表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
144/169

鵲(後)


 翌、朔風(さくふう)臥待(ふしまち)朝7時。


 昨夜に続き、城内集会場にて兵糧(ひょうろう)についてを定める。会議に参加したのは昨日の面々(めんめん)に、(あきな)いに明るい貴族と騎士を含めて都合30名。


 用意する兵糧(ひょうろう)は1人あたり1日、21(オンス)(600グラム)の乾餅(ビスケット)、0.4(ポンド)(200グラム)の羊肉、或いは素干しの(たら)を一()扁豆(レンズまめ)少々、葡萄酒が0.5(ガロン)、蜂蜜酢が少々と決定。


 飛蝗(バッタ)やその他災害の影響により、食料の収集は困難まる事が予想された。


□□


 同、朔風(さくふう)臥待(ふしまち)。『春の(スプリング・)目覚め(アウェイキング)』に際する3度目の会議が行われた。


 ここでは『祈祷(きとう)』を用いて不死鳥に対抗する事を決定。


 また、改めて兵力の精査を行った。思いの(ほか)領内の志願兵が多いことから傭兵を使用しないことに決定。(ただ)し聖職者に関してはより多くを収集、もし村々(むらむら)に霊感のある者、魔法に()ける者がいれば協力を促す。祈りの強さは人数に比例する。


 騎士の1人が問う。


「大白亜に助太刀(すけだち)()うのか。乞うのであれば、(かたく)なな貴族を(たしな)めねばなりませぬな」


 当然ながら大白亜派の介入を(こころよ)く思わない貴族も少なくはない。理由は様々で、輝聖は原典に存在しないと考えていたり、大白亜派が出しゃばることで自身の地位を(おびや)かされると思っていたり、とにかく足並みが揃わない。


 ヒューバートは葉巻の煙を吐き出して言う。


「どうする、キャロル。俺は大白亜派の坊さん達を呼んでも良いと思っているぞ」


「いや、必要ない」


 キャロルはさっぱりと否定した。


 否定する理由は、クリストフ五世にある。あれは百戦錬磨の古狸(ふるだぬき)。公爵領に()()を作らせる形になれば、今後どんなことを言い出すか分かったものではない。余計な争いの種となろう。


 勿論(もちろん)『春の目覚め』にはクリストフ五世にも協力して貰う。が、公爵領の保全には関わらせない。()してや領内に入れるなどは避けたかった。


「私たちだけでやろう」


「良いのか? 優れた聖職者は大白亜の方に多いだろう。遠慮することはない。大白亜派の関与に文句を漏らす貴族がいれば、俺がたっぷりの酒とどっさりの金を持って、雪の中裸足で歩いて屋敷に行くさ。こう見えて機嫌取りも上手いんだ」


 キャロルは片眉を上げて言う。


「いや、大白亜派は幾分個性豊か。気触(きぶ)りもいれば色男もいる。不死鳥を待ち伏せるのに人間博覧会を作っては、警戒して近寄ってはくれんよ」


 騎士達がくすりと笑うので、続けた。


「見物にも賄賂(わいろ)がいるかも知れないし」


 そしてどっと笑い声が溢れた。賄賂は公爵領の()()である。


□□


 ()けて朔風(さくふう) 更待(ふけまち)午前9時。城壁内の大広場に計25台の馬車が到着した。


「「「フレデリックさまー!」」」


 黄色い声を上げながら、乙女達が馬車から降りる。パタパタと駆けて一直線、人によっては(こけ)(まろ)びつ、向かう先はフレデリック・ミラーの(もと)であった。


 フレデリックに寄ると、まるで親鳥を迎える(ひな)のようにぴいぴいと高い声で一斉(いっせい)に話し始める。


「お願いされた品を、ありったけ持って来ましたの!」

「頑張って集めましてよ! とても頑張りましてよっ!」

「フレデリックさま、こっちを向いて! 私のお話を聞いて欲しいですわっ!」


 彼女たちはニューカッスルに()まう貴族の娘、或いは商人の娘である。フレデリックに会える、とこの日のために着飾ったわけで、流行りの香水の臭いが辺りに炸裂(さくれつ)した。


