鵲(後)
翌、朔風臥待朝7時。
昨夜に続き、城内集会場にて兵糧についてを定める。会議に参加したのは昨日の面々に、商いに明るい貴族と騎士を含めて都合30名。
用意する兵糧は1人あたり1日、21啢(600グラム)の乾餅、0.4磅(200グラム)の羊肉、或いは素干しの鱈を一尾、扁豆少々、葡萄酒が0.5呏、蜂蜜酢が少々と決定。
飛蝗やその他災害の影響により、食料の収集は困難まる事が予想された。
□□
同、朔風臥待。『春の目覚め』に際する3度目の会議が行われた。
ここでは『祈祷』を用いて不死鳥に対抗する事を決定。
また、改めて兵力の精査を行った。思いの外領内の志願兵が多いことから傭兵を使用しないことに決定。但し聖職者に関してはより多くを収集、もし村々に霊感のある者、魔法に長ける者がいれば協力を促す。祈りの強さは人数に比例する。
騎士の1人が問う。
「大白亜に助太刀は乞うのか。乞うのであれば、頑なな貴族を窘めねばなりませぬな」
当然ながら大白亜派の介入を快く思わない貴族も少なくはない。理由は様々で、輝聖は原典に存在しないと考えていたり、大白亜派が出しゃばることで自身の地位を脅かされると思っていたり、とにかく足並みが揃わない。
ヒューバートは葉巻の煙を吐き出して言う。
「どうする、キャロル。俺は大白亜派の坊さん達を呼んでも良いと思っているぞ」
「いや、必要ない」
キャロルはさっぱりと否定した。
否定する理由は、クリストフ五世にある。あれは百戦錬磨の古狸。公爵領に借りを作らせる形になれば、今後どんなことを言い出すか分かったものではない。余計な争いの種となろう。
勿論『春の目覚め』にはクリストフ五世にも協力して貰う。が、公爵領の保全には関わらせない。況してや領内に入れるなどは避けたかった。
「私たちだけでやろう」
「良いのか? 優れた聖職者は大白亜の方に多いだろう。遠慮することはない。大白亜派の関与に文句を漏らす貴族がいれば、俺がたっぷりの酒とどっさりの金を持って、雪の中裸足で歩いて屋敷に行くさ。こう見えて機嫌取りも上手いんだ」
キャロルは片眉を上げて言う。
「いや、大白亜派は幾分個性豊か。気触りもいれば色男もいる。不死鳥を待ち伏せるのに人間博覧会を作っては、警戒して近寄ってはくれんよ」
騎士達がくすりと笑うので、続けた。
「見物にも賄賂がいるかも知れないし」
そしてどっと笑い声が溢れた。賄賂は公爵領の文化である。
□□
明けて朔風 更待午前9時。城壁内の大広場に計25台の馬車が到着した。
「「「フレデリックさまー!」」」
黄色い声を上げながら、乙女達が馬車から降りる。パタパタと駆けて一直線、人によっては倒つ転びつ、向かう先はフレデリック・ミラーの下であった。
フレデリックに寄ると、まるで親鳥を迎える雛のようにぴいぴいと高い声で一斉に話し始める。
「お願いされた品を、ありったけ持って来ましたの!」
「頑張って集めましてよ! とても頑張りましてよっ!」
「フレデリックさま、こっちを向いて! 私のお話を聞いて欲しいですわっ!」
彼女たちはニューカッスルに棲まう貴族の娘、或いは商人の娘である。フレデリックに会える、とこの日のために着飾ったわけで、流行りの香水の臭いが辺りに炸裂した。
「さあ、ご覧あれフレデリックさまっ!」
お茶っぴいな乙女達に押されながら、フレデリックは馬車の1つを確認。これには『死者の王』との決戦を控えるエリカ・フォルダンが使用する装備が詰め込まれていた。
まず、ボウガン用の矢がどっさり。
それと銃が一丁。しかし前装式銃ではなく、物珍しい喇叭銃! 散弾が撃てる代物で、今では作れる人間も少なく、希少である。
