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地下墓地(後)


 しばらく歩くと、突如、森が途切れて、芝の原が広がった。


 がらんとした原の中央に、異様なほどに巨大な(かし)が生えていた。これはただの樫であるが、何人かの乙女は動物的な枝の造形に恐ろしさを感じた。


 ある者はこの木は狂っているとも思った。生きていて動くのかと思う者もいた。黒々とした葉の色は鉄を思わせ、沈む夕陽の空は鮮血を思わせた。


 その木の根幹に開いた大穴が、地下墓地へと続く唯一の道である。


 隊は大穴に入り、苔むした石の階段を降りてゆく。滑りやすいので気をつけるよう、子供達は互いに注意しあう。階段は螺旋(らせん)状になっていて、長く続いていた。


 階段が終わった先は、どこまでも暗闇であった。


 マリアベルが小さく息を吸い込み、簡単な呪文を言いながら手を暗闇に翳すと、あたりに光が満ちた。大小様々な光の玉が、螢火(ほたるび)のように現れたのだ。


「凄い……。これが聖地……」


 クララは目を輝かせて立ち尽くした。いや、クララだけではない。アンナも、何人かの付き添いの大人達も、子供達も、辺境伯軍も、正教軍も、リアンも、エリカも、みな驚いた。そこには、かつてのウィンフィールドの街が、殆どそのまま残っているのだった。


 大通りにはいくつかの馬車があって、荷が積まれたままである。店の形もそのままだ。通りに仕立て屋があって、床屋があって、酒場があって、抜歯(ばっし)屋があって、少し離れた場所に酒蔵がある。傾いた天体時計塔が示すのは15時30分。封印が成されたその時刻である。そして、天からは大小の木の根が無数に降りてきており、その街を侵蝕していた。


 街のあちらこちらに、塔のような石柱が幾つも聳え立っていた。この街の天井を支えるものである。建築用に組み立てられた足場がそのまま残されていたので、これは封印がなされた後で作られたものなのだと、見る人なら分かった。


 一行はゆっくりと大通りを進み、街の中央広場に辿り着いた。噴水の中央に美しい装飾を施された銀の椅子があり、そこに首のない女性の木乃伊(ミイラ)が腰掛けている。首は、その亡骸の(もも)の上で、両手で支えられていた。


 何百年と経つのに、服は残っている。白く、薄い生地だ。頭の花冠も枯れてはいるものの、残っている。


 木乃伊の足元に石板がある。これは墓標(ぼひょう)であった。この少女の名は『ラナ』。姓はなく、奴隷の身分だったらしい。


 マリアベルは亡骸に向き合い、祈りの言葉を三つ捧げてから、後ろで待つみなに振り返り、言う。


「それでは今より封印を解き、風を食む雄牛を討伐します」


 子供達はざわざわと喜ばしく湧き立ったが、兵達には緊張が走った。


 リアンは全ての意識を、子供たちに向けた。もし魔物が封印から解かれ、乙女達の中で聖女の力を覚醒させる者がいたならば、その者を連れてこの場から脱出しよう。それを成功させるためには、マリアベルよりも早く、光の聖女が誰であるかを見定めなくてはならない。この計画を知っている、自分だけが(かなめ)だ。


 エリカは腰に携えた鉄重石(オリハルコン)の剣の柄に手を添え、隣に立つミッシェルを見た。ミッシェルは小さく頷く。もし、水の聖女が雄牛を倒し損ねた時は、自分の体を盾にしてでも子供たちを守る。その覚悟を共有した。


 マリアベルは(いばら)で出来た(つち)を麻袋から取り出した。形は歪んでいて、枯れ枝のようである。一目で槌とも言えないそれは、凡そ女子が片手で持てるような重さと大きさであった。


