大砂塵(前)
階段を駆け、一階中庭に上がる。そしてエリカは、吹き付ける熱風に顔を歪めた。
目に飛び込んで来たのは、眩いばかりの光。ごおと音を立てて城が燃えている。廊下の硝子窓も割れ、炎が生き物のように吹き出していた。緑溢れていた中庭も今や火の海である。
エリカの後を追って、女冒険者達が中庭に足を踏み入れる。次いで、人の気配に気がついたか、獣人たちが炎の中から現れ、剣を片手に向かって来た。
エリカは振り向いて言う。
「私が敵を引き寄せている内に、逃げてください!」
怪我人を背負う冒険者たちが頷き、火のない方向へ走って離脱。まだ回復しきらない女たちを安全な場所に連れて行く。
エリカは離脱した冒険者達が襲われないよう、指笛を吹いて獣人達を引き寄せる。そして軽やかな足取りで敵の攻撃を避け、バサバサと斬り倒していく。
月影のシャーロットはエリカを援護。彼女は兵から奪った剣を手に、回転しながら魔物を蹴散らす。剣は光の魔法で明るく光り、熱を帯びる。舞う度に、光の刃が敵の腕や首を飛ばす。
葦旗会の冒険者たちも魔物を屠りながらエリカについていく。殿はウォルターだった。
中庭から居城内に入り、マール伯爵やキャロルらがいるであろう大舞踏室を目指す。止まってはいけない。肌が燃える。
「凄まじい火力だな。まるで窯の中だ……!」
シャーロットが言って、エリカは煙で涙ぐみながらも頷いた。
「舞踏室からかもです。近づく度に、火の勢いが増してる!」
「この火と魔物の群れを見るに、もはや獅子侯は計画を隠し立てなどせんようだな。絶対に領を奪おうという覚悟を感じる」
これにウォルターが答える。
「いや、なんとも言えん」
ウォルターは、背後から飛び掛かって来た獣人の胸に、強化した脚で蹴りをかました。獣人は飛ばされ、壁に叩きつけられ、臓物を散らす。強化された脚は武器を持たずしても、剣以上の働きをする。
が、そう何度も使えるものではない。今の一撃で脚が痺れたので、顔を歪める。
「火が消し止められる様子がない。確かにこの火は舞踏室にいた貴族を殺すためのものだろうが、普通は延焼を避けるよう手立てする。このままじゃ城の全てが焼け落ちるぞ」
「すなわち?」
シャーロットが問うて、ウォルターが1秒、2秒と考えて答えた。
「閣下にとっても想定外のことが起きて、指揮系統が崩壊しているのかもしれない」
「なるほど。今宵は長くなりそうだ」
廊下の奥から獣人が現る。喚きながら、唾を撒きながら、突進してくる。その数は4体。獣人だけでなく、大狼も2頭。
魔物達は動く人間を全て襲うように命じられているのか、口に使用人を咥えていたり、焼魚のように槍に使用人を刺していたりした。エリカは地獄から使者が来たようだと、心の中で例えた。
葦旗会の本来の組合長『鉄仮面』エロイズ・ライムは、燃え盛る炎の中に手を入れる。そして呪文を唱え、炎の大剣を生み出し、構えた。
その他、葦旗会の冒険者3名もエロイズを援護しようと、それぞれ武器を構える。
寡黙で無表情ゆえ鉄仮面とあだ名されたエロイズは火剣の名手。その彼女が、エリカに振り返り『さっさと行け』と目で合図をした。それで、エリカらは大舞踏室へ急ぐ。
「……!」
大舞踏室に入ろうとして、エリカは言葉を失った。炎の中、倒れている人が、その数40人弱。寄って確認したわけではないが、恐らくは死んでいる。というより、熱の圧が強すぎて寄って確認できないし、あんなところに転がっていて生きているわけがない。
まさか、全滅か。いや、全滅だとしたら、こんなに少ないだろうか。参加者はもっといたはず。ならば、生き残りは何処へ。
「他の人たちは……!」
付近の部屋を確認していたウォルターが首を横に振る。シャーロットもまた同じくだった。
「外でマール伯爵領軍が戦っているのが窓から見えた。まずは合流したほうが良い。これだけの混戦でバラバラに戦うのは危険だ」
彼女がそう言った所で、大舞踏室の炎の中から大狼が飛び掛かって来た。あまりに突然だったのと、会話に気を取られていたので、エリカとシャーロットは反応が遅れた。ウォルターが素早く二人を庇う。大狼に腕を噛みつかれた。
「ウォルターさん!」