それから、刃を砕く為の剣砕き。切れ目の入った短剣のこと。この切れ目で敵の刃を受け、一捻りすれば刃が砕けるといった寸法である。フレデリックは彼女達に送った手紙に『死者の王は大鎌を持っている』と書いたから、気を利かせて持ってきてくれたのだった。
あとは投擲用の火薬玉。そして──。
「おお、素晴らしい。これが噂に聞く『魔を跳ね返す魔道具』でございまするか」
フレデリックは赤い天鵞絨の宝箱の中から青銅の鏡を取り出した。鏡の背部には取手があり、盾である事が分かる。鏡面を神や天体などを象った装飾がぐるりと囲い、まるで美術品。この小さな盾は武器職人の名を頭に『フランクリン鏡』と言う。
フランクリン鏡は全てで10帖作られており、繊細な代物なので現存しているものは6帖程度だとされていた。珍品である。
「フレデリックさまを想って、お父様に内緒で持ち出してきましたのっ。是非ともお役に立ててくださいまし」
これは陸聖の持つ『麤皮の鏡』のように全ての災いを跳ね返すというわけではない。だが、光や炎に由来する魔法であれば、ある程度を返す事ができる代物とされる。
ただし繊細なために受けた魔法が強いと割れるし、本質は鏡であるから剣や矢などが触れれば割れる。故に実戦で用いられた記録はあまりなく、主に観賞用か祝典用の盾であった。
「某の我儘を受け入れていただき、誠に忝い」
そう言ってフレデリックが笑むと、乙女達はきゃあきゃあと黄色い声を上げた。
「あっ、あと、食料もいっぱい集めたんですのっ! お父様にも集めるのが難しいくらい、たっくさんですわっ! 隣領のお友達とかも頼って、それで、それで……」
辿々しく喋る彼女は、コックス商人の娘。なんと必要な兵糧の4分の1を用意してくれた。
「わ、私も頑張りましたわっ! お父様は薬に明るいのよっ! 香草に虫螻、角やら爪やら集めましてよっ! 必ずお役にたててくださいましねっ!」
ずいずいと押すように喋る彼女は元薬師のサンド商人の娘。本人に薬の知識はないが、それでも一生懸命に調べて、それらしき薬材をどっさり持ってきた。
「私なんか、馬糧にと豆を持ってきましたのよっ!! お馬さんがもりもり力をつけるはずですわっ!! 家来たちに頼んで、飛蝗に負けじと届けてもらったんですのっ!!」
声楽を学んで一際声の大きな彼女はシールズ男爵の娘。男爵は隣領マーシア公爵領に多くの商人を抱え込む。
「貴女らのお働き、痛み入る。某の剣にかけて、貴女らの営みを守ると約束しよう」
「「「「キャーーッ!! 素敵ーーっ!!」」」」
黄色い声がパンと弾けた。城に声が跳ねて、わんわんと響く。城内、窓際には使用人やら文官やらが立って、何事かと顔を顰めて様子を伺っている。
「詩も書いてきたんですのっ!!」
「私、お守りを作ってきましてよっ! 身につけて戦って下さいましっ!」
「私なんか、魔法で水をいっぱい作って持ってきましたのっ! 行軍ってお水が必要でしょう!? 私のお水を飲んで、フレデリックさまっ!」
わいわいきゃあきゃあと乙女達に囲まれる。そんなフレデリックの様子を、キャロルは遠巻きから冷笑的な表情で眺めていた。
背後からの視線に気がついてか、フレデリックがちらりと振り返ってキャロルを見た。離れた柳の木の下で、キャロルは今吸っている煙草を指差している。勘の良いフレデリックはすぐにその意味を察した。
「すまないが、もう一つ頼まれてくれまいか。煙草などを兵達に与えたいと思うのだが……」
「「「「はい、喜んでっ! すぐに掻き集めて来ますわっ!!」」」」
煙草は兵達の癒しであり、語らいの道具である。行軍の間、兵同士に語らいがあったかどうかで生存率が大きく変わる。
□□
同、朔風 更待午後2時。ニューカッスルの大使徒就寝聖堂にて、エリカ・フォルダンの身体及び武器の聖化が行われる。聖堂名の大使徒とは使徒ザネリの事であり、就寝とはつまり永眠のことで、ザネリの死を記念して建てられた聖堂であった。