 これは荊棘槌(けいきょくつい)と言い、強力な魔法を破る為に古くから使われている道具である。存在こそ知っている人が多くても、実際に見たという人はそういない。


 これで封印の要石(かなめいし)である、少女の亡骸を破壊すれば、雄牛は解き放たれる。


 マリアベルは荊棘槌を手に、背後の子供達をちらりと見た。みな、どんな事が起きるのかとそわそわしながら待っている。興奮6割、緊張4割の空気が、時の止まった廟を満たしていた。


 次いで子供達の中、黄金の髪の少女クララを見た。彼女は隣にいるアンナの手を握り、他の子供と同じように目を輝かせている。その憧れに潤む瞳が、自分を捉えて離さない。


 マリアベルはふと、自分の足元に目をやった。足首から脹脛、太腿へ、毛むくじゃらの魔物の手や骸骨の手が、ひたりひたりと、のぼって来ている。


(──私は間違ってない)


 マリアベルは荊棘槌を強く握りなおした。そして、あの美しい千の丘と遥かなる青い地平線、爽やかな潮風と、愛する父の眼差しを強く想像した。まるで、己の迷いを振り払うようにして、望郷に(つと)めた。


 他人の為に自分を犠牲にしても何も残らない世界ならば。つまり報われる為には、自分の為に他人を犠牲にしなくてはならないのだ。どんなにそれが軽蔑されることであっても、どんなにそれが人の道に外れることであっても。


(私は間違ってないッ‼︎)


 マリアベルは勢いよく、亡骸の頭に向かって槌を振り下ろした。


 亡骸の頭部にヒビが入り、中から赤い光が漏れた。それはほろほろと崩れていき、体は糸が切れたようにして、どさりと横に倒れた。


 その時、風のない街に風が吹いた。天から垂れる木の根の内、細く長いものがさわさわと揺れた。


 兵士達は集中している。果たして、どんなものが飛び出してくるのか。自分達は、どう動けば良いのか。何か起きたら、どう聖女を援護したら良いのか。


 リアンは少女達に目をやる。光の聖女は、誰だ。


 エリカはマリアベルを見て、考えていた。なぜ、この聖女は封印を解いたのにも関わらず、戦う態勢を取らないのか。手をだらりと下げ、何か魔法陣を描こうとすることもなく、魔道具の類を出すこともなく、占術(せんじゅつ)の時に見せた石の剣を持つことさえしない。


(もう倒したの……? いや、違う……。まさか──)


 ──倒す気が、ないのでは。


 隣に立つミッシェルに対して、その疑問を口にしようとした時だった。


 少女の木乃伊(ミイラ)を中心に、あり得ないほどの突風が吹いて広がった。例えば見えない巨大な腕で殴られるような、そんな突風だった。音もゴオというでもなく、びゅうというでもなく、パンという弾ける音がした。


 子供達は悲鳴をあげた。そのうちの半数以上が体を浮かせて、転がり倒れた。同様に、何人かの兵がバランスを崩して倒れる。塵や埃や砂が体にあたり、痛い。遠くからがらがらと音がして、建物が崩れた。


 エリカは垂れる木の根を掴み、体を支えながら、思った。


(封が解かれた……‼︎)


 だが、風を食む雄牛の姿はまるで見えない。


 次いで、もう一度同じような強い風が吹いた。油断していた兵たちの武器や盾は、吹き飛ばされた。リアンが腰に携えていた剣も、ものの見事に吹き飛ばされた。ミッシェルは剣の柄を握ってはいたが、それでも吹き飛ばされた。不思議なものである。武器を持つ者が、総じて一瞬のうちに丸腰になったのだ。


 ──雄牛は、600年前の敗北を覚えていた。


 人間は厄介だ。動物の中で最も厄介だ。だが武器さえなければ、さしたる脅威でもない事を、覚えていた。


 エリカは吹き荒ぶ風の中、ゆっくりと立ち上がる。その手には剣がある。エリカだけは、剣を離さなかった。キャロルから貰っていたお守りの紐を縁起物として柄に巻きつけており、それを自分の手首にかけていたのだ。


 子供達の悲鳴が飛び交う中、エリカは意識を集中させた。目を凝らし、耳を澄ます。


(どこだ。どこにいる)


