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轍(前)

 

 キャロルは悪漢達を見下ろし、指折り数えた。


「全部で10人か。多いが、まあ良いだろう」


 2人の男がキャロルに向けて前装式銃(マスケット)を構える。だがその瞬間、2人の胸に連続してトンと矢が刺さり、彼らは血の泡を噴き出しながら倒れた。キャロルが蛇の持っていたボウガンを使って、矢を放ったのだ。


 もう1人銃を持っていた男がいて、彼は運よくキャロルの死角に立っていた。が、落ち着いて狙いを定めることが出来ず、弾は自らを隠していた薬屋の釣り看板に直撃、火花が散った。


「なんだ、1人追加か。気を遣わずに初めから姿を見せてくれ。別に嫌な顔はしないから」


 そう言ってキャロルは冷静に矢を放つ。それは揺れる釣り看板を抜けて、吸い込まれるように男の胸に刺さった。


 キャロルはひょいと屋根から飛び降りた。そして髭面の男の前に着地。猫のようにしなやかな着地だった。


「──!」


 髭面の男は敵が突然目の前に降ってきた事に驚いて、蹈鞴(たたら)を踏んだように数歩下がる。キャロルはその隙を見逃す事なく、男の膝に正面から蹴りを入れ、逆方向に砕いた。


 次いで、剣を大上段に振りかぶって駆けてきた長身の男の顎を蹴り上げる。上げた足は地に対してほぼ垂直だった。男は舌を噛んだ上に脳を揺らされて倒れる。それで剣が手を離れて宙を舞ったので、キャロルは手に持つボウガンを捨てて右手で剣を取った。


「うおおおおっ‼︎」


 勇敢そうな男が大声を上げ、背後から迫る。そして剣を振り上げた所でキャロルは胴を斬った。連続して迫って来た浅黒い男に対しては袈裟斬(けさぎ)り。双方、血煙を立てながら倒れる。


 細身の男が落ちていた仲間の銃を手に取り、キャロルに向けて構え、引き金に指をかける。男は彼女との距離が離れていたから、勝利を確信して笑みを浮かべていた。──女はボウガンも捨てたし、走って斬りつけようとも間に合わない。


 が、キャロルは剣を投げつけ、それは男の胸に刺さった。血の雨を降らせながら男は倒れる。


「畜生! なんだコイツ! やべぇよ、コイツ、やべぇよ!」


 血の雨を降らす男のすぐ脇、焦りながら火薬玉に火をつけた若い男がいたので、キャロルは手を(かざ)して睨みつけた。すると、男の体がぼこぼこと隆起して、皮膚を突き破り体中から無数の枝が生えて出た。そのままぐるんと白目を剥き、血を撒き散らして倒れる。


 男の手を離れてコロコロと転がった火薬玉は、パンという音を立てて爆ぜた。爆炎は石畳を抉る。油袋も混ぜてあったのだろう、炎は道に残って黒い煙をあげた。遅れて敷石が落ちてきて、バラバラと音を立てる。立ちこめる夜霧を炎が赤く染め上げ、辺りは熱気に包まれる。


「ひいいい‼︎ ひいいいい‼︎」


 最後まで何も出来なかった色白の男が、仲間達が一瞬で全滅したことに恐れ(おのの)いて座り込み、尻餅をついたまま後退りをした。


「ママァ! ママァーッ‼︎」


 炎に照らされた顔は、涙と汗に濡れている。


「覚悟がないなら失せろッ!」


 キャロルがそう怒鳴ると、その男は悲鳴とも叫びとも言えない声を上げながら、こけつまろびつ逃げていった。


 ついに、その場に立っているのはウォルター1人となった。キャロルが10人の冒険者を倒すのにかかった時間は凡そ30秒程であり、その間、キャロルは左脇に抱えた本を降ろしたり落としたりすることはなかった。


