ギルドと無理矢理の相棒(バディ)
「こりゃぁ驚いた、おめぇさんマジで一人か!? なんで生きていられるんだ? 一人で歩いて、食って生きるなんざ……考えられん、普通なら死んじまうだろ、面白いヤツだな!」
声がでかい。髭がゴワゴワだ。
街一番の冒険者ギルド『大軍勢』のギルドマスターは開口一番、驚いた様子で目を丸くした。大男で顔中傷痕だらけ。白髪頭だが歴戦の猛者といった感じはいかにもギルマスらしい。
しかし。
一人で来ただけでこの言われよう。俺を見て驚く反応は、お腹いっぱい。いちいち付き合っていられない。
「金がなくて空腹なんだ。すまないが何か仕事を紹介してもらえないか」
面倒だが世渡りスキルで、謙虚にお願いするという姿勢でいこう。
周囲は何組もの冒険者パーティが、俺とギルマスのやりとりを固唾を飲んで見守っている。
肩を組み、腕を組み、肩車し、それぞれ全員が最低でも「二人一組」になっている。
一時たりとも離れれば死ぬからだ。
戦闘中、互いが離れて生きていられる距離と時間は数メートル、数秒がいいところだ。
ツーマンセル。
相棒、バディ。
これなくしては生きられない。
男同士女同士ならそれでもいい。
最高に強い『絆』の縛りは、恋人や夫婦という関係になってから。そうすると数メートルが十メートルに、数秒が十数秒になる。故に『絆』の強さこそが、二人を強くする。これは戦闘時の大きなアドバンテージ。
ここまでは、世界の常識だ。
そんで、俺だ。
一人でいい。
完結。
べつに相棒もパートナーもいらない。
ぼっちで生きられる強靭な精神力、ある意味この世界では最強かもしれない。
「ふーむ? ひとりでクエストをこなす気か?」
「あぁ、そのつもりだ。ここまで来る途中もゴブリンの群れを一人で倒してきた」
ざわっ……とギルド内に驚きと困惑の空気が広がった。
「嘘じゃない」
「本当みたい」
「……ほぅ?」
ギルマスの眼光が鋭くなる。
ギルマスのバインドの両脇には、美少年がふたり。青い髪と緑の髪。部下なのか子供なのか、愛人なのか……興味もないが、ベッタリひっついている。二人は双子だろうかそっくりだ。さっきの受付といい双子はどこでも別格に扱われる。生まれ落ちたときから神の祝福を受けた尊き存在として特別扱いされる。
「だから魔物討伐のクエストを紹介してほしい」
まぁ話を続けよう。
「一人でいるけど、悪い人ではない」
「一人でいるから、良い人でもない」
二人は俺を値踏みするようにジロジロ眺め、禅問答みたいなことを言っている。
「そりゃどうも」
「こいつらはポリプとサンゴって『人見知るスキル』の鑑定眼もちでな。判定によりゃぁお前さんはめっぽう強いのは確かだが、毒にも薬にもならねえ流れ者……ってワケか」
「一人でいるから、弱い?」
「一人でいるって、強い?」
二人は占い師か参謀役か。ステータスの透視か、何を視ているのだろう? まぁ説明が省けて助かるが。
「面白いヤツだが……。災いを持ちこまれるのは勘弁だぜ。ギルドにとって妙なヤツを雇うなんざ得にもならねぇからな。だが……そうだな。ひとつ仕事をこなしてもらおうか? それで判断させてもらう」
「それでいい」
なるほど試用期間ってわけか。
「俺たちのギルドに名を連ねる資格があるか、試してやるぜソロ・ルーキー」
「ソロ・ルーキー?」
「一人新人野郎って意味だ」
「ユイガって名前があるんだが」
するとギルマスは大笑いした。
「名を呼んでくれる片割れ、相棒が居ねぇヤツなんざ、社会的信用ゼロなんだよ。そもそも今までアンタ、どこでどうやって生きて、ここまでやってきたんだ?」
もっともな話だ。
この世界では赤ん坊から幼少期もふくめ、常に誰かと過ごさねばならない。
「じつは記憶が無いんだ。おそらく冒険の途中で死んだと思われて、相棒に捨てれらたのかもな」
適当な作り話だが、全部嘘というわけでもない。
「ふぅむ……? 相当なワケありだな」
ギルマスが腕組みをしながらヒゲを撫でる。
「うそでもない」
「本当でもない」
くそ余計なことを言うな。
「クエストをこなせば報酬はもらえるのか?」
「あぁ、もちろん平等だぜソロ・ルーキー。名前を書きな。成功報酬は金貨3枚」
なんとか話はまとまりそうだ。最初に受付にいた亜人の受付嬢ふたりが戻ってきた。
紙を出されたのでペンを走らせる。
ユイガ・ドクソン。
今まで書いたこともなかったセカンドネーム、ドクソンまで書き入れる。
誰だドクソンって。
女神の言う補完した魂の名だったか?