 気配がして、エリカは天井を見上げる。無数に垂れる木の根が、弾かれたように揺れている。それが、ぐるぐると旋回しているように見える。細い根は千切れ、ボタボタと地に落ちていく。


(確かに、いる! 目に見えないだけで、いる‼︎)


 何かが、空気を切り裂きながら、頭上を大きく旋回している。


(あれが風を食む雄牛だ……‼︎)


 この場にいる兵の中で、エリカだけが唯一その見えない姿を捉えた。


 そして、聖女を見る。彼女は戦う気か、そうではないのか。戦う気があるなら、連携して攻撃を仕掛ける。上手く合わせて見せるし、その自信はある。だが、そうでないなら。


(そうでないなら、どうしたらいい……⁉︎)


 マリアベルが見ているのは、子供達だった。


 子供達は慌てて、怯えている。腰が抜けて立てず、飛ばされないように地面を掻いている。親や友人が作ってくれた乙女達の花冠は飛ばされ、編んでもらった髪も解けてしまった。どうしたらいいか分からず、抵抗せず(うずくま)る者もいる。聖女を信じて、祈って待っている者もいる。


 マリアベルはそれをただ、冷たい瞳で、何かを見定めるようにして眺めている。エリカには、そのように見えた。


□□


 雄牛は旋回しながら600年前を思い出していた。


 あの敗北を(きっ)した日、油断した。ただの少女を、武器だとは思わなかったからだ。


 少女によって、己は封印されてしまった。少女は武器になり得る。だから、少女は危険だ。真っ先に処理しなくてはならない。あの時、生贄に使われた少女は驚くほどに美しかった。つまり、美しい少女から殺すべきだ。


 雄牛は困惑する乙女達の中で、一人の少女に目をつけた。顔の前で手を握って祈り、涙を我慢しながら目を瞑る、黄金の髪の少女クララ・ドーソンである。


 雄牛は急降下し、見えない体を地にぶつけて、地を抉りながらクララに突進した。当然、クララは気が付かない。


 クララは全く防御することなく弾き飛ばされ、高速で回転しながら宿屋に衝突した。宿屋の廃墟は土煙を上げながら崩壊する。


 隣でクララの肩を支えながら恐怖で泣いていたアンナも弾かれてしまった。だが、直撃はしていない。すぐに立ち上がる。


「クララ様が……‼︎」


 愛する主人が、ひとりでに吹き飛んだ。華奢(きゃしゃ)な体が建物にぶつかり、それが崩壊している。それを理解した瞬間、ぞっとして、全身の毛穴が閉まるようにアンナの筋肉が硬直した。


「だ、誰かーっ‼︎ クララ様がー‼︎」


 アンナはクララに近寄ろうとするが、近くにいたリアンがそれを抱きついて止めた。


「今動くと危ない‼︎ 屈んで下さい‼︎」


「クララ様‼︎ クララ様ー‼︎」


 アンナはそれでもクララの元に向かおうとする。


 クララは腰から下を瓦礫(がれき)に埋めて、倒れている。頭からは沢山の血が流れ出ている。奇跡的に意識はあるようで、何とか瓦礫から出ようとするも、力が入らない。潰れた虫のように、かさかさと腕を動かすだけである。


 だが、涙は流さなかった。声も上げない。助けも呼ばない。聖女を信じて、聖女の足手纏いにならないように、とにかく自分の力で危機を脱しようとしている。


 マリアベルはその様子を見て、顔面蒼白になっていた。手も足も震え、目は泳ぎ、息は荒い。今、マリアベルの中にあるのは、大きな疑問だ。


 ──何故、クララの力が発動しない? 聖女の力を覚醒させない?


