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獅子侯(後)


 キャロルは鋭く息を吸う。その瞬間、突如、獅子侯の体が金色の炎に包まれた。光の力、生命の輝きが炎となって、獅子侯の体を焼く。


「グワァァァァアアアアッ‼︎」


 体が焦げつく。黒ずむ。髪が巻き上がり、炭となって舞う。肺が焼け、息ができない。次第に力も入らなくなり、膝をつく。


 炎が上がって、3秒、4秒の後。発砲音が大舞踏室(ボールルーム)に響いた。計8発。大舞踏室を警備していた兵達は、白煙を漂わせた銃を持っている。その全ての銃口はキャロルに向けられており、放たれた弾丸は全てキャロルに命中した。


 腹部に2発、太腿(ふともも)に1発、右肩に1発、胸に1発、頬に1発、首に1発、顎から右耳にかけて1発が貫通。キャロルは文字通り蜂の巣となって倒れた。血溜まりが、さあっと広がる。


 舞踏会の参加者達には、何が起きたか分からない。ただシンとして黙り、倒れた少女と燃える盛る男を見ていた。演奏が徐々に消え、メキメキと男の体の焼ける音と、ちるちるという流水音に似た、血の流れる音が聞こえている。


 さらに10人程度の兵達が出入り口から大舞踏室(ボールルーム)に入ってきた。露台(テラス)へと続く大窓からも同程度の兵が現る。その兵達は鉄砲を持っていて、持ち場につくや否や、速やかに構えた。


 火達磨(ひだるま)の獅子侯が右手を振り上げ、下ろす。兵達は引き金を引いて弾を放つ。狙いはこの舞踏会に参加している男子。弾の殆どは目論見通りに命中。マール伯爵は6発の弾を体に受ける。他、領の重鎮は漏れなく撃たれて倒れる。


 ここで初めて女達は悲鳴を上げた。逃げ出そうとして自らのドレスを踏んで転げる乙女もいれば、ただ立ち尽くして金切り声をあげる乙女もいる。男達はみな倒れている。大舞踏室の床は赤く染まった。


 兵達は獅子侯に寄り、その身を焼く聖火を手で消そうと試みながら、彼を部屋の外へ連れていった。


 兵の一人がうつ伏せに倒れるキャロルを蹴り転がし、まだ息があるのを確認すると、顔にもう一発撃ち込んでとどめを刺した。それを見て、隣で踊っていた乙女が悲鳴を上げる。


 獅子侯と兵らが大舞踏室から出て行った後、部屋に火が放たれた。それは一気に燃え広がり、辺りには火柱が乱立する。


「な、何が起きたっ!」


 不貞腐(ふてくさ)れて部屋の隅でしゃがんでいた無傷のジョッシュが部屋の中央に駆けて出る。周りを見ても分からない。倒れる男子と、流れ弾に当たって(うずくま)る何人かの女子、悲鳴をあげて駆け回る貴婦人と乙女、そして紅蓮(ぐれん)の炎があるだけである。頑張って理解しようとしていると目の前に吊り燭台(シャンデリア)が落ちてきて、ジョッシュは尻餅をついた。


 突然の事に血の気が引いて、伯爵夫人のマーガレットが倒れる。それを支えたのは、身体中に弾を受けたマール伯爵であった。伯爵は鉄製の仮面から血を垂れ流しながら、笑う。


「くっくっ。獅子侯め。牙を剥きおったか」


「ち、父上……!」


 伯爵の盛装は水を含んだ雑巾(ぞうきん)の如く、真っ赤な液体を垂れ流している。血が足元に広がっていくが、本人は気にするそぶりもなく肩を揺らして笑っていた。


「さてさて。領を乗っ取るつもりだな。最後まで信じていたが、裏切られたわ。ははは」


 貴族達は皆、恐慌(きょうこう)の中にある。こんな時にこそ、家臣達の長、領を治める者として、堂々たる様を見せねばならない。ここで膝をつけば、不安に思う家臣達をさらに絶望させることになる。だからどれだけ血を流していても絶対に倒れるわけにもいかないし、笑顔を崩すわけにもいかない。マール伯爵ノア・バトラーとはそうした考えをする男であった。