左手の手の甲に魔法の掌紋が浮かび上がり、ギルド登録されたらしい。
「クエストは何を?」
「人探しみたいなもんさ、ソロ・ルーキー」
「……?」
「言っとくが、他のギルドをあたっても無駄だぜ。他はもっと塩対応されちまうだろうさ。なんたって俺はよ、こう見えても国中をめぐり様々なものを見て、知って、感じて来たから寛大なんだ。尊敬し、大いに感謝しな」
バチンと片目をつぶるギルマス。
口は悪いがそんなに嫌なヤツでもなさそうだ。確かに寛大かもしれない。
「感謝する」
俺はギルマスと握手を交わす。
「気に入ったぜ、ソロ・ルーキー。だがな、一人歩きは感心せんぞ? ウロつくだけでこの国じゃ目立ちすぎる。行く先々でトラブルだ。物も売ってもらえねぇ。ちがうか?」
「……確かに」
正直、ちょっと困っている。
予想はしていたが、町の人々の反応はかなり冷たいものだった。
「後ろを見てみな。幾多の冒険で修羅場を潜ってきたウチのメンツの顔をよ。Sランクパーティの連中でさえドン引きだ。死者か亡霊でも歩いてるんじゃねぇかって、疑いの目で見ていやがる」
振り返るとたしかに珍獣を見る好奇心か、死者でも見る怯えの色が浮かんでいる。
「困るな。さすがに買い物ぐらいはしたい」
「あぁ、そこでだ。問題をおこすまえに、俺がおまえにぴったりの相棒を紹介してやる」
相棒?
ずいぶん親切だな。
なにか怪しい。
「いや、結構だ。頼んでいない」
面倒だ。
そういうのはいらない。
「そういわずに、可哀想な魔女なんだ『相棒ごっこ』につきあってやってくれ。よーし納骨堂からヴェントゥリを引っ張り出してこい!」
適当なパーティにギルマスが叫んだ。
相棒ごっこ?
納骨堂?
面倒ごとの予感しかしないんだが……。
「ソロ・ルーキー、お前さんはそこでエール酒でも、飲んで待ってな」
◇
ギルドの食堂で食事をし、エール酒を一人で飲んでいるとしばらくして四人パーティに両腕を抱えられて、ズルズると魔女がひとり引きずられてきた。
「ほら、キリキリ歩けよ、臭ぇな」
「ったく、死臭がしみついてやがるぜ」
「あぁ……うぅ……」
長く伸び放題の黒髪、顔半分もバサバサした長い前髪で隠れている。紫色の法衣と、薄汚れた桃色のワンピース。胸にしっかりと干からびたぬいぐるみ? 人形のようなものを抱えて放そうとしない。
どうみても魔女というより、死霊使いネクロマンサーだ。
見た目からして墓場から亡者でもつれてきたのかと思った。
「すまん俺は用事を思い出し……」
「まぁまぁ」
席から腰を浮かすと、いつの間にか背後にギルマスがいて両肩を物凄い力で押さえつけられた。
「放せ」
「まぁ聞けよソロ・ルーキー。彼女はヴェントゥリって魔女だ。有能な魔女さ。だか一ヶ月前ちょっと相棒が死んじまってな……。喪に服したまま相棒の死を受け入れられずにいる。新しい絆を結ぼうともせず、相棒が生き返るって信じ続け、亡骸がミイラになっても寄り添ったまま今日に至る……。あぁとても情の深ぇ女でな。優良物件でオススメだぜ?」
「……あ……ぁ……?」
虚ろなギョロ目、青白い顔色。
そして抱えているのは干からびた人形じゃない。生き物のミイラだ!
ヤバすぎる。
何が優良物件だ、見るからにイカレた女だ。
「遠慮す……」
「そういうな。イカレたおまえにピッタリだぜ」
「くそ、痛いな」
<つづく>