 マリアベルが感じるかぎり、クララの魔力は徐々に薄まっている。戦おうとする気がまるでない。恐怖で震えている。逃げようとするばかりである。


 火の聖女も、風の聖女も、大地の聖女も、己も、そしてあのリトル・キャロルでさえも、聖女候補達は窮地(きゅうち)に立たされた時には、急激に血が熱を帯び、魔力を何倍にも高めた。それは空気を伝って、離れていてもヒリヒリと肌で感じることが出来た。生きようとする力が波動となって、周りの人間にも力を与えた。


 だが、クララ・ドーソンは違う。聖女たちに漏れなく感じることが出来た、野生的な力強さのようなものが一切ない。いや、クララだけではない。この場にいる誰からも、その命の昂りとも言える鼓動を感じることが出来ない。


 それは、この場に聖女たる人間が存在していないことを意味していた。


 ──では、この惨状は何のために引き起こされたのか?


 何のために、健気なクララ・ドーソンは傷ついている? 何のために、ただ穏やかに暮らしていた子供達が怯えなければならない?


 みな、死ぬ。間違いなく死ぬ。すると、この子達の親は泣くだろうか? 彼女たち、彼らに、死ななければならない罪はあったか?


 ──私は一体、何がしたかった?


 父の涙が脳裏をよぎり、泣き叫ぶアンナの顔がエスメラルダに見えた、その時。マリアベルは飛び出した。足に絡む魑魅魍魎(ちみもうりょう)の手はない。体は今までになく軽かった。颯よりも疾く、ただ前に進み、急いでクララ・ドーソンの前に身を投げ出した。


 その瞬間、雄牛がマリアベルに激突する。防御体勢を取れていないマリアベルは直撃を喰らい、鉄砲玉のような速さで弾かれて、石柱に衝突した。球のように跳ね返り、次いで2回石柱に衝突したあと、離れた時計塔に激突し、それを崩壊させながら地に落ちた。


 腐った(かね)の音が地下に鳴り響く。遅れて、少量の血の雨が降った。


「聖女様……⁉︎」


 リアンは走り、倒れたマリアベルに近寄った。


 マリアベルの体はいびつに曲がり、血溜まりがサラサラと瞬く間に広がっていった。血は波立ち、彼女の体を修復しようとしているが、肝心のマリアベルは頭を強く打ち気絶している。目を力無く開いたまま、一定の間隔でごぽごぽと口から血を吹き出している。


「あなたが今ここで気を失って、どうするのですか‼︎」


 揺らし、頬を叩く。だが、まるで返事がない。


「……!」


 リアンは気がつく。マリアベルが、涙を流している。だがそれは今、流しているのではない。クララの前に身を投げ出そうと()けた時、涙を流しながら、そうしたものだった。


 リアンは固まった。一瞬、考えてしまったのだ。この悪女は、何を思って泣いたのかと。


「こっちへ! 早く!」


 子供達を誘導するエリカの声を聞き、リアンは我に返って顔を上げた。聖女が気を失った今、ここにいる兵士達で雄牛を何とかしなければならない。固まっている場合ではない。


 だが、自分には武器がない。吹き飛ばされた。どうする。


 ふと、マリアベルの腰にある石剣に気がつく。この伝説の武器は、どうやら吹き飛ばされることがなかったらしい。これならば、雄牛を斬る事が出来るかもしれない。


 リアンは石剣をマリアベルの腰から外し、手に持つ。そして、剣を抜こうとするが──。


「──抜けない!」


 刃を包む布が剣から離れない。マリアベルはスルスルと布を外していたのにも関わらずだ。では、何か留め具があるのか。確認してみても、それらしきものが見られない。ただ布を巻き付けてあるようにしか見えない。


「聖女じゃなくちゃ、抜けないのか……⁉︎」


 その瞬間、リアンを女子と勘違いした雄牛が迫り、彼を弾き飛ばした。手から石剣が離れ、転がる。


 リアンは地に叩きつけられ、2、3と跳ねて倒れた。体を強く打ったので、息がしにくい。が、何とか立ち上がる。


 続けて、雄牛が攻撃を仕掛ける。リアンは風を切る音だけを頼りに、無理やりに転がって一撃を免れた。そして、二度続けて己に攻撃を仕掛けられたことが分かって、標的は自分に向いていると確信した。つまり、雄牛はクララの次に美しい女子はリアンであると格付けしたのだ。


