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邪竜の呪い(前)

 

 この街は朝霧が濃い。雲の中にいるようだ。太陽も見えず、天だけが白く明るい。湿った風が吹いて芝がそよぎ、(つゆ)が浮いて真珠(パール)の輝きを放った。


「もう剣が握れるのか?」


 私は街から離れた場所にある乗馬場へ行き、そこで1人練習に励むエリカ・フォルダンに声をかけた。今は全く使われていないのだろう、足元、芝が伸びすぎていて膝上まである。


「キャロルさん……! 戻ってきてくれたんですね!」


 エリカは私の姿を見るなり、走り寄って来た。まるで尻尾を振りながらまとわりつく子犬のようだ。


「稽古をつけるよう言われたんだ」


「えっ⁉︎」


 エリカはぱっと満面の笑みを作った。それも、こんなに嬉しそうな顔ができるのかと思ってしまうほどの。私はそれが妙に恥ずかしくなって、目を逸らしてしまった。こういう系統の子とはあまり関わってこなかったから、全く慣れない。


 私はどうしようもなくなって、照れ臭さを隠すように、愛想なく言う。いや、まあ、もともと愛想は持ち合わせていないけれど。


「あー……、よし。時間が惜しい。早速やろう」


「やるって、何を……」


「試合だよ」


■■


 まずは現状の彼女の力を知っておく必要がある。兵舎から拝借して来た木剣を使って、実際に打ち合う事にしたのだ。


「キャロルさんは剣も扱えるんですか……?」


 そう言えば、彼女の前では剣は扱わなかったか。


「剣は戦闘の基本だ。これがまともに出来なきゃ、話にならんよ」


「凄い……! カッコいい……!」


 エリカは赤い瞳をジャムの瓶のように輝かせながら、いちいち前のめりになって私を見つめる。その度に私は、あまりそれを見ないように、目を閉じて頭を掻く。全くもって非常にやりづらい……。


「エリカは真剣で構わないよ」


「えっ?」


「……()()でも木剣を使うのか? ずいぶん優しいことだな」


 二人、距離を取って立つ。私は天に向かって石を放った。地に落ちた時が、開始の合図。


「てやぁーーッ‼︎」


 エリカは鈍く輝く黒い剣を構え、真正面から向かってくる。瞬発力、隙の潰し方、共に悪くない。だが、いささか正々堂々が過ぎるのが欠点か。


 私は土を蹴り上げ、エリカの顔面にぶつけてやった。芝のよく生えた土だ。水分量が多い。重くて、痛いだろう。


「ぶあッ⁉︎」


 怯んだ隙に、木剣で手首を叩き、黒い剣を落とす。そして首筋に切先を突きつけた。


■■


 話を聞くに、エリカは夜が明ける頃から剣を振っていたそうなので、休憩を挟むことにした。


 乗馬場を後にし、街まで出る。その目抜通りから小さな路地に入った場所にある酒場に入った。店内は、既に瘴気に飲まれて消滅した異国の装飾に彩られている。


 エリカは酢に漬けた羊肉に葡萄(ぶどう)のソースをかけたものを。私はポタージュとライ麦パンを頼んだ


「猛省しました。私が甘かったです」


決闘(デュエル)風の戦い方は忘れた方が良い。貴族としての価値が上がるのは、よく分かるけども」


 エリカ・フォルダンはいわゆる没落貴族だ。かつてフォルダン家はウィンフィールドのサンベリー男爵として、プラン=プライズ辺境伯領を代表する貴族の一つだった。だが、エリカを残し他のフォルダン家の人間はみな死んだ。まだ彼女が10歳の頃の話だ。


「──竜は強いぞ、エリカ・フォルダン」


「……ははは。やっぱり、知ってらっしゃったんですね」


 そして、その身に刻まれる『邪竜の印』が消えない限り、エリカも近い内に死ぬ。


■■


 フォルダン家は古くから畜産の発展に寄与していた事でこの地域では有名だった。市民を団結させ、指揮し、森を切り拓いて牧場を開拓したり、畜産物の加工なども研究させていたと聞く。


