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恐怖、ひとりのユイガ

『キシャァ……!』

『ゴブァ!』

 襲ってきた小鬼(ゴブリン)の群れに対し、ユイガはスキル『キズナブレイク』を発動。赤い糸のような『(キズナ)』を断ち切った。

「はっ、と」


『ヒギッ!? ……ィイ?』

 魔物どもは次々と倒れ、ビクビク痙攣して息絶えてゆく。それは「孤独」という状態異常によって寂しさの極限に叩き落とされ、ショック状態からの心肺停止による即死だった。

『ァアアア!?』

 五匹のうち四ひきは即死、残ったリーダー格らしきゴブリンは一匹だけ残された恐怖からか、自ら近くの岩に頭をぶつけ自死してしまった。


「……楽勝過ぎて怖い」

 魔物に申し訳ないというか、後味はあまり良くない。


「女神プロファールの加護……か」

 ヤバすぎる。

 ユイガは女神に畏怖を感じつつ、力を与えてくれたことには感謝する。


 ――フフ、その調子。生を謳歌するのよ、ユイガ。そして私を(あが)(たてまつ)るの。


 次元の彼方で女神がほくそ笑む。

 人間の尊敬や祈りこそが、女神たちの糧であり存在のためのエネルギー源だった。高次元情報生命体である神や女神は、下層次元で暮らす人間が産み出すマイナスのエントロピー、すなわち「祈り」のエネルギーを糧としている。


「小銭も貯まったし、町で装備を整えたいな」

 食料、水、衣服やらアメニティ。もちろん武器や防具も心もとない。

 生きるにはお金が必要だ。

 野良の魔物を適当に倒していれば小銭は稼げる。だが、もうすこし大きな稼ぎがないと生活していく上では不安がある。

 元・第三王子のユイガだが、望まれぬ子であり王宮でぬくぬく暮らしていたわけではなかった。

 普段から下級騎士や兵士たちに混じり、共に食事し、国境守備遠征などにも同行していた。だから金銭感覚や社会常識はふつうに身に付けている。


 ユイガは魔物が消えドロップされた銀貨や銅貨をあつめ、再び歩き出した。

 目指すは近くの町だ。


 冒険者として生計を立てるなら宿暮らしになるだろう。それとて金がかかる。

 しかし以前、旅の傭兵に聞いたことがある。

 彼らは宿代を節約するために馬車で「車中泊」をするのだということを。

 野宿よりはマシで、屋根も寝床も生活用品一式も持って馬を牽いて移動する。

 うーん、いい考えだ。


 太陽は天頂に差し掛かっていた。

 これからのことを考えながらの行程は、足取りも軽い。

 考えはじめるとワクワクする。

 楽しい。


 王宮で常に誰かと常に一緒で、自由の無かった生活とは違う。

 何処に行こうが、何をしようが構わない。

 勝手に結ばれた「キズナ」による従者や騎士もいたが、正直じゃまなだけだった。


 しかしユイガはひとりきり。

 気ままに生きていける。


 孤独?

 そんなものは感じない。

 ぼっちスキルレベル999による加護か、あるいは天性の才能なのかもしれないが、ひとりでいることになんの不安も迷いもない。

 あぁ清々しい。

 これが自由か!

「はは、ははは!」


 青い空を見上げユイガはひとり大笑いした。


 そして小一時間ほど後、ようやく町へ着いた。


「冒険者の町、パーリィピか」


 ムレルンド王国王都シュダーンを取り囲むように郊外にはいくつかの町や村がある。交易が盛んな商業の町ヴァイニーン、鍛冶の町メタルスミス、魔法工芸が盛んなクラフティア、農業生産が盛んなユタカノゥド。

 そして冒険者ギルドの町パーリィピ。

 魔物を退治する冒険者が仕事を探しにくる町。冒険者とは数人でパーティを組み、魔物を駆除するだけではない。広大な大陸の未踏の地、森や荒れ地を探索、人類の生存圏をひろげるための開拓者でもある。


 だが。

 町にはいるなり様子がおかしい。


「……ひっ!?」

「えっ?」

「嘘だろ……」


 ざわっ……と人々がユイガを見て避ける。


 歩いている町の人々が、ユイガを見てギョッとして道をあけた。人々は遠巻きに眺め、ヒソヒソと何か話す。姿を見るなり慌てて子供を家にひっぱりいれてドアを閉める人もいた。


