買い物もクエストさえままならない。まともに社会生活が出来ないのは今の時点では困る。これは……次善の次の次ぐらいの手段だが、この頭のイカレた魔女と少し行動を共にするしかないだろう。
だが、ひとつだけハッキリさせておく。
「俺には絆ってやつは必要ない」
ノーサンキューだ。
『なんでにゃ!?』
「んなアァァ!?」
うわ、びっくりしたぁ。魔女まで顔をあげた。髪の隙間から血走ったギョロ目が俺をにらむ。
「お……俺は特殊なスキル持ち体質でな。誰かと『絆』とやらを結ばなくても一人で生きていけるんだ」
『キッモ!? ヤバい奴だなお前……』
「うぁ……ぁぁぁ?」
「お前らに言われたくねぇ!」
キモくもヤバくもないわ!
『ユイガは相当な変人にゃ、怖いにゃぁヴェン』
「あぅあぅ……」
魔女と猫ミイラで引くわ、みたいなリアクションがマジでムカつく。
「おまえらこそ相当だろ」
このイカレ魔女にクソ猫ミイラめ。
「ぅあ……うぁう」
『え? ヴェンはユイガとは絆を結ばなくても良いかな……だってニャ』
すごく申し訳なさそうな表情の猫ミイラ。どうやってその表情出してんだ?
「それでい……」
いや、まてよ。これだと向こうに拒否られて、俺が「ごめんなさい」された可哀想な男じゃないか!?
ふざけんな、こっちから願い下げなんだよ!
ガタッと思わず椅子から腰を浮かす。
「ぁ……あー……」
『でも相棒はいたほうが何かと楽だから、とりあえず、仮の相棒ってことで頼むね、だってにゃ』
「なんだかイラっとする言い方だが……まぁいい。よろしくなヴェントリィにチュルル」
向こうはホッとしたようすだ。
『実はヴェンも、そろそろ納骨堂から出てお風呂入りたいな……とか、ご飯たべたいなとか、思ってたんだけど……。誰も迎えに来てくれなくて……ちょっと本人もミイラになりかけてたニャ!』
「ははは、チュルルは既にミイラだもんな」
面白い冗談だな。
「『チュルルは生きているニャァッ!』」
「うわッ!?」
魔女と猫耳ミイラが突然叫んだ。ギルドじゅうに響く狂気の絶叫。
怖ッ! 猫耳のミイラと同時に魔女が叫んだので、椅子ごと後ろにひっくり返りそうになった。
『チュルルは生きてる……永遠に相棒にゃ』
「……あぅ、あぅう」
――あはは! 地雷女だ、ヤバいねっ
まただ、声がする。
俺の頭の中だ。
なんだ地雷って。聞いたことの無い単語。まさかこれ……魂の片割れの声……?
「お……おぅ、そうだな。悪かった」
この話題には触れないようにしよう。
猫耳人形は生きてる。
うん、そういうことにしておこう。
『はぁはぁ……汗もかいたし、そろそろ宿でシャワーでも浴びたいにゃぁ』
「……ぅぅ」
そうだなお前らはなんか臭いんだよ。
「同感だ、俺も休みたいよ」
というわけで二階のギルド運営の宿屋へ。
二部屋とれるお金はあるだろうか?
そんなことを気にしながら階段を上るとき、一階の酒場を振った。見回すとギルマスらが親指をたてて「グッジョブ」とウィンクしていた。
くそ、ギルマスめ。
とんでもねぇ「優良物件」をおしつけやがって。
<つづく>