 リアンは周りを見る。辺境伯軍のミッシェルとエリカが、子供達を避難させようとしている。だが足を挫いた子供や、落ちてきた巨大な根の下敷きになっている子供がいて、上手くいっていない。


「僕が引き付けている間に、早く‼︎」


 エリカは叫ぶリアンを見た。


 ──彼は満身創痍ではないか。


 左腕は肘から下があらぬ方向に曲がっていて、頭からは血が流れている。こんな状態で引き付け役など、全う出来るはずがない。


 そう思った時、パンという音が響いた。リアンの前方から地を抉り、瓦礫を巻き上げながら、空気が迫り来ている。雄牛だ。先の2発よりも、巻き上げる瓦礫の勢いが強い。直撃すれば間違いなくリアンが千切れ飛ぶだろうと、エリカは直感した。


「来るッ‼︎ 前ッ‼︎」


 エリカが叫ぶ。


 だが、叫ぶより前に、リアンもその存在は認めていた。なんとか避けるつもりでいるが、膝が笑って上手く力が入らない。


 それで、リアンは覚悟を決めた。どうせ己は(めかけ)の子。城に戻ったとしても、歓迎されない。ならば、ここで少しでも多くの子供を助けるために、その身を犠牲にするのも悪くはない。


 そう思って迫る空気を見据(みす)えた、その時であった。向かって来る見えない身体が、自分の左脇を勢いよく駆け抜け、背後で建物をいくつか薙ぎ倒した。リアンの体には、雄牛の体は掠らなかった。


 リアンは目を見開き、振り向いた。


『ブオオオオオオオオオ‼︎』


 猛々(たけだけ)しい鳴き声が響く。


 瓦礫の上に、何かがいる。苦しんで、のたうち回っている。


 それは、全身を(にぶ)い黒と緑を混ぜたような色に覆われた、半透明の、細長い、蛇のような、あるいは太刀魚に似た、角のある魔物であった。


 リアンは一瞬、新しい魔物が出現したのかと思った。だが、すぐにそれを自分で否定する。間違いなく、自分のすぐ横を雄牛は駆け抜けたのだから、あの蛇のような魔物は『風を食む雄牛』の他ならない。


 そうか。雄牛と名付けられてはいるが、それは六百年ほど前に、この見えない魔物の猪突猛進(ちょとつもうしん)な様を『雄牛』と例えただけで、まさにそのような姿だとは限らないのか、と気づく。


 リアンは雄牛が抜けていった軌道に、ふわふわとした緑色の何かが舞っているのを見る。肩に乗ったそれを、つまむ。一瞬、なんなのかと考えたが、すぐに答えがわかった。以前、これを見たことがあるのだ。


 城の中、しばらく使われていなかった古い食糧庫を整理しろと兄弟に言われた時。そこに放置されていた橙の箱を誤って倒してしまった。すると、緑とも黒とも言えないふわふわしたものが舞った。


 これは、カビだ。


(雄牛はカビたのか……?)


 雄牛はその長い体をジタバタとさせていたが、ようやく落ち着きを取り戻し敵を見据えた。敵とは、リアンではない。その後ろにいる者に目を向けている。


「キャロルさん……‼︎」


 エリカが、叫んだ。リアンは振り向く。


 そこにいたのは、紺の髪をした女だった。長い髪を風に躍らせ、右手の(てのひら)を雄牛に向けている。鋭い目の金の色は、眼力だけで敵を喰らわんとするほど猛々しく燃えていた。


「リトル・キャロル……?」


 リアンは自分の知る、学園にいた頃と少し様子の違うリトル・キャロルに戸惑いながら呟いた。


 キャロルは雄牛から目を離さず、言う。


「マリアベルを連れて離れてくれ。少々派手にやる必要がありそうだ」


 そして煙草を吸おうと思ったが、風が強くて火を付けるのに苦労すると思い、やめた。

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