表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/169

大地の聖女(後)


 メリッサらは砦近くにある埠頭(ふとう)に立ち、船が停泊するのを見守った。それから橋が架けられ、船から降りてきたのは仰々しい装備の軍人たちと、(きら)びやかな衣装の女たちであった。この女たちは、宮中に仕える女官や侍女である。


「姫様……!」


 女たちはメリッサの姿を見ると、みな小走りになって寄った。その目には涙を浮かべている。メリッサはすぐさま取り囲まれ、身動きも取れなくなった。


「久しいな。変わりはないか」


「しばらく見ない間に、大きくなられて……」


 メリッサは小さなため息をつき、腕を組む。


「これ以上、立端(たっぱ)が出ても困る」


「何を仰います。お美しゅうございます」


 身長は5(フィート)7(インチ)(173㎝)と女にしては背が高すぎるから、気にしていた。


「ミランダも元気そうで何より。長旅は堪えたろう」


 メリッサはそう言って、遅れて寄って来た美しい年増の女性に抱きついた。ミランダは女官長に相当し、女たちの中でもより一層煌びやかな衣装を身につけていた。


 ミランダは抱きつかれた事で、彼女と過ごした故郷での日々を思い出し、嗚咽(おえつ)を漏らして泣く。


「泣くな、泣くな」


 困ったように言われたので、女官長は気持ちを切り替えて涙を拭った。そして平然を装って、海沿いに(そび)え立つ塔と砦を見上げて言う。


「まさか姫様がこの異国の地で、斯様(かよう)な砦を手にするとは……」


 みな釣られて見上げた。それぞれの塔は古く、ひび割れていたり崩れていたりするものの、規模は大きい。兵を整えて配置すれば、一師、つまり2500の兵が攻めてきても、耐え得るようには設計されていた。


 メリッサの隣、爺も砦を見上げて口を開く。


「そういえば、この砦をどうやって手にしたのか、その手立てを聞き忘れておりましたな」


「マール伯爵も、そのご令息もお優しい。妾が、慣れぬ異国ゆえ拠点がないのでは寂しいし切ないと、涙を浮かべてご令息の胸に飛び込んでみれば、赤面してこれを与えてくれただけの事。祖国だと思って自由に使って良いそうだ」


 そう言ってメリッサは、悪戯(いたずら)っぽくぺろりと舌を出した。これは彼女の癖である。


 爺は大きく目を見開いて、言う。


「なんと! 姫は女狐(めぎつね)にございまするな!」


 それで、メリッサは腹を抱えて笑った。


「ははは‼︎ それは褒めておるのか、爺!」


 周りからも、どっと笑いが溢れる。


「おお、姫。ご所望のものが降りて来てますぞ」


「うん」


 船から鞭の音がして、みなが船に注目する。ゆっくりと降りてきたのは、鼻の長い巨大な動物だった。それが10頭もいる。


 カタロニアの民たちは何でもないように見上げているが、離れた場所で待機していた第四聖女隊の兵たちは、目を丸くしてそれを見ていた。これは魔物か、獣か。多くの兵がだらしなく口を開けて呆気(あっけ)に取られる中、一人が呟く。


「象だ……」


「象?」


「子供の頃、見世物小屋(サーカス)で見た事がある。玉に乗って芸をしたり、鼻から水を吹いたりする動物だよ。そんなものを連れてきて、どうするつもりだ……」


 メリッサは象に近寄り、脚を撫でた。


「よし、立派な象だ。お前が用意したか」


 若い象使いが頭を下げる。


「褒めて遣わす。魔導砲(まどうほう)が取り付けられるか、すぐに取り掛かれ」


 魔導砲とは、魔法を砲弾とする大砲である。厳密に言えば、砲弾を魔術的な仕組みとしたもので、生成される弾によっては爆炎を(もたら)す弾にも、雷を齎す弾にも、氷を齎す弾にもなる。


 非常に強力な兵器である反面、その砲弾を作るには極めて限定的な錬金術の知識が必要である。その上、制作中に事故が多く、あえて扱おうとする者は少なかった。


「次の巡礼の地、『古城ノーザングラウツ』に封じられる『ティナ・ニールセンの竜騎兵団(ドラグナイツ)』に対して試す」


「承知しました」


「象はまだまだ増やすぞ。これからも頼む」


「はっ」


 象と象使いは埠頭を離れ、のしのしと砦の方面へ歩いていった。


「1節前、象園のあったファブロが瘴気に飲まれたと聞く。象使いのエルマーは無事か?」


 メリッサがミランダに問うが、彼女は首を横に振った。


「今の彼が、エルマーの一番弟子にございまする。無念を晴らすべく自らも船に、と」


「そうか。これまでの恩に報いる事もできなんだ……」


「国の(いしずえ)となりましてございます。気に悩まれぬよう」


「……そうは言うがな」


 メリッサは表情に(かげ)りを見せる。そこに王族たる堂々とした様はなく、それは年相応に思い悩む乙女の横顔であった。


 象に続いて、駱駝(ラクダ)が船から降りてくる。群れを成すように大量である。その内の一頭、雄牛(クーユータ)を模した鎧をつけた駱駝が、メリッサに寄って、膝を折り座り込んだ。翳った表情を気にしているのか、顔まで寄せてくる。


