麤皮
アンジェフォード城外、東城壁の前。砂嵐の中、第四聖女隊は戦闘配備についている。
駱駝隊と騎兵隊を背に、陣頭は陸聖メリッサ。象隊は第1、第2、第3と3つに分けた。第1と第2は離れた後方にある丘の上へ。2列で配置し、前列を第1、後列を第2とした。
第3は駱駝隊のすぐ後ろへと配置した。象の両脇には魔道砲が2門取り付けられている。
1人の兵が、駱駝に乗る陸聖の前に跪く。
「城内部の状況、混乱の極み! 物見役とも連絡付かず!」
「大儀」
兵が下がって、その傍にいる爺が言う。
「いやはや。これほどの事になろうとは、想定しておりませんでしたな」
「なあに、好都合よ。こちらは手筈通りやれば万事良し」
メリッサは妖しげに唇だけで笑い、続ける。
「頃合いであろう。仕掛けるぞ」
そして右手を掲げた。一人の兵がそれを見て、声を上げる。
「象砲兵第一隊、魔道砲用意ッ!」
何人かの兵が、先端に火薬のついた松明を振り、後方の丘に陣する象隊に合図を出す。
丘の上、砂塵の闇の中、青白い光が星のように瞬き出した。1つ1つが凶兆のようにポウと光るこれは、魔導砲の砲門から漏れる光。
「定石通り、目標は天守ならびに居城。まずは頭を叩くべし」
メリッサが言う。兵が繰り返す。
「目標、天守ならびに居城! 最終点火ッ!」
兵が松明を持つ腕を水車のように大きく回す。丘の星々はさらに明るく瞬き始める。ブオンという虫の羽音のような不気味な音を鳴らし、砲門の熱に当てられて象達が吠える。
メリッサは手を振り下ろし、言う。
「撃てッ‼︎」
轟音。象の周囲、衝撃波で砂塵が晴れる。
10の青い光が放たれ、城壁を越えて居城へと向かっていく。3秒後、着弾。カッと凄まじい光が辺りを照らし、夜を昼にした。
じわりと闇が戻って来る中、ガンという耳を劈く程の衝撃音と、遅れて地響きがあった。
着弾地点、赤い爆炎がバチバチと音を立てて天へと登ってゆく。それは形を変え、赫赫とした茸雲となって、砂嵐の中を漂った。
メリッサと爺の後ろでその様子を見ていた四翼の1人、大弓の翁が呟く。
「威力が上がっておるわ。あな恐ろしや」
大槍の翁が言う。
「人も魔物も塵となって風になろうぞ」
続けて丘の上の象兵が前後入れ替わる。既に魔導砲の準備は出来ていた。メリッサが再び手を振り下ろす。
「第2隊、撃てッ‼︎」
轟音と共に放たれた青い光は、城壁内、無差別に着弾。曲輪の5箇所に爆炎が上がった。地響きと爆風で各所の建物が崩れていく。
「第3隊、用意ッ!」
兵の号令があって、駱駝隊の後ろ、盛り土の上にいる象隊、その砲門が青白く光り始める。
「目標、前方の城壁ッ! 射線確認、最終点火ッ!」
砲門はメリッサらの正面、東城壁に向けられている。
「──さて、皆々。歯を食いしばっておけ。舌を噛むぞ」
メリッサは上げていた手を振り下ろした。
「食い破れッ‼︎」
魔導砲、一斉発射。弾は城壁に直撃。大爆発が起き、城壁は木っ端微塵に吹き飛ぶ。前の2回の攻撃より威力の抑えられた弾であったが、それでも凄まじい爆発が起きた。爆音と爆風と熱で、よく訓練された駱駝も何頭か暴れ出す。
爺が大剣を掲げ、前方を示す。
「前へッ‼︎ 襲いかかる敵は全て討ち取れ! 戦意無き者は放ってよし!」
「待て、爺」
だがその爺の号令を、メリッサが止める。その声色には緊迫の色が滲んでいた。
「……何か来る」
土煙と砂塵の奥、無数の影が迫っている。人の影ではない。魔物の影でもない。何か巨大な、のっぺりとした四角い影だ。
横殴りの炎の雨の中、迫りくる無機質な群れ。それらは巨大な木製の壁であった。
壁は大車輪を持つ車台に乗っており、人に押されながら近寄ってくる。その数、20機。率いているのは、馬に乗った赤髪の男。
「ライナス・レッドグレイヴ。貴様、入城していたか」
メリッサが呟いた瞬間、壁に開いた幾つかの穴から火花が散った。銃弾が発射されたのだ。壁の裏にそれぞれ5人の兵が銃を構えていたので、即ち、それは百人規模の一斉射撃である。
銃撃を受け、駱駝兵が何体も倒れる。凡そ全軍の半数に深刻な打撃。弾はメリッサの頬にも掠めた。
大弓の翁が目を丸くして言う。
「馬鹿な、填壕車! それも、二十機とは信じられぬ……ッ!」