 しかし瘴気の壁が迫る影響で、魔物の数が極端に増え、領内の家畜が襲われるようになった。


 特に厄介なのが邪竜(じゃりゅう)ヨナスだった。邪竜は遊びで牛や山羊(やぎ)を殺し、その血肉を振り撒いた。竜の魔力を宿した血は硬質化し、結晶のような棘となった。(とげ)は地に食い込み、毒を振り撒く。それで人が近づけなくなって、土地を奪われた者も多かった。


 事態を重く見たフォルダン家は冒険者たちを雇い、邪竜を殺すことにした。


 冒険者とは(ほまれ)であるとか、金や土地などの利益の為に危険な依頼を受ける者たちの事を言う。いわゆる萬屋(よろずや)だった。彼らは小さな(ごう)を持つ傭兵とは違って、それだけを生業(なりわい)にしている者ばかりではない。もちろん冒険者だけで食べている人間もいるが、街に住んで商人をやっていたり、流れ者として旅をしていたりなど身分は様々だった。


 フォルダン家は、その中でも数々の武勲を立てた冒険者に大金を与えて雇った。だが、それ以上に邪竜は強力だった。


 邪竜を倒しに行った冒険者たちは負け、死に、呪具(じゅぐ)となった。そして死戦を潜り抜けた邪竜ヨナスは、彼らを呪いに用いてフォルダン家に復讐をしたのだった。


■■


 昨日、私は辺境伯から邪竜の呪いについて聞かされた。


「ワシが調べたところによると、邪竜の呪いはこれに似ておる」


 辺境伯はメモ書きだらけの分厚い本をめくり、ずり下がっていた老眼鏡を押し上げ、続ける。


「過去に若い竜殺しが受けたという《216の闇を宿した時、命を刈り取る》という呪いだ」


「闇、というと新月が216回か」


 となると、つまり、18年の歳月だ。


「彼女以外は、すぐに血を吹き出して死んだ。18歳を過ぎれば呪い殺されるというものだろう」


 竜は大概の種が少女性愛者(変態ロリコン野郎)なので、18歳という設定も頷ける。18歳以上は価値がないから、死んでいいのだ。


「エリカ・フォルダンは雷鳴(らいめい)の節に18を迎える。もう時間が無いのだよ」


 竜は強い。数ある魔物の中でも、群を抜いて強い。恐れ知らずで残虐で、狡賢(ずるがしこ)獰猛(どうもう)だ。人の言葉と感情を理解し、(あざむき)き、喰らう。


 かつて竜を殺すことを生業にした『竜殺し』なる者たちもいた。彼らは、冒険者や傭兵とは一線を画した誉高い戦士だった。


 だが竜殺しは途絶えた。

 今はもう、いない。

 瘴気で狭まる世界で、災厄に立ち向かう事が美徳でもなくなったからだ。

 世界はゆるやかに、破滅を受け入れつつある。


■■


 食事を終えて領主の居城(パレス)であるウィンフィールド城、その兵舎に入る。そこで私はエリカの胸元にある邪竜の印を確認した。


 皮膚がヒビ割れて、紋様を作っている。奥に見える肉は赤く変色していて、仄かに光ってるようにも見える。まるで月とも杯とも取れるそのシンボルは、確かな熱を持っていて、触れると指先に妙な痺れを覚えた。


 呪いを解けないか挑戦してみようとするが、見た事のない術式のため、取っ掛かりがない。長く研究すれば多少は分かるのだろうが、時間はない。


 こうした場合一番簡単なのは、その術者を殺す事。


 が、触れてみた感じ、これは恐らく強い殺意による呪い。殺意は術者が死んでも残る。であれば、手段は一つ。この呪いを受けた者の手で、呪いを与えた者に敗北を認めさせ、生きる気力を(くじ)いて殺意を消し去り殺すこと。


「やはりエリカの手で邪竜を殺さないと、この呪いは解けない」


「はい、そう聞いています」


 幸い、エリカ・フォルダンは戦闘センスがありそうだ。体格の割には振りが力強いし、身のこなしも素早い。


 雷鳴の節まで、残り40日。その時までに邪竜をエリカ本人が屠る。私の見立てだと、最大限成長したエリカが最高の働きをして、成功確率は一割五分。だいたい6回戦って1回勝てる。


 ──悪くない。竜を相手と考えるなら、決して悪くない数字だ。時間切れになるまでに、確率を少しでも上げておきたい。

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