「ふっ。久しいな。覚えていたか、お前」


 メリッサは兜の上から頭を撫でてやる。それから颯爽と背中に乗ると、駱駝はすくりと立ち上がった。周囲から、おお、と声が上がる。


 離れた場所から見ていた兵たちは、馬の二倍はあるその高さに目を見張った。10呎(3m)程度の体高に(また)がれば、人間の目線は建物の2階相当と言っても決して大袈裟ではない。


「うん。やはりこの目線でなくば、戦場を見渡せない」


 メリッサは納得したように頷き、離れた場所の兵たちに届くよう声を張って言った。


「お前たちにも慣れてもらうぞ!」


 兵達は目をまん丸にして驚く。


「えっ⁉︎ 我らも、ですか……⁉︎」

「我らは馬に慣れておりますが……」

「乗りこなせるかどうか……」


 それでメリッサは勝気な笑みを浮かべて、発破をかけた。


「精進せよ! 駱駝は機動力こそ劣るが、敵の剣は滅多に届かん! 飛び道具にだけ気をつければ良い! 二人乗りも出来るぞ! 前に槍兵、後ろに銃兵で無敵になれる!」


 兵たちはおどおどとして顔を見合わせてしまった。それで、そのうちの一人が言う。


「それって、対人を前提にしてないか……?」


 メリッサの耳にもそれが届き、ニヤリと笑った。


「丁度よかろう。カタロニアの民もカレドニアの民も、妾の声を聞けッ‼︎ ここに想いを伝えておくッ‼︎」


 メリッサは真っ赤な旗『アルモハードの血』を天高く掲げた。潮風が強く吹き、夏の青い空に赫々(かくかく)と旗がはためく。


「妾の名はメリッサ・サンチェス・デ・ナヴァラッ! 聖女である前に、砂漠の国カタロニアの民であるッ! 神より仰せ付かる聖女という役目も、我が国栄光の通過点に過ぎぬッ!」


 強い日差しが、長衣に施された金の刺繍を激しく輝かせる。それは燦々として浮き上がるようで、見る者はメリッサが神々しく輝いているのと錯覚した。


「改めてここに誓う。妾は必ずやカタロニアを再興する。その為ならば悪魔にだってなろう」


 光の中、その美しい駱駝の聖女は、慈愛に満ちた笑みを浮かべていた。聞き入る者たちは、ただ呆然と聖女に見惚れていた。カタロニアの民も、カレドニアの民も。


「聖女で悪魔とは大きく出ましたな、姫」


 爺は楽しげに笑いながら言った。


「これも褒めておるのか、爺」


「当然、褒めてございまする。姫が虎視眈々(こしたんたん)とカタロニアの栄光を望むからこそ、みなが慕うのでございます。立派で恐ろしいお方だ」


「妾をそう育てたのは爺であろう」


 メリッサもふんと鼻を鳴らして笑った。そして、再び旗を天に突き上げ、声を張り上げる。


「よいか! 我が第四聖女隊『神の駱駝』は神聖カレドニア王国に対し、国盗(くにと)りを仕掛ける事も厭わぬと覚悟しておけ!」


 カタロニアの民は歓声を上げた。この娘ならば必ず、祖国を蘇らせてくれる。何百年も過去、それこそまだ信じる神が一つでは無かった時代。遥かなる大地に広がる砂漠の全てを、いや、世界のほぼ半分をカタロニアが手にしていた時代に戻してくれる。女官たちは興奮に顔を赤らめ、ポロポロと涙を流し始めた。


 離れた場所で聞いていた正教軍、もといカレドニアの民たちは茫然(ぼうぜん)としていた。呆気に取られるのとは違う。何かを考える気にはならなかった。それは、このメリッサという娘があまりにも神々しく特別で、あまりにも慕われていて、あまりにも武人であったからだった。


 ──これが聖女なのか。


 たとえ国に弓引く事となっても、家族を裏切る事になっても、その時は迷いに迷いはすれど、結局この異国の姫に付き従ってしまうのだろうと、兵たちは漠然と思った。


「さあ、今日から忙しくなる。妾が巡礼に行く間、みなには砦を修復してもらうぞ。手筈(てはず)を整えよ、爺」


「まるでの戦の支度でありますな」


 メリッサは駱駝の首を優しく撫でてやりながら、こう返した。


「──戦なら既に始まっておる。妾が聖女候補としてこの地に来た時からな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
html>
書籍第三巻(上)発売中!
書籍第一巻発売中
書籍第二巻発売中
ご購入いただけますとありがたいです。読書の好きな方が周りにいらっしゃれば、おすすめしていただけると助かります。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