 道は激しく燃えている。幸い、周囲の店にまでは火が広がっていない。


 並ぶ店の2階部分、露台(ベランダ)からは多くの住民が不安げな表情で炎を見守っていた。


 自警団の若者が徒党を組み、井戸から水を持って来て火を消そうとしていたが、キャロルとウォルターの醸す、ひりひりとした空気に怖気付いて、炎にまで近寄れないでいる。


 エリカは自分が人質になってキャロルに迷惑をかけないよう、毒で満足に動かぬ体を無理やりに転がしながらウォルターから離れた。


 ウォルターは全身から三椏(みつまた)の枝を生やして転がる仲間を見遣り、呟く。


「無詠唱、大地の魔法か……」


 大地の魔法には体内から結晶を生じさせる術もあるから、それと勘違いしているらしい。


「つくづく五等ではないな。二等か、いや、それ以上と見る」


 ウォルターは続ける。


「だが、お前には俺を倒せん。これはハッタリではないぞ」


「随分と余裕だな、ウォルター・ヘンドリッジ。それとも『ハンガー卿』とお呼びした方が宜しいか」


 キャロルは抱えていた本の1冊を手に取り、めくる。『ロングランド戦史』と題されたこれには、隣国に()ける近年の動向が記される。


「2年前に瘴気に飲まれた領地、アンデルセン伯爵領の騎士、アムンゼンのハンガー男爵。父オリファーのように涼やかな青い瞳であり、母ルイズのように美しい髪である。騎士の模範(もはん)となる忠誠心を持ち、騎士としては珍しく蛮刀(ファルシオン)の扱いを得意とする。身体強化の魔法を用い、魔法を脚部のみに集中させて、神速を体現したとされる」


 エリカは目を見開く。確かに、剣を抜こうとした時、一瞬で間を詰められた。まさにそれは神速であった。


「ライ砦の攻防、ザグ・ハルタ籠城戦などで戦い、神速を用いて数々の魔物を斬り伏せ、勝利に導いた。その後、アンデルセン伯爵領崩壊の決め手となったアジ・ドゥ湿原の戦いにて討死(うちじに)したと考えられる」


 キャロルはぱたんと本を閉じた。


「彼のいる戦場では生還者も多かった事から、人はその男を『勝利卿』と呼んだ」


「そこまで知っていて、俺とやる気か?」


 ウォルターは蛮刀を抜く。


「この位置からなら、1秒でお前を斬り捨てられる」


 キャロルとウォルターの間、走って8秒といった距離。


 ウォルターは蛮刀を振り回し、身を低くして構えた。


「女。今謝るなら、許してやっても良い」


 キャロルは彼の脚部に魔力が宿っているのを認めて、煙草を取り出し火をつけた。そして、ふん、と小馬鹿にしたように鼻で笑う。何に対して謝れば良いのか分からなかったから。


「キャロルさん、この人、見えないくらい早いです! 油断──」


 油断するな、と叫ぼうとした、その時。


 ──ウォルターの姿が消えた。


 パンという弾ける音がした。これはウォルターが地を蹴る音。


 次いで夜霧を切り裂くように、炎に光る刃がキャロルへと向かう。赤い線を引いて(はし)る。


 そして衝突と同時──いや、その直前か。とにかく、それはキャロルによって跳ね返され、地を(えぐ)りながら靴直し屋に激突した。土煙を上げ、壁が崩れていく。


 一瞬だった。見ていた者の全てが、何が起きたか分からなかった。ただ、キャロルが立ったまま動かなかった事だけが、唯一存在する共通の理解だった。


 エリカは半壊した靴直し屋に目をやる。瓦礫(がれき)の中にウォルターの姿が見えた。座ったような姿勢で、目を開いたまま鼻と口から滝のように血を出し、動かない。


半秒(はんセコンド)で私の勝ちかな」


 キャロルは少しばかり眉間に皺を寄せて、右手を痛そうに払った。ウォルターが迫った瞬間、顔面に拳を叩き込んだらしかった。


□□


 ウォルターは目を覚ました。


 凄まじい頭痛がする。何より喉が渇いた。


 水でも飲もうと起き上がろうとするが、それができない。というより、どうやら座って寝ていたらしい事に気がつく。


 そして、目の前にリトル・キャロルがいることに気が付き、寝ぼけた頭は完全に覚醒した。


 キャロルはウォルターの背後、壁にかけられた振り子時計を確認する。


「25時間と50分。神速にしては随分と遅いお目覚めだな」


 ウォルターは周りを見渡す。


 室内だ。広くはなく、薄暗い。蝋燭(ろうそく)の明かりが三つ。植物の模様が描かれた壁紙。色は深い青。寝台が一つと、机が一つ。窓があり、外は暗いようだ。窓際に置かれている花瓶には、藤色(ふじいろ)釣鐘草(カンパニュラ)が挿さっている。そして、キャロルの後ろには銀髪の少女エリカがいた。


