蠢動(前)
同、朔風 更待午後6時。『春の目覚め』に関する本会議が行われる。
城内謁見室は静まり返っていた。領内から貴族や騎士達は、背に棒を沿わせたようにピシリと立って主人が口を開くのを待つ。
振り子時計が鐘を鳴らす。沈黙の部屋に長い余韻を残して音が消えた時、玉座のヒューバートが言った。
「勇敢なる騎士諸君、これより『不死鳥フェニックス』に対する手立てを説明したいと思う。──さて便宜上、我々はこの戦いを『春の目覚め』と名付けた。これは文字通り、厳しい冬を凌いだ我らリューデンの民が、麗しの春を乞い、ついに太陽を取り戻さんという願いを託した名である。銘々そう解釈せよ」
ヒューバートは生真面目な風に続ける。普段の不真面目で斜に構えた態度は見受けられず、領主の威厳に満ちていた。
「なお今件で実質的な指揮を取るのは、大白亜のリトル・キャロルである。領主の命により作戦遂行時に限って、彼女を全き主人として従え」
玉座の隣で立っていたキャロルが前に出た。
騎士らは注目した。……閣下の隣で意味深に控えていたからもしやとは思ったが、やはりこの女が輝聖らしい。
「お忙しい中お集まり頂き、感謝申し上げる。私はリトル・キャロル。公爵閣下との討議の末、此度は私が指揮を取ることになった。勇猛果敢なお歴々のお力を借り、天下太平を手にしたいと考えているので、宜しく御引き回しの程お願い申し上げる」
騎士らは押し黙る。キャロルの言葉遣いや仕草から為人を見定めようと、各々が試みていた。噂では貧民窟の出身らしいが、果たして我らに与するに相応しい人間だろうか。そして、仮に光の聖女が存在したとして、それに足る器なのだろうか。
「さて『春の目覚め』の最終的な目標は、不死鳥の脅威を失くす事にある。──但し、私が率いるリューデンの軍は捕縛を第一に検討する」
騎士の内の誰かが『捕縛?』と呟いた。
「その疑問ご尤も、ハイドン卿」
呟いたハイドン卿は小さく跳ねて驚いた。今日初めて会ったというのに、名前を覚えられているらしい。
「閣下は不死鳥の血をお求めになっている。古い書物によれば、その血は『不老不死の妙薬』となるのだとか。これは瘴気に怯える世界において一縷の希望となりうると判断し、大白亜も協力することにした。だけれど私が危険だと判断した場合は即座に考えを改め、不死鳥の封印、或いは討伐に移行する」
その時、騎士の1人が口を開いた。背の高い男であった。
「その捕縛は我々だけで行うのであろうか」
キャロルはその男に向き直る。
「まずは永蟄居からのご生還、お喜び申し上げる。お身体に触りはありませんか」
男は面食らったし、他の騎士達はこれでよくよく分かった。リトル・キャロルは今日の会議に出席する全員の名と境遇を覚えて来ているらしい。
「あ、ああ」
辿々しく返事をした男はマン男爵と言い、先代領主を諌めたことで永蟄居を課せられた忠義者であった。
「質問の答えだが他にも協力を仰ぐ。──想定しているのは各聖女隊と、大白亜の坊主達から成る隊だ」
今まで黙して聞いていた騎士らであったが、これには驚きを隠せずにどよめきだした。キャロルの言はつまり、聖女全員が漏れなくこの戦いに参戦することを意味した。
「し、しかし。聖女たちの足並みは思うように揃わぬと噂をお聞きするが……」
「よくご存知で。聖女とは言え思春期の女子だから、多少のいざこざは目を瞑っていただけると助かる」
これは軽い冗談のつもり。
「今回は私が渡りをつけておくから、そのつもりでいてくれて良い」
そしてまばらではあるが感嘆の声が漏れた。
「も、もう1つ宜しいか」
「気兼ねなく」
「この場には騎士貴族集めたものと存ずるが……、彼らは……?」
マン男爵は並びの中に混じる神官や尼達を見遣った。彼らは鶺鴒一揆の最中、『聖女はいる』と民草に教えて回ったことで投獄されていた聖職者たちだった。
「これについては頭脳に説明を譲ろう」
言うと、キャロルの後ろに控えていたジャック・ターナーが入れ替わるようにして前に出た。
騎士らはギョッとする。入城の際の大騒ぎは多くの人の知る所。噂によれば救貧院の修道女を食い殺して出てきた気触りだとかなんとか。冷静に考えればあり得ない話だが、あの日の暴れぶりを見ると中々に説得力があるようで、信じている騎士も多かった。
