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邪竜の呪い(後)


 翌日。私は兵舎で、とある人物を羅列(られつ)した紙をエリカに渡した。


「というわけで、 20日目までに彼らを倒す事を一先ずの目標にしよう」


 私は兵舎で、とあるリストをエリカに渡した。


 一人目、国家認定冒険者『雷電のザイン』。二人目、コスタス家当主『ベン・コスタス』。三人目、炎の盗賊『シェンヴァン』。四人目、狩人『アイザック・ドゥーエン』。五人目、傭兵『戦斧のヴォルケーン』。


 エリカは紙をまじまじと読んで、沈黙する。しんと兵舎が静まり返る中、暫くして、目をまんまるにし、全身の毛を逆立てて大声をあげた。


「えーーーーーーっ‼︎」


 彼女を応援している周りの兵たちも、その紙を覗き見て、同様に驚いている。


「こっ、これって……!」


(こも)って訓練だけしてても、本番で動けなきゃ意味がない。少しでも実戦を積まないとな」


「どっ、どっ! どっ、どれも名うての実力者ですが……! だって、この人もこの人もこの人もすっっっごく有名……!」


「有名なだけだ。問題ないよ」


 次いで、エリカ・フォルダン専用の訓練メニューを共有する。一時期、私がやっていたものを基準にしているから、努力が空振りになるという心配はない。


 まず5時に起床。走り込みを開始する。全力で短距離を走って脚力を鍛えるのと、長距離を暫く走って体力を伸ばす。その後は柔軟運動。


 7時からは軍の職務があるから、一旦解散する。


 夕方5時になったら合流。まずは私と打ち合いをして体を温めて、夜7時からは筋力を鍛えるための鍛錬を幾つか行う。


「朝の走り込みは重りを(かつ)いでくれ」


 私は鉛玉がふんだんに入った麻袋を渡す。およそ、30(ポンド)程度ある。


「こ、これをですか?」


 体力は一番大切だ。途中で脚が止まることは、死を意味するから。


「打ち合いというのは……?」


「私と一対一で、とにかく戦う」


 エリカは戦いの経験がとにかく不足している。


 敵と対峙したとき、一撃でも貰えば、死ぬ。相手から目を逸らせば、死ぬ。逃げ腰になれば、死ぬ。がむしゃらになれば、死ぬ。あらゆる行動が死に直結する、その危機感が足りない。こればかりは何度も場数を踏まなくては、感覚を掴むのが難しい。


 まずは私とやり合ってその感覚を掴んでもらい、後に、先ほどの紙の名うて共で確かなものにして貰いたいという意図がある。


「筋力を鍛える訓練というのは……」


「基礎だよ。腹筋3000回、雲梯(うんてい)400往復。崖の登攀(とうはん)5回……、とかだったかな……」


 まだ詳しくは決まってないけれど、私がやってたものをやれば良いと思う。ちゃんと計算して組んでた訓練だったから。でもまあ、この辺は筋肉の疲労を見ながら決めていきたいかな。


「……」


 エリカはポカンとしている。


「もっと増やすか?」


 エリカはそーっと手を伸ばして、私の服の(すそ)を少しばかり(まく)り上げた。


「……気づかなかった。腹筋、こんなにバキバキなんですね」


 腹筋は大切だ。内臓へダメージが入ると、動けなくなる。


「この入墨(いれずみ)は……? なんだか、不思議な……。見た事ない文字と、模様……。私の印のようなものですか……?」


「ただの入墨だよ」


 私の体には背中から胸、腹、太腿(ふともも)にかけて大層な入墨がある。神が書いたとされる本『原典』に基づく、様々な印と呪文が組み合わさっているものだ。


「実はワルなんですか……?」


「ええい、恥ずかしい。人の肌をまじまじ見るな。良いからやるぞ、エリカ」


 貧民街の出だからそれは否定しないが、この聖痕(せいこん)は私に限らず聖女候補全員に入っている。あまり気に入ってはないけど、まあ、エリカの印よりは何倍もマシだろう。


■■


 エリカが軍の仕事をしている間、私は食事を準備する。強くなるには食も重要だ。


 とりあえず、近くの山で狩りをする事にした。が、山に入ろうとして、人に止められる。どうやら、この辺には大猪が出て大変危険らしい。この節に入って、猟師が一人襲われて死んだそうだ。