「りょ、領を、乗っとる……⁉︎」


 ジョッシュはハッと息を飲んだ。


「つ、つまり、獅子侯を信用しすぎるなと言っていたライナスは正しかったと言うわけか! 忠言を無視するべきじゃあなかった……! この俺が迂闊なあまりにっ! ええい!」


「──何も忠言を無視していたわけではない。儂は最後までロングランドから逃げ延びた哀れな男を信じたかっただけだ」


 マール伯爵は露台(テラス)へ続く大窓に目を向ける。どうやら、複数の魔物に囲まれているようだった。それに気づいた乙女達はきゃあきゃあと声を上げる。逃げようとしても、炎が邪魔で逃げられない。蹲って泣く者もいる。


「この城に入った祝賀の列は、ただの祝賀の列にあらず。荷運びに扮するは領軍精鋭。他家臣の列も同様にするよう通達しておる。──城内には百戦錬磨(ひゃくせんれんま)の忠義者が凡そ三卒(300人)」


 ジョッシュはポカンと口を開けたまま伯爵を見ている。


「ライナスに伝えよ。敵は獅子侯アンデルセン伯爵。兵力はロングランドの兵が一卒(100人)。貸し与えた我が領兵は二旅(1000人)。彼奴らは味方と思うな。調略され敵兵となっているものと考えよ」


「ラ、ライナスが、来ているのですか……⁉︎」


「奴なら来る」


 そう言った所で、大舞踏室に味方の領兵が雪崩(なだ)れ込んだ。怪我を負って動けない者達に肩を貸し、燃え上がる部屋から速やかに脱出させる。魔物が露台(テラス)から大舞踏室に入ろうとしたが、回り込んでいた別の兵達が食い止める。


 マール伯爵が大声を張り上げる。


「動ける女子は怪我人を外に運べ! 息のない者は放っておけ!」


 ジョッシュは思い出したように、急いで立ち上がった。──そうだ。あの、美しい準男爵の娘はどうなった。


 もう一曲踊れなかった事で失意のまま遠目でボーッと彼女を見ていたが、突然倒れ込んだように見えた。となると、あれは撃たれたのか。


「お、おい! そこに乙女が倒れていなかったか! 獅子侯と踊っていた、あの女だ!」


 キャロルの近くで踊っていた令嬢が、呆然としながらも答える。彼女は脚に力が入らないようで、へたりこんでいた。ドレスには共に踊っていた男子の血がこびりついている。


「……立ち上がって、外に、出ました」


 ジョッシュは軽く胸を撫で下ろした。動けたと言うことは、無事なのだ。


「廊下に出て、南から逃げろ、と言ってました。でも、でも……!」


 次いで令嬢はポロポロと涙を流し始め、顔を歪める。


「──あの子、頭を撃たれたのに、生きてた。に、人間じゃない……!」


□□


 地下の拷問室。エリカは女達を治療していた。キャロルから貰った(ポーション)が、傷つけられた体を治してゆく。


 捕えられていた女達は42名。内、10名はまだ子供。エリカが発見した時、20名弱は気を失っていて、十名が事切れていた。意識のある者から話を聞くに、先に捕えられていた者達はこれ以上にいて、殆どは死亡しているらしい。亡骸は何処かに運ばれて行ったと言う。


 暗い拷問室、天井からの(しずく)が床を打つ音だけがある。その中、ウォルターは口を開いた。


「……閣下は、マール伯爵領を奪うつもりだ」


 エリカは『月影のシャーロット』の脚の腱を治療している。水薬(ポーション)を含んだ布を傷に当てながら、問う。


「領を奪う事とこの人たちを拷問することに、何の関係が……?」


「光の聖女だ」


 エリカはピクリと反応した。


「閣下は、俺が来ると喜んで迎え入れてくれた。そして上機嫌に話してくれたよ。……教皇ヴィルヘルム・マーシャルは光の聖女を探しているらしい」


「つまり……、光の聖女を見つけ出して……、正教会の後ろ盾を得るつもり、ですか……?」


「この国では領主や国王より、正教会の方が強い。教皇に気に入られれば、どんな無理でも通るってな。そう仰っていた」


「どんな無理でも……」


 ウォルターは虚しく笑って続ける。


「そうだ。マール伯爵らを葬り去り、領を奪う。そして教皇に光の聖女を献上し、この領を閣下のものとするのを(おおやけ)に認めさせる。それが、獅子侯のやりたかった事だ」