一般的な祭服を着込んだキャロルが祭壇に向かって十字を切り、祈りの言葉を口にする。全てを唱え終えると、背後で跪くエリカに向き直り、もう一度十字を切る。
エリカは白装束に身を包んでおり、彼女の前に白い布が敷かれていた。その布の上には黒曜の剣、それからボウガン用の矢と、喇叭銃に詰め込む鉛玉が並べられていた。
キャロルは灌水棒を振り、エリカと武具に聖水を塗す。深く呼吸をし、
「神の御前に跪くべし」
とさらりと呟く。これで多少は染み付いていたであろう穢れは祓われた。次に、
「名は」
そして、エリカは剣、矢、弾丸それぞれに名を与える。名は一時的なもので構わないが、強い聖を付与するには必要な作業であった。
「剣は母『マイア』の名を」
エリカにとって母は何ものにも代え難い存在である。
「矢は『雀』。弾丸は『木星』」
言い終わると、キャロルは聖塩を武器の周りに撒き、
「エリカ、マイア、雀、木星に主の御旨がなりますよう」
と祈った。
以上でエリカと武器は祝聖が成され、神に近づいたことになる。死者の王を征伐する準備が整った。
「あー、寒い寒い。窓を閉めよう。体が冷える」
祓いを伴う儀式を行う際、屋内の場合は全ての扉、窓を開け放つのが基本である。
□□
同、朔風 更待夜11時。
雪がちらつく中、エリカは美城クイーン・アイリーンの庭園にある泉で泳いだ。鍛錬の一環だった。
その後は人工林の中で火を焚き、体を温める。膝を抱えて火を見つめながら、死者の王との戦闘を思い描く。どのような動きで迫ってくるか。自分はどのように動けばよいか。──1人で勝てるだろうか。
やると決めたし、自分1人の力で倒したい。だが、それはそれとして、緊張する。
エリカはふと思い立って、背負い袋の中から銀のロザリオを取り出した。普段は戦いの邪魔になるからと仕舞い込んでいるもので、ロザリオにはフォルダン家の紋章が描かれている。母マイアの遺品であった。
紋章、盾持ちは牛と聖エドゥケウス。牛は平和と寛容の象徴。聖エドゥケウスとは、辺境伯領において『逞しき聖人』として知られる空想上の大男。強さの象徴である。
エリカはロザリオを首から下げて、枯れ枝を火に投げ入れた。ぶわあと火の粉が舞って、枝が十字の形を作る。
「……大白亜を降りる時と同じだ」
また、十字が現れた。
エリカは不安げにロザリオを握った。──何故だろう、あの時とは違って、それは福音に感じなかった。ただただ沈黙の印象であった。
(私、自分が思ってる以上に心細いんだ)
エリカは目を瞑り、祈る。大丈夫。何を恐れる事があろうか。私は強い。2度も負けない。それに、キャロルの指示の下で準備が進められているのだ。
(全部順調に行ってる。キャロルさんは光の聖女。光の聖女は世界を救う)
そう。万が一にも失敗はないんだ。だって、原典はそういう筋書きだから。
(万事うまく行きますように。私は『死者の王』を倒し、不死鳥を──)
パキリ、と音がした。それでエリカは目を開けた。
「え……?」
焚き火の中で、白と黒の鳥が燃えている。しかも7羽、全て鵲だった。
鵲は迷信の鳥。こうした童歌もある。
1羽の鵲は悲しみの去来。
2羽は吉兆。
3羽は死の予感。
4羽は誕生の光。
5羽は銀であり、6羽は金。
そして7羽は『とてもではないが言えたものではない』。
「いつから燃えてるの……?」
奇妙なことに、エリカがその姿を認めた瞬間、羽が燃えて縮れて、それらは鵲の姿をやめてしまった。
エリカは足で砂を蹴り、急いで火を消した。とてつもなく嫌な予感がした。
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