魔導砲(後)
正面の城門を飛び出した魔物達は爆発に狼狽えて統率を失い、駱駝隊の攻撃を受けて全滅。城内にいた魔物達は砲撃により木っ端微塵に吹き飛んだ。逃げ出す魔物や辛うじて息のあった魔物は、全て象に踏み潰された。城のあった一帯は、屠殺場を爆撃でもされたかのように肉片と炎と灰とが地を埋め尽くしていた。
黒煙が空を覆い、昼が夜になった。周辺を飲み尽くした砂嵐は消え、乾燥した砂が肉片や臓物にまとわりついている。
メリッサは駱駝から降り、灰と肉を踏みしめながら聖地に入る。
「おお、姫」
それを爺が迎え入れた。肩に担がれた大剣は真っ赤に染まっている。封印を解いた際、即座に群がって来た蜥蜴人らを倒していた。
「大事ないか、爺」
「なんのこれしき。と言いたい所だが、まあ、多少爆風に煽られ申した」
メリッサは破壊された騎士像の上に座る。
「歳だな」
「体の節々が痛み申す。して、満足のいく結果は得られましたかな」
「制圧まで30分掛かった。褒められた数字ではない」
今回、実践してみて分かった。もし仮に、救国の為に王都大ハイランドを攻略すると言うのならば、象の数、魔導砲の数がまだまだ必要だ。現状、象1体に2門の砲をつけていて、合計20門しかない。この10倍は必要だろう。また1度撃つと冷却に5分掛かるのも大きな課題だ。理想は30秒。妥協して1分。目標には程遠い。
また、当然ながら兵の数も足らない。駱駝の数も。カタロニアから続々と兵が来てくれてはいるが、所詮は滅びかけの国。やがて限界となる。正教軍で補填するのは慎重に成らざるを得ないから、何か手立てを考えねばなるまい。
「人の数を補うには、もっと威力の高い兵器が必要だ。1兵の強さ、連携も足りぬ。駱駝に装着する旋回砲の開発も急ごう」
□□
カタルトンの街。第四聖女隊は黒い空の下、住民たちに万雷の拍手で迎え入れられた。凱旋の行進をする駱駝隊や象隊に、大人も子供も興奮している。観衆が近寄らない様に整備する領兵達は大変そうであった。
「素晴らしい戦いであった、聖女メリッサ」
噴水のある大広場でジョッシュが出迎える。メリッサは駱駝から降り、パタパタと小走りで近寄った。
「ふう。少々気を張っておりましたが、卿のお顔を見て、ようやく安堵しました」
そして微笑みを浮かべ、ジョッシュの手を取る。ジョッシュは急に手を握られたのでギクシャクと硬直し、顔を真っ赤にしてしまった。そのうぶな彼の後ろ、ライナスはメリッサを鋭い目付きで見ていた。
「……このお方は?」
問われて、ジョッシュは我に帰る。
「ああ。彼はライナス。ライナス・レッドグレイヴ。俺の親友というか、腐れ縁というか……。おいライナス、挨拶しないか。陸聖猊下に有らせられるぞ」
ライナスは挨拶をしようという気配はない。ジョッシュが『挨拶は?』とおどおどして振り返った時、ようやく彼は口を開いた。
「先の魔導弾、猊下がお作りか」
メリッサはやや口元を緩めて言う。その笑みに温もりはない。
「如何にも」
「どのような意図で、あそこまでの威力になさった」
それを聞いて、ジョッシュはやや驚いたように言う。
「お、おい。どうしたライナス。そりゃあ、お前、敵を木っ端微塵に吹き飛ばすために決まっているだろう……」
「そういう話ではないんだ、ジョッシュ」
歓声と拍手の中、メリッサは静かに言った。
「──まだ足らぬ」
「まだ、足りない……?」
「妾が求めるのは、もっと強大な破壊力。例えば弾一つで山を崩し、地を炎と灰に変え、全ての動物を骨にする。妾の理想はそこにある」
ライナスは眉を顰める。
「それを作る、と言うのか」
「賢者の石を以てして出来るものと心得る。それを手にすることは、妾の夢の一つと覚えよ」
賢者の石とは錬金術の極意で、学問としての最終到達点である。未だかつて誰も作り得ていないが、それは『生と死』を齎すとされている。石が牙を向けばあらゆる生命に絶対的な死を与え、石が微笑めば永遠の命を与える不死の薬となるのだ。
「お、おお! 素晴らしいことじゃないか。俺は感動したぞ。なあ、ライナス」
ジョッシュは冷や汗をかきつつもニコニコと笑みを作って、ライナスの肩に手を置いた。そして、揉む。余計なことは言うな、さっさと機嫌をなおしてくれ、と念を込める。
「……感動? 俺の胸にあるのは危機感だ」
「ど、どうしたライナス。お前らしくもない。立派な志ではないか。魔物を蹴散らすのだぞ」