填壕車とは城攻めの際、壕を埋めるのに用いられる巨大兵器である。壁の後ろに土嚢を隠し、壕のそばまで行って、兵どもの足掛かりを作るのが本来の役割。だが、ライナスはその兵器を攻撃に転用していた。
大杖の翁は怒りを露わにして怒鳴った。
「ええいッ! 一体、物見は何を見ていたというのか! 城内に斯様な兵器があるとは聞いておらぬぞッ!」
大槍の翁が震えた声で呟く。
「そもそもこれだけの兵をどこから。ライナスの部隊は未だに動きを見せていないはず!」
20の填壕車のうち、5つが壁を前に倒した。現れたのは、大砲。速やかに兵が松明で点火、砲撃開始。
放たれた砲弾の一つが魔導砲に直撃。爆発。他の魔導砲に誘爆し、ドンと鼓膜を叩き破るような音と共に大爆発を起こして、盛り土の上の第三象隊は完全に壊滅。炎と塵が土石流のように迫って、メリッサらの背を押した。
炎の中、爺は感慨深そうに言う。
「これはしたり。兵器の正体は獅子候に届けた祝いの品であろう。先入りして組み立てたと見受けた。ははは、策士め。やりおるのお」
ライナスは呪文を言って、銀の杖を掲げた。すると背後の填壕車は砂を纏い始め、岩の壁となる。銃撃の為の穴は埋まれど防御力を増し、直ちに反撃を始めた僅かな駱駝兵の銃撃も、魔法を使う兵の攻撃も、見事に防いだ。
填壕車の兵は壁に隠れながら引き続き射撃を繰り返す。弾が無くなった者から、壁の後ろに繋いであった馬に乗り、大槍を持って突貫する。
「やはり噛みついて来たな、女狐め」
ライナスはつくづく思う。──フローレンスの言う通りに主人を信じて良かった。
この作戦は賭けであった。車を動かす兵がいなければ、いくら組み立ててそれを作ろうと、無用の長物。獅子侯に品をくれてやったに過ぎなくなる。
だが、ライナスはマール伯爵を信じた。我が主人ならば忠言を無視することなく、何某かの準備をするはずだと考えた。そして、伯爵はライナスを信じて兵を用意していた。
ならば、報いる。絶対に主人を死なせはしない。ライナスの決意は堅かった。
とは言え、陸聖の襲撃は予測していても獅子侯がここまでの行動をするとは思ってもみなかった。もし、この混乱の最中で陸聖が攻めて来たら、どうにもならない。たった数分前まで、そう思いながら手薄な東城壁に狙いを絞って備えていた。
しかし先程の竜の撃退を見て、幸運に感謝する。城内の味方に、それだけの実力者がいるのだ。どんな魔法を用いて竜を腐らせたのかは分からないし、それが冒険者の仕業なのかは何とも言えないが、とにかく胸のロザリオを握った。
これで己に課せられた役割は、1つに絞られた。竜を屠った実力者が活路を見出し、伯爵が城を脱出するその時まで、命を賭して陸聖をこの場に留めること。命を捧げるべき時が来た。
「──陸聖はここで金縛りにするッ!」
ライナスはメリッサを睨み、杖に掌を沿わせる。馬の足元、魔法陣が光の柱となって砂塵を貫く。強烈な光によって作られた杖と掌の影が、揺蕩いつつも確かな質量を持ちはじめ、赤黒い刃となる。魔法、闇の剣。
「いやぁ。姫、一本取られましたなぁ!」
爺の『笑うしかない』とでも言うような明るい声を聞いて、メリッサは腹を抱えて笑った。
「ハハハッ! 実に見事なり、ライナス・レッドグレイヴッ‼︎ ようも謀ってくれたなッ‼︎」
メリッサは駱駝から飛び降りる。
「爺、麤皮をこれへ!」
爺は藍の腕をメリッサに投げる。それを掴むや否やメリッサは麤皮を取り出し、腕を放る。
そして皮を、天を貫くように掲げる。左手で十字を切った後、指先までピンと伸ばして地面に平行、真横へ。脚は揃えて直立。天地人の構え。血の滴る麤皮が鋭い光を放ち、それは次第にメリッサを包む。
「天地人……。腐っても聖女か……ッ!」
天地人は正教会に伝わる体位の神髄、そして呼吸法。極めるのは聖女として特別な訓練を受けた者のみとされ、天と地と人とが混ざり合う感覚を掴めば、精神を安定させると共に魔力を極限まで高める。
砂塵の聖女の神々しさに、冷や汗がライナスの頬を伝った。対峙の敵、まるで宗教画の主題である。
「ライナス、忠義の番犬よ! 妾が直々に相手をしてやる。理不尽にも土地を奪わんとする悪人の首を狩って、存分に名を上げいッ‼︎」
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