「さあ、ご覧あれフレデリックさまっ!」


 お茶っぴいな乙女達に押されながら、フレデリックは馬車の1つを確認。これには『死者の王』との決戦を控えるエリカ・フォルダンが使用する装備が詰め込まれていた。


 まず、ボウガン用の(ボルト)がどっさり。


 それと銃が一丁。しかし前装式銃(マスケット)ではなく、物珍しい喇叭銃(らっぱじゅう)! 散弾が撃てる代物(しろもの)で、今では作れる人間も少なく、希少である。


 それから、刃を砕く為の剣砕き(ソードブレイカー)。切れ目の入った短剣のこと。この切れ目で敵の刃を受け、一捻(ひとひね)りすれば刃が砕けるといった寸法(すんぽう)である。フレデリックは彼女達に送った手紙に『死者の王は大鎌を持っている』と書いたから、気を()かせて持ってきてくれたのだった。


 あとは投擲(とうてき)用の火薬玉。そして──。


「おお、素晴らしい。これが噂に聞く『魔を跳ね返す魔道具』でございまするか」


 フレデリックは赤い天鵞絨(ベルベット)の宝箱の中から青銅(せいどう)の鏡を取り出した。鏡の背部には取手があり、盾である事が分かる。鏡面(きょうめん)を神や天体などを(かたど)った装飾がぐるりと囲い、まるで美術品。この小さな盾は武器職人の名を頭に『フランクリン(きょう)』と言う。


 フランクリン鏡は全てで10(じょう)作られており、繊細(せんさい)代物(しろもの)なので現存しているものは6(じょう)程度だとされていた。珍品である。


「フレデリックさまを想って、お父様に内緒で持ち出してきましたのっ。是非ともお役に立ててくださいまし」


 これは陸聖の持つ『麤皮(あらがわ)の鏡』のように全ての(わざわ)いを跳ね返すというわけではない。だが、光や炎に由来する魔法であれば、ある程度を返す事ができる代物とされる。


 ただし繊細なために受けた魔法が強いと割れるし、本質は鏡であるから剣や矢などが触れれば割れる。(ゆえ)に実戦で用いられた記録はあまりなく、主に観賞用か祝典(パレード)用の盾であった。


(それがし)我儘(わがまま)を受け入れていただき、誠に(かたじけな)い」


 そう言ってフレデリックが笑むと、乙女達はきゃあきゃあと黄色い声を上げた。


「あっ、あと、食料もいっぱい集めたんですのっ! お父様にも集めるのが難しいくらい、たっくさんですわっ! 隣領のお友達とかも頼って、それで、それで……」


 辿々(たどたど)しく喋る彼女は、コックス商人の娘。なんと必要な兵糧(ひょうろう)の4分の1を用意してくれた。


「わ、私も頑張りましたわっ! お父様は薬に明るいのよっ! 香草(ハーブ)虫螻(むしけら)(つの)やら(つめ)やら集めましてよっ! 必ずお役にたててくださいましねっ!」


 ずいずいと押すように喋る彼女は元薬師(くすし)のサンド商人の娘。本人に薬の知識はないが、それでも一生懸命に調べて、それらしき薬材をどっさり持ってきた。


「私なんか、馬糧(ばりょう)にと豆を持ってきましたのよっ!! お馬さんがもりもり力をつけるはずですわっ!! 家来(けらい)たちに頼んで、飛蝗(ばった)に負けじと届けてもらったんですのっ!!」


 声楽(せいがく)を学んで一際(ひときわ)声の大きな彼女はシールズ男爵(だんしゃく)の娘。男爵は隣領マーシア公爵領に多くの商人を抱え込む。


「貴女らのお働き、痛み入る。(それがし)の剣にかけて、貴女らの(いとな)みを守ると約束しよう」


「「「「キャーーッ!! 素敵ーーっ!!」」」