エリカは剣で大狼の首を落とす。首はウォルターの腕にぶら下がったままだった。大狼の牙は鮫のように二重になっていて、噛みつかれたらなかなか離れない。
これをどうにかしようとしていると、エリカらが走って来た方面、廊下の奥から大狼が群れで現れた。数にして6頭。
「チッ! 数が多すぎるッ! こんな狭い場所で、どうしろって!」
普段は舌打ちなどしないエリカも、これには顔を顰めて苛立つ。
「行け! 構うな! この程度でくたばる俺じゃない!」
「無茶を言わないで!」
焦りで口調の荒くなるエリカの肩に、シャーロットの手がポンと乗る。
「逆側からもだ」
見ると、確かに反対側の廊下からも魔物が迫り来ている。大狼である。
「まさか、挟み撃ち……⁉︎」
「何とか切り抜けよう」
シャーロットが剣を構えた、その時だった。
廊下の割れた硝子窓から、袋を先端につけた矢が飛び込んできた。矢が迫る大狼の群れの前、床に刺さると、ドンと音を立てて大爆発を起こす。
大狼らは爆風に巻かれて壊滅。天井が落ちて、散った肉塊は土煙で見えなくなった。
同様に逆側の廊下にも袋のついた矢が飛んできた。こちらは大狼が爆発から少し離れていたためか、半数程度が死亡。次いで天井が落ちて、瓦礫に埋もれる。挟み撃ちは回避された。
エリカは窓の外に目を向ける。弓を構えた誰かが、中庭を挟んだ向こう、屋根の上にいる。壮年の男だ。確か、あれは──。
「灯台で会った、エイブラハムとかいう人!」
そして、雄々しい声が近づいてくる。
「ぬおおおおおッ‼︎ どけどけどけッ‼︎ たありゃあーッ‼︎」
廊下、土煙の中、巨大な戦棍を大袈裟に振るい、息のある大狼を叩き飛ばしながら近づいてくる影がある。その者、巨漢であった。それでいて、厳しい鎧と胡獱の変わり兜を身につけている。全体としてずんぐりとした姿形。
エリカは声ですぐに気がついた。エイブラハムと同じく、灯台で会った男。意地の悪いガストンだ。
ガストンの後ろから、山羊の面を被ったひょろひょろとした男が追いかけてきた。この者は『白い帆船会』の冒険者である。水の魔法でガストンを冷やすことで、手助けをしているようだった。何の対策もなしにこんな熱い場所に突っ込めば鎧が焼けてしまい、中の人間はただでは済まない。
「たっ、助けに来てくれたの⁉︎」
午餐会に参加する前、キャロルは二つの手紙を会鴞に持たせていた。一つは午餐会と舞踏会に参加する令嬢の名簿の作成依頼。
──もう一つは、救難信号。冒険者達に城の周辺で待機をしてもらい、もし城内で戦闘が起きた時は武力をもって入城し、敵を征伐する事を願うというものだった。
「ぼさっとしてんじゃねえ! コイツの腕を何とかしねえと駄目だろうが! 大狼は首だけで動く時があるんだからな!」
ウォルターに取り付く大狼の口にガストンとエリカが手を入れ、こじ開けようとした時、土煙の中に潜む獣人達が矢を放った。新手である。敵は次から次へと現れる。
敵の狙いは、背を向けていたエリカだ。
「しまった!」
ガストンがエリカの前に出て、腕を広げて盾になる。
「効くもんかいッ!」
矢は、ガストンの鎧の厚い装甲に弾かれる。
「ここで固まって全滅が一番洒落にならねえ。この怪我をしたオヤジは俺が避難させる。1人は残って獣人どもをブチ殺すのを手伝え! 1人は急いで南に行け! 伯爵が菜園の方にいて、そっちも危ねえんだ!」
「私が残ります……!」
エリカが言うと、シャーロットが肩を小突いた。
「私が残る」
笑みを浮かべて続ける。
「君は私よりも強い。伯爵を守ってくれ。伯爵が死ねば獅子侯を討っても何も残らん」
「シャーロットさん」
シャーロットの左手を見る。腱の治りがいまいちで、うまく指が開ききらないようだった。僅か痙攣している。
「大丈夫。我儘な左手は何とかしてみせるさ。あとで合流しよう。約束だ」
シャーロットは余裕の表情を見せて、片目をパチリと瞬いた。エリカは彼女を信じて、頷く。
エリカが駆け出すと同時、獣人達が土煙の中から襲いかかって来た。その瞬間、閃光。敵への目眩し。エイブラハムが閃光矢で援護した。エリカは爆弾で崩壊した廊下の壁から居城の外に出る。
そして煮える堀を越えて、南へと走る。
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