ジャックは彼らの青褪めた顔をちらりと見て『我を失いすぎたか』と心の中で反省、ぼりぼりと頭を掻いて頭垢を散らした。手元の羊皮紙に目を落とし、積もった頭垢をぱっぱっと払ってから説明を始める。
「あー、まずは……。現在の状況から共有しておこうと思う」
飄々とした口調。今日は普段のジャックだった。悲しいかな、神に出会してから日によって気分が乱高下する。
「不死鳥はここ数日行方知れず。王国各地の神官が注意深く空を見ているものの、とんと現れぬと報告を受けています。ですが皆々様ご存知の通り、不死鳥は聖地を巡っており、今後もその習癖に従うものと考えております」
ジャックは筒状に丸めた大地図を取り出して、それを広げて見せた。王国全土の地図で、これには幾つかの印が記してある。
「不死鳥は古い聖地を巡る。比較的新しい聖地や軟弱な魔物が眠る地に関しては無視していると言って良いかと」
騎士らその場から動かず、じっと地図を見ている。
「なので次に降り立つのも古い聖地、つまりは強力な魔物の眠る地に降り立つと仮定して、待ち伏せを行います」
ジャックは地図に描かれた赤い罰印を指差した。
「この6つの赤罰は、次に不死鳥が降り立つであろう聖地です。まず、1つ目。リューデン公爵領北部にある環状石籬、名をイヴランド・サークル。ここは輝聖率いるリューデン公爵領軍が待ち伏せます」
リューデン公爵領には環状石籬の聖地が複数存在する。このイヴランド・サークルには『単眼の巨人』という魔物が封じられており、地団駄を踏んで地割れ地滑りを起こす、と古い記録にある。
「次にマール伯爵領内、聖タロスの灯台。封印の獣『八つ目の海獣』は海嘯を起こす。ここには陸聖率いる第四聖女隊とマール伯爵領軍が控えます」
次は王室領王都の東、ホルスト伯爵領内を指差す。
「ここにあるのは聖地キャンベル塩湖跡。封印されるのは『塩の悪魔』と呼ばれる正体不明の魔物で、広い範囲に塩害を齎し森も畑も枯らすとされます。ここには空聖ローズマリーと第三聖女隊、それからホルスト伯爵領軍に待機して貰うよう手筈を整えます」
大白亜の調べによれば、風の聖女はホルスト伯爵領内にいるらしい。ただ、意図的に情報が隠されており、それ以上の事は分からなかった。恐らくは正教会が関与していて、魔物相手に敗れたことが広まれば聖女の神秘性を損なうと考えたのだろう。聖女に敗北は許されない。
「次にテンプルバリー伯爵領。城塞都市シャーリーバラ内ファブ地区のエリザベス大教会に封じられる『月の大翼竜』。大風を起こして全てを吹き飛ばすとされます。ここには海聖マリアベルとピピン公爵領に向かってもらう」
テンプルバリー伯爵領はピピン公爵領と隣る。何人かの騎士は首を傾げた。水の聖女は王都にいるのではないのか。
余計な質問が来る前にと、ジャックが次に指差したのは王国北部リンカーンシャー公爵領に隣接するフロスト=サザーランド公爵領内山岳地帯。
「ルナール山系、ラッセル城趾に眠る『岩竜シャーズナ』は地を割り山を崩すと記録されます。ここは焔聖と彼女の信頼なる軍勢が対応する」
最後に、と前置きして王都王室領の東、瘴気との境付近を指差す。
「レギン伯爵領西部。この場所には聖地『ウィンダム卿の大屋敷』が建ち、王国中に長雨を降らせた『舞舞の魔物』が眠る。ここには大白亜の聖職者が陣を構えます」
舞舞とは蝸牛のことである。
「以上6カ所で待ち伏せをし、不死鳥を迎え撃つものとします」
「お、お伺いして宜しいか」
ハイドン卿が控えめに問う。
「大白亜は未だ軍備が整わぬと聞くが、不死鳥が降りてきて対処できるものなのか……」
「熱心な坊主や巫女で一隊とします。想定は1卒(100人)。輝聖曰く『元教皇クリストフ五世を脅して骨太を用意させる』と」
キャロルは首肯した。
「今回の戦いで重要なのは剣の強さではなく『祈りの強さ』です。勿論、貴殿らも頼らせて頂きたく思いますが、基本的には信心が試されるものとお心得頂きたい。──では、実際にどのようにして不死鳥を捕縛するのかを説明させていただきます」
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