 エリカは拳を握りしめた。


「流石の俺も意見した。我が領土を奪った瘴気や魔物と変わらないやり方だと、そう思った。それで、このザマだ」


 ウォルターは失った小指と薬指を見る。これでもう、剣は握れない。


 ──閣下のために剣を振うことが己の存在価値だった。


 前領主の前で行われる御前試合(ごぜんじあい)で、ウォルターは15歳にして無敗であった。振り返れば、随分と生意気な子供だったと思う。負けた相手に『もっとこう動け』だの『練習しろ』だの、歳上でも構わず上から目線で物申した。


 勝利卿と呼ばれ始めたのもその頃だった。勝利は文字通り勝つということ。卿と呼ばれていたのは、偉そうな態度を揶揄(やゆ)するための尊称(そんしょう)のようなもの。つまりは、調子に乗って人にあれこれ指示する人間を先生と言って馬鹿にするようなものだった。


 ウォルターが初めて負けた相手が獅子侯だった。何で戦う事になったのかと言えば、それはやはりウォルターが調子に乗りすぎていたからだった。この領で一番強い人間と戦いたいと、豪語してしまった。


 ウォルターはいつも通り身体強化を使用して、素早い動きで頸椎(けいつい)を打とうとした。だがその動きは獅子侯に見切られ、右腕を捻り上げられた。今でもあの痛みを思い出す。


 試合を見ていた男達は『折れ』だの『殺せ』だの野次を飛ばしていた。そこで自分が嫌われていた事に気がついた。そして腕を折られるのだろうな、と覚悟していたが、獅子侯はそうはしなかった。──持っていた蛮刀(ファルシオン)を渡し、それを握らせた。扱いにくいじゃじゃ馬だが、良く切れると言って。


 だがもう、その蛮刀は握れない。閣下の為に剣を握ることは、もう出来ないのだ。


「閣下は狂ってしまわれた、か……」


 セオの言葉を思い出す。確かに、少し見ない間に主人(あるじ)は変わっていた。妙に目が爛々(らんらん)としていて、野心に満ちていた。己の知る獅子侯は、もっと静かで、山のように(そび)える、巨大な人間だった。


 閣下が狂ったとしたら、それは一体誰が狂わせたのか。考えたが、きっと我々、故郷を失った民達なのだろう。己らの希望が、期待が、愚直さが、閣下の身を焼いたのだ。


「……それより、良かったのか」


 ウォルターは気を失って倒れた兵達を見る。みな、エリカが倒した。だが誰1人として死んではおらず、彼らも怪我を処置されていた。


「殺すのは違うと思ったから」


 本当は1人残らず殺そうとした。初めの一人の首を()ねようとして剣を振り上げたその時に、相手が怯えて蹲るのを見て、やめた。


 冷静になったのだ。ここで感情に任せて人の命を奪ったら、もう止められなくなってしまう。命乞いをされても聞き入れる事ができず、ただがむしゃらに奪ってしまう。


 そうなれば最後。私は未熟だから、奪うのを自分で止める事が出来ない。気が済むまで剣を振るって、それで、それで……、多分だけれど、永遠に気が済むことはないまま、多くを奪う人間になっていくんだ。そんな気がした。


 浅はかな表現かも知れないけれど、闇に堕ちていくというのは、こういうことなんだと実感した。


「キャロルさんが言ってたんです。強い人っていうのは、誰からも奪わず、誰からも奪われない人だって」


 エリカは立ち上がり、放っていた剣を鞘にしまった。


「でも、獅子侯は沢山の事を奪ってゆく人なんだ。土地も、命も、尊厳も、敵味方関係なく奪っていく。一度奪う事に慣れてしまうと、きっと永遠に奪い続けてしまうようになって……。誰かがそれを止めないと、周りの全てが不幸になっていく」


