手紙
キャロルは劇の最中にふらりと抜け出し、城の客間に戻った。
麻栗樹の椅子に深く凭れ、目を閉じて煙草を1本吸い切る。やがて羊皮紙を机に敷き、筆を取った。
各聖女隊に向け、同じ内容の文を4枚用意する。まずは『春の目覚め』の概要を簡潔に記し、次に知りうる限りの不死鳥の情報とそれを無力化する方法、それから魔法陣の書き方を認めた。最後に輝聖としての命である旨を念押しし、不死鳥を封じるための印章を巻き込んで、羊皮紙を紐で括る。
書き終えた後で、もう1本煙草を吸い、上手に時を過ごした後でまた新しい紙を取り出す。今度は良質で、美しく、薄い紙であった。透かせば仄青い。薄氷のよう。ヒューバートに頼んで最高級のものを用意してもらった。想像以上の逸品を貰えてキャロルは満足している。
再び筆を走らせる。聖女一人一人に向けて、友人リトル・キャロルとしての言葉を紡ぐ。光の聖女として接するだけでは寂しかった。だから、声にし難い想いを伝えようと思った。
筆先が線を引く音を立てる。他に音はなく、静かだった。宴の声はここまで届かない。
───
──
―
※
リューデン公爵領ニューカッスル差出
神の寵愛を受けし水の聖女
サウスダナン子爵令嬢
親愛なるマリアベル
神の恩寵を賜る貴殿に、深い敬意をもって挨拶申し上げます。
さて、秋が深まり真っ赤な藜の実がなる頃に、差出人のない手紙が届き、
それには嬉しい内容が書かれていましたが、あなたには関係のないことですね。
ともかく私は、その手紙の暖かさに触れたことで、
光の聖女であることを公に示す覚悟を決め、
そうすることができました。
改めて感謝を申し上げなくてはなりません。
願わくは、もう一度あなたと言葉を交わし、
未だ私の心の多くを占める、果てしない焦燥を慰めたいと思っています。
例え沈黙が続いたとしても、私はそれで構いません。
心を込めてあなたを抱きしめます。
ありがとう、かけがえのない、私の大切な友達。
リトル・キャロルより。
※
リューデン公爵領ニューカッスル差出
神の寵愛を受けし大地の聖女
ナヴァラ朝カタロニアの王女
親愛なるメリッサ
太陽の国カタロニアの大いなる殿下。
神の恩寵を賜る貴殿に、深い敬意をもって挨拶申し上げます。
そして、友として文を認めることを、どうかお許しください。
まずは私のエリカに薬を届けてくれたことを感謝申し上げます。
さて、あの夏の日、あなたに会えた瞬間を昨日のことのように思います。
炎の熱が頬に蘇り、灰の臭いは鼻腔を擽り、
そしてあなたを抱きしめた時の温もりと、髪の香りは今も胸を締め付けます。
出来るならば、落ち着いて話したかったのですが、
それは叶いませんでしたね。
いつか、よく晴れた日にお茶を飲みましょう。
2人で特別な菓子を持ち合わせるのです。
その時はぜひ、私の分不相応な悩みに対するあなたの賢明な考えをお聞かせください。
そしてどうか、甘えさせてください。
あなたの良き姉妹、
リトル・キャロルより。
追伸
エリカ・フォルダンは私の下で剣を振るうそうですから、
今しばらくそっとしておいてあげてください。
あなたの逞しさと友情にはいつも感謝しています。
※
リューデン公爵領ニューカッスル差出
神の寵愛を受けし火の聖女
リンカーンシャー公爵令嬢
親愛なるニスモ
神の恩寵を賜る貴殿に、深い敬意をもって挨拶申し上げます。
あなたの前では私のどんな言葉も棘となってしまうことでしょう。
ただ、今日は愛を込めて言わせてください。
正直なところ、私には、あなたがどうして私を憎むのか、理解ができません。
それは私の中に愚かしさと偏見があり、
同時に、あなたの中にも愚かしさと偏見があるからだと思います。
私は卑しくも、あなたの心を覗きたく思います。
何故ならば、あなたからの憎しみを受ける事は辛く悲しい事ですが、それを見て見ぬふりをして過ごす事は、もっと耐え難い事だからです。
私は、私たちの間に生じた大きな誤解と深い悲しみが解消されることを望んでいます。
どうか、1人の少女としてあなたと向き合えるよう、
いつまでもあなたの味方でいられるよう、
そしていつか、額にキスが出来るよう、祈ります。
心からの敬意を込めて
リトル・キャロル。
※
リューデン公爵領ニューカッスル差出
神の寵愛を受けし風の聖女
ファルコニア伯爵令嬢
親愛なるローズマリー
神の恩寵を賜る貴殿に、深い敬意をもって挨拶申し上げます。
まずは礼を言わせてください。
一番辛い時にそばにいてくれて、ありがとう。
あの時、冴ゆる朝、
ローズマリーが私を抱きしめてくれなかったら、
今、どのようにしているのか、想像することすら出来ません。
そして、不死鳥の奇襲を受け、深く傷ついたあなたを頼る形となったことを謝らせてください。
繊細なあなたのことだから、塞ぎ込んでいるかもしれませんが、
あなたが再び立ち上がってくれることを信じて、
この手紙を送ります。
私はこの一連の戦いを『春の目覚め』と名付けました。
凍てつく雪が溶けて、国中の乙女達が草むらを春風となって駆けることを願い、そのように命名しました。
そして私たちは、
あの日の朧げな約束を思い出し、
春となって、川の水が温む頃に、
苺を摘んでジャムを作るのです。
あなたのリトル・キャロルより。
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翌、朔風二十日余、未明。
リューデン公爵領南部バンズヒル郊外にて自警団の青年が32呎(10メートル)の蜘蛛がひっくり返っているのを発見。それはくしゃりと脚を畳んでおり、絶命していた。
その報を受けたリトル・キャロルは、その魔物を応声虫と名付ける。念の為、その場に飛蝗の死骸を集めて燃やし、塚を作らせた。
以降、飛蝗雲の被害は確認されていない。
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