 猪は良い。蛋白源(たんぱくげん)が多いし、何より不味くないのが良い。


「邪魔するよ」


 山中、堂々と縄張りに入り、注目してもらうが……。いや、凄いな。13(フィート)(4メートル)はあるんじゃないか? もはや魔物だな。


『ブヒィィィイイッ‼︎』


 猪が一直線に向かってくる。人間を見て躊躇しないどころか(いさ)んでいるから、人を殺すのに慣れているようだ。とりあえず、猪の鼻と口から、茸を生やした。息ができなくなり、猪は死ぬ。


 倒れた猪の体を解体し、菌をまぶす。乳酸菌だ。これによって雑菌の増殖を防ぎつつ、急速に発酵させる。


 大量の肉を何回かに分けて居城に戻り、それから調理場を借りる。鍋に火をかけ、鶏卵をたっぷりと、大豆、いくつかの薬草(ハーブ)()や発酵肉を炒める。筋繊維を効率よく回復できる飯にするつもりだ。


「ふんふん♪」


 割と料理は好きな方なので、苦ではない。


 昼、兵舎に飯を届けた。


「えっ⁉︎ ご、ご飯まで⁉︎」


「残さず食えよ」


 帰る。夜食の準備もせねばならない。忙しい。


「し、しかも。美味しい……!」


■■


 夜、エリカは全ての鍛錬を終えた。しかも時間を巻いて。


「ゼェゼェ……、ゼェ……! これを、毎日……、ですか……?」


 その上、喋る余裕があるとは大したものだ。恐れ入った。明日はもう少し鍛錬を厳しくしてみようと思う。


「ところで……、寒いのは得意か? 私は苦手なんだけど」


「は、はい?」


 居城(パレス)で蒸風呂を借りて、そこで服を脱がせ、石灰(せっかい)で描いた魔法陣の中央にエリカを立たせる。陣の中は氷点下(マイナス)10度だ。


「い、いいいい、いい、いつまでこの中にいれば良いんですか?」


「しばらく」


 目的は回復力・成長力の底上げだ。体を思いっきり冷やすことで血管を収縮させる。冷え切ったところで陣の外に出して、蒸風呂で温める。すると、通常より血管が広がり、血のめぐる速さが増す。血が栄養を良く運び、筋繊維の回復力を高めるのだ。


「強くなるって、険しいんですね」


 魔法陣から出てきたエリカにスープを渡すと、震えた手で受け取った。


「しんどいよな。分かるよ」


 受動喫煙で体力が下がるとよくないので、煙草は我慢する。


■■


 続けること幾日か経ち、その日は朝から乗馬場で打ち合いをしていた。


 私が木剣で突きを繰り出したのに合わせて、エリカが剣を振るう。その刃は私の眼前を横切り、前髪を払った。切れた紺の髪が、ふわりと風に乗って空に溶けていった。


「……よし、次のステップに進もう」


「え? でも、まだキャロルさんの体に一発も当てて……」


「これだけ出来れば、もう十分だ。サクッと雷電のザインを倒しに行こうか」


 エリカはもう、以前の没落貴族ではない。何度も打ちのめされ、立ち上がり、その中で戦い方を覚えた。剣を構えると、ゾクっとするような恐ろしい表情を見せるようにもなって来た。であれば、試し時だろう。


■■


 ──雷電のザイン。


 剣に雷を宿し、閃光の如く魔物を(ほふ)る戦士だ。常に女をはべらせ、良い気になっている調子乗りでもあると聞く。


 だが、実力は確かだ。婦女子を狙った殺人犯『内臓(もつ)巻きサンジェルマン』や、子供を(さら)う殺人鬼『死臭溜まりのワンマッド』を討ち取って、勲章(くんしょう)を得ている。言わば、英雄だった。