 ウォルターは椅子に座っていて、手は後ろで縛られている。裸だ。陰部を隠す布すらない。


「安心しろ。お仲間は全員生きて豚箱行きだ」


 ウォルターが気を失った後、キャロルはあの場にいた冒険者達に治療を施した。せいぜい命に別状がない程度にまで回復させた後で必要な情報を引き出そうとしたが、(なか)ば冒険者、半ば犯罪者として飯を食っているような破落戸(ごろつき)ばかりで役に立たなかった。なので、彼らはそのまま自警団に引き渡している。


 ともかく下っ端はどうあれ、ウォルターは頭領(とうりょう)。何も知らないわけがない。


「状況は分かっているな。幾つか質問に答えてもらいたい」


 キャロルは煙草に火をつけた。


「女たちをどこにやった?」


 ウォルターは余裕の笑みを浮かべ、言う。


「知らんな」


 キャロルは穏便に済ませたいと思っているから、ひとまず話を進める。


「森にいた獣人には、印が付けられていた。これに見覚えがないとは言わせない」


 キャロルが取り出したのは、獣人の毛皮である。そこには、確かに印が刻まれている。


「アドラー家の紋章だ」


 ウォルターは余裕の表情を崩さない。


「調べた所によると、この印を刻まれた獣は何でも命令を聞くという。たとえそれが猛獣であろうと、魔物であろうとだ」


 キャロルは分厚い本をぱらぱらとめくり、目当ての頁を見つけると、指でなぞった。


「アンデルセン伯爵の傍系(ぼうけい)、アドラー家が二百年ほど前から使用している焼印で、その製造法は門外不出。独自の技術を用いており、何者にも真似することは出来なかった。アンデルセン伯爵領軍は一万人規模の戦士と、獣人や牛鬼(ミノタウロス)合成獣(キマイラ)などの魔物2500頭とで一軍とし、(たく)みに(いくさ)を仕掛け、諸領や魔物の群れを打ち滅ぼした」


 煙草の吸い口を親指で弾き、灰を落とす。


「故にアンデルセン伯爵領軍は古くから百獣軍(ひゃくじゅうぐん)と呼ばれ、中でも過去最大の猛君(もうくん)であった最後のアンデルセン伯爵『エドガー・クロムウェル』は『獅子侯閣下(ししこうかっか)』と呼ばれ、恐れられた」


「それで?」


「この印にどういった魔法が作用しているのかは説明出来んが、とにかく、あの獣人たちは操られていた。人の肉は食うな、家畜は食うな、人間の女だけを殺さず捕えろとな」


 エリカが問う。


「家畜を食わせなかったのは何故でしょう?」


「極力目立たんようにだろう。家畜が死んだ程度で、変に討伐隊でも組織されたら面倒だ」


 キャロルは机の上に置いてあった、幾つかの台帳を手に取る。ウォルターが気絶している間、組合の事務所から追加で拝借してきたものも含まれていた。


「本来の組合長である『エロイズ・ライム』も女だった。台帳によると、葦旗会(あしはたかい)の女冒険者マリ・リドリー、ライラ・キャンベル、ジャニス・ピルキントンと共に『マール第6支部』の要請を受けて移籍したとあるが、どうだろうな。ちなみにお前は『リューデン第2支部』から来たとあるが、まあ嘘だろう」


 エリカは思い出した。給仕のミミが言っていた女友達、確か名前をライラとか言っていた。


「目的は何だ?」


 ウォルターは答えない。


「何のために女を攫う?」


 ウォルターはキャロルの顔面目掛けて唾を吐き付けた。首を傾けてそれを避けたが、キャロルは穏便に済ませるのをやめることにした。

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