「……俺、何かしたかな?」

 確かにムレルンド王国の元第三王子ではあったが、そもそも公式行事になど出席させてもらっていない。衛兵や傭兵のほうが顔を知っているだろう。だからこんな周辺の町の人は顔などしらぬはず。


「ねぇママ! あのお兄さん、どうして一人で歩いてるのー!?」

「しーっ! こらっ!」

 三歳ぐらいの女の子がユイガを指差して叫ぶと、母親が慌てて娘を小脇にかかえ逃げていった。


「あ……」

 そういうことか。

 あまりにも浮かれていた。

 気がつかなかった。

 自分はいま明らかに異質なのだ。


 町でひとりで歩いている人間など皆無。


 男も女も、子供も親子も、誰も彼も。

 必ず最低二人一組で歩いている。

 男同士、男女のペア、女同士。

 子供たち。犬も猫もかならず別の誰かと寄り添ってあるいている。手をつなぎ、あるいは肩を組み、腕を絡ませ。

 人々は必ず誰かと一緒なのだ。


 常に誰かと行動する。群れる。食事もトイレも入浴さえも寝るときも。

 離れてはいけない。

 離れてひとりになれば死ぬ。

 それがムレルンド王国における数百年前からの「常識」であり日常だった。


 たった一人で道の真ん中を堂々と歩くなど、誰も想像することさえない。

 一人で歩いていたユイガはあまりにも異質で異常な存在と見られていた。


「きゃあっ!?」

「嘘でしょ!? あの人……」


「ひっ、ひとりだ!」

「ひとりで歩いてるぞ!?」


「ヤバイぞ、アイツ……」

「目を合わせるな! 魂を奪われる!」


 人間がひとりになるのは死んだときだけ。

 死者だけが棺桶にひとり入り、土に還る。


 驚かれるのも無理はない。つまりユイガはいま死者と同じに見られているのだから。

 住民たちの驚きはさておき、買い物はさせてもらえるだろうか?


「すみません、このパンをください」

「あっ……ヒッ!? あっ……はっ!」

 屋台で焼き立てパンを売っていた店主が青ざめ、尻餅をついた。目を白黒させて心臓を押さえて口をパクつかせている。慌てて奥さんらしき人が店主に抱きついて、

「お願いですから、他所へ……!」


「……すまない」


 ユイガは諦めて他をあたることにした。

 何処の店もひとりきりのユイガが近づくと、周辺にいた客は蜘蛛の子を散らすように逃げ、店主は青ざめ、中には怒りだすものもいた。


「やれやれ」


 これは少々困った。

 自分はひとりでも構わないが、町で買い物をしたりするには最低でも誰かがいないと怪しまれる。

 というか衛兵が向こうからすっ飛んでくるのが見えた。

 面倒だ。

 さっさと冒険者ギルドに入ってしまおう。

 ユイガは路地裏に駆け込んで、冒険者ギルドを目指した。

 一番大きな冒険者ギルドの場所は、町の入り口に示してあった。


 冒険者ギルド『大軍勢』か。

 とことん集団行動が好きそうだ。


「仕方ない」

 町の人々の目を気にしつつ、さっとギルドの入り口を潜る。


「……えっ!?」

「ちょっ!?」

「嘘だろ!」


 入口付近にいた三人組のパーティが変な声をあげたのを皮切りに、酒場を兼ねているサロン、受け付けカウンターまで、驚愕の声が広がってゆく。


「アイツ、ひとりきりなのか……!」

「信じられん、一人で歩いてやがる!」

 屈強な戦士二人組が肩を組んで密着したまま顔をひきつらせる。


「生きていられるなんて、ありえないわ!」

「し、死者が歩いてるってのか!?」

 魔女と魔法使いのカップルが飲み物の器を床におとした。


 ユイガは受け付けカウンターで石のように固まって動かない双子のような亜人の受付嬢に声をかけた。

「驚かせてすみません。一人でできるクエスト……あります?」


「あっ……あっ……あの、え、えぇええ!?」

「ギルマス、ギルマス呼んでこよう!」

「まって、あたしも一緒にいく!」

 二人は転がるように奥のほうへと去っていった。


 なんだか面倒なことになりそうだなぁ。

 ユイガはため息を吐いた。


<つづく>



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― 新着の感想 ―
[良い点] 二人一組が常態のムレルンド王国では、元第三王子の奇行は忌避されるものらしい。女神プロファールは世界を変革する心算だったのか……。 ユイガの冒険は始まったばかりですが、先が思いやられますね。…
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