 晴れ乞いの村の生贄達。ネリー・アーヴィンという同年代の魔法使い。従騎士のセオ。そしてウォルター。彼ら全員、可哀想だ。ただでさえ故郷を失って可哀想なのに、何でこんな目に遭わなきゃいけないのか。早く獅子侯を止めないと、周りの人たちの全てが奪われてしまう。


「ウォルターさん。私、獅子侯を討ちます」


 続ける。


「ウォルターさん達の希望を奪うことになるかも知れないけど。キャロルさんと私が、新しい希望になれるようにするから」


「……お前と、キャロルが?」


 そう問うた時、遠くでパンという音が響いた。それも1つではない。連続して何回も鳴る。


「銃声だ。始まったか」


 ウォルターは天井を見る。大舞踏室(ボールルーム)で誰かが撃たれたらしい。


「早く行かないと」


「──待て!」


 声を上げたのは、治療を施したばかりのシャーロットだった。


「私たちも行こう」


 すくりと立ち上がり、軽く地を踏み締め、手を握っては開く。まだ完全とまでは言わないが、(けん)は繋がったようだった。剣を握ることも出来そうである。


「でも、まだ完治してないんじゃ……」


 シャーロットはこれ以上言うな、と(てのひら)で遮る。そして鼻で笑った。


「なあに。ここにいるみんな、光の聖女ではないかと疑われるほどに噂となった強者。心配には及ばないさ」


 そう言って笑んで、ぱちりと片目を瞬いた。


「さて、敵の数は如何(いか)程か?」


「ロングランドからは百人前後の兵を連れてきているはずだ。あとは、そうだな……。謀反を起こすくらいだから、マール伯爵領軍の兵が敵方に多くいると思う。魔物を合わせて一師(2500人)は覚悟しておいたほうがいい」


「ははは。だ、そうだ。それをお嬢さんが一人でやるかい?」


 エリカが返答に困っていると、シャーロットは大声で言った。


「ここに集められた者達は1人1人が一騎当千(いっきとうせん)! 武で名を馳せた戦乙女だと思えっ! だから、案ずるな。たとえ2割の力しか出なくても、1人200体の魔物を相手にできるっ! どうだ、心強かろう!」


 そして、ニカッと笑う。彼女の後ろで、動けそうな何人かの女達も笑っている。いつでもやれると言った顔だ。その数、凡そ10人程度か。


「拷問をかけられて逃げ帰るなど、武人として生き恥を晒すようなもの。それに、命を奪われた子たちの無念がある。分かれ、エリカ・フォルダン」


 エリカは根負けして、ぺこりと頭を下げた。


「……お願いします!」


「それでよし!」


 黙っていたウォルターが言う。


「シャーロット、騙してすまなかった。他のみなも。代表して謝る。……俺のことはどうとでもしてくれ。この指では抵抗もできない」


 シャーロットは片眉を上げて、さして気にしてないような表情をする。他にウォルターが捕らえた冒険者の女、葦旗会の組合長、通称『鉄仮面』エロイズ・ライムも、マリ・リドリーも、ライラ・キャンベルも、ジャニス・ピルキントンも、一先ず何も言わなかった。みな、元は軍で働いていた兵。主人の命は絶対という(おきて)を理解はしていた。


「君らとは違い、瀕死の人間を痛めつける趣味はない」


 そう言ってシャーロットは1つため息をつき、ずいとウォルターの前に出る。そして要求するように手を差し出した。


「悪いと思っているなら、協力したまえ騎士殿。今すぐ人数分の布を」


「布……?」


「裸で戦えと言うのか?」


 シャーロットは自らの胸を指差し、ニヤリと笑った。


「温情だ。腰巻(こしまき)になるだけで良い。この胸は敵兵と魔物どもに見せてやる。死に土産(みやげ)としては面白かろう」


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