 ザインの動きはまさに電光石火で、並の実力では目で追うことができない。その上、雷の剣で触れられれば、こちらの肉がはじけ切れてしまう。


 過去に何人もの戦士が彼に挑戦をして、地位と女を奪おうとしたが、みな(ことごと)く失敗している。


 雷電のザインはウィンフィールドにある冒険者組合(ギルド)石窯会(いしがまかい)』に所属していた。


 昼前にその事務所を訪れ、受付の女性にザインを出せというと、すぐに出てきた。組合の来客室に入り浸って、女達と遊んでるという噂は本当だったようだ。


「はあ〜。よくいるんだよな、自分の力を勘違いしちゃってるやつ。俺を倒して、名をあげたいんだろ?」


 出てきて早々、受付の女性に肩を回してスキンシップを取る。女性も頬を赤らめて、満更(まんざら)でもなさそうである。


「で、その挑戦者は誰だい?」


 エリカは小さく手を上げた。


「わ、私です」


「えっ? こんなに可愛い子が⁉︎ 罰ゲームなのか〜?」


 ザインはニヤニヤと生臭い笑みを浮かべている。


「まあ、イイぜ。君が負けたら、今晩オレと過ごす事。それが条件だ」


 ザインはブラウンの髪をかきあげ、鈍い輝きを振りまいた。本の中の伊達男といった仕草だ。身につける鎧も、金銀装飾が激しく、空々しい。


 こうして話している内に、事務所の女の子たちや冒険者がわらわらと広間に集まって来ていて、みな、まだ始まってもいないのにザインの応援をし始めている。早く彼の活躍が見たいようだ。


「観客が多いな。場を移したほうがいいんじゃないか?」


「問題ない。オレは周りに迷惑をかけず戦うのが得意なのさ。次は君とも戦おう。逃げられないよ」


 忠告のつもりだったんだがな。


「キャロルさん、私に倒せるのでしょうか……」


「効果測定だ。気楽に行こう」


 ここでもし駄目だったら、また訓練メニューを考える。もし成功したなら、自信を持って己を極める。それだけの話だ。(プレッシャー)を感じることは何もない。負けたら一晩過ごすというのは……、まあ、私が代わろう。遊んでやっても良い。


「さっ。合図を頼むぜ、子猫ちゃんたち」


「「「頑張れ〜っ、ザインさ〜んっ‼︎」」」


 随分と黄色い(ゴング)が試合開始を告げた。


「《雷鳴よ轟けッ! 我が剣に宿し精霊の──」


 ザインが剣を構え、詠唱を始める。その瞬間、エリカが地を蹴って間合いを詰めた。目は、獲物を仕留める野犬だ。


「な……ッ⁉︎」


 黒い剣と黄金の剣がぶつかる。鍔迫り合いが始まった。しかし、ザインが何かに気がつき、すぐに間合いを取った。その間、およそ10秒。もう勝負はついたようだ。ザインは膝をつき、剣を落とす。


「ひ、卑怯な……ッ‼︎ 騎士の戦いを知らねぇのか⁉︎」


 鍔迫り合いの一瞬、エリカの指はザインの指を絡めとり、右手の指を全て砕いた。そして、ヤツはもう逃げ腰になっている。勝負ありだ。


「……クソ女ッ‼︎ オレを誰だと思ってやがるッ‼︎」


 ザインが睨み、左の拳を握る。まだやれる、と主張しているのだろう。


 エリカがザインを見下ろし、言う。


「──ここで腕を切り落とされるか、『参った』と言うか、選べ」


 よし。そうだ。冷たく突き放せ。相手の心を徹底的に折れ。出来るなら言葉で勝利を得るのが一番理想だ。この勘違い野郎に教えてやると良い。戦闘というのは、どれだけリスクを無くし、その上で圧倒的優位に立てるかどうかを競うものだと。相手を目の前に詠唱から入るなんて舐め過ぎている。


「ま、参った……」


 いつの間にやら、周りの女の子たちは静まり返ってしまった。軽く励ましてやった方が良いかもしれない。


「獲物を前に舌なめずりは、自分がいかに単細胞であるかを相手に教えるようなものだ。作戦が組み立てやすくなる。次からは、嘘でも利口なふりをしなきゃならんよ」


 そう言うとザインは目に涙を溜めて鼻を啜り始めた。何もベソをかくことも無いだろうに。王都を震撼させた二人の犯罪者を討ち取った実力は本物なのだから。だが、馬鹿だった。それだけの話だ。


「あっけなかったですけど、(はかり)になりましたか……?」


「どうかな。次に行こう」

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