「──それが魔物に向けられればな」
ライナスの物言いを聞いて、爺が駱駝から降りて寄る。
「これは異なことを申される。姫に企てがあると言わんばかりではないか!」
ジョッシュは爺を宥めつつ、言う。
「ど、どうしたどうした。本当にどうしたライナス。メリッサも爺様も、彼を勘違いしないで頂きたい。文句ばかりの男だが、心根が素直で良いやつなのだ。今はその、何と言うか、虫の居所ってのが悪いらしい」
爺は焦るジョッシュに構うことなく、ライナスの目を見て言う。
「ならば申し上げなん。もし姫に造反の存念あらば、我が首掻っ切ってお詫びしかまつるッ‼︎」
ライナスはしばし黙ってメリッサを見つめる。メリッサもまた、ライナスの瞳を何も言わずにじっと見ていた。ジョッシュはその二人を焦りながら交互に見ることしかできない。
それで、口を開いたのはライナスだった。
「……猊下。古城の攻略、お祝い申し上げる」
形式的な祝賀を述べ、問答を終わりとする。メリッサも駱駝を引いて歩き始めた。
「では、所用もあれば」
駱駝隊はジョッシュらを通り過ぎて、街の南方面へと行進を続ける。会話の聞こえていない観衆たちはジョッシュとライナスが聖女を讃えたと思って、さらに拍手を起こした。
「メリッサ! 後にまた、祝賀会で!」
ジョッシュが手を振り、メリッサは微笑んで振り返した。彼女の姿が象に隠れて見えなくなるまで振った後、怒りの表情でライナスを見て、拳を振り上げた。
「おいっ! ライナスぅ〜! お前ってヤツはなあっ!」
「そう言えば、イリーナコーストを貸し与えたらしいな」
言われてキョトンと首を傾げる。
「使ってないし良いだろう。何の問題がある」
ライナスはため息交じりに言った。
「──それは迂闊だったぞ、ジョッシュ」
□□
行進は続く。調子に乗った道化師達が太鼓や笛を持ち出して、勝手に第四聖女隊に取り付き始めた。観衆達を楽しませようとしているのだろう。メリッサは特に気にする風も無く、民に手を振りながら言う。
「爺。あの男はライナスと言ったかな」
爺は感慨深そうに頷いた。
「うむ。良い眼をしておりましたなぁ、姫」
メリッサもまた、嬉しそうに笑う。
「気高い狼の眼をしていた。瞳に禽獣を飼う人間は貴重だ。素性はいかに」
「確か、学者の家系ですな。母君は考古学者ユーニス・レッドグレイヴ。母が大病を患った際、マール伯爵が直属の薬師を遣わせた事に恩義を感じている様子」
「伯爵は義の御方。困る者あらば助けよう」
警備する領兵を掻い潜り、見ず知らずの小さな女子が観衆の列から駆け寄って、メリッサに抱きついた。興奮しすぎたのだった。それでもやはりメリッサは特に気にする風もなく、抱きあげてやる。
「して、学者の家系か。特に歴史学者は世の理を知っているから、人より信仰が薄い。聖女だから全てが良いと決めてかからず、考えを疑うことを知っている」
「不羈之才を感じますな。では、殺めまするか。或いは噂を流し、孤立せしめましょうか」
女子の母親が慌てて出てきて、ひとしきり謝った後、子を抱えて逃げた。女子が手を振ったので、メリッサは手を振り返す。表情は慈悲の笑みであった。
「その儀に及ばず。向かってくれば妾が直々に相手する」
「脅威になりましょうぞ。良いのですかな?」
「その程度の脅威、真っ向から退けられねば祖国を救うことなど到底出来ぬ。それに虜にして手懐ければ、妾に従うやも知れぬしな。試してみてから殺めても遅くはあるまい」
そう言ってメリッサは舌を出してみせた。
ここで一人の兵が現れ、爺の側に寄り、耳打ちをする。メリッサはそれを見て言う。
「苦しゅうない。直接申せ」
兵は跪く。
「女が消えるという騒ぎについて、放った歩き巫女が、女を乗せた馬車引きを捕らえてきたとの由。──その者、ロングランドの出との事」
メリッサは冷たく笑って言う。
「やはり臭うなぁ、爺」
「左様にござりまするな」
爺もまたニヤリと笑った。
「さて、ライナスの事もある。解決してマール伯爵のさらなる信頼を得るか、それとも内容によっては──。まあよい。妾が砦に帰るまで、何故その様な行いをするかを詰問せよ。決して殺すなよ」
「はっ」
「役目大儀」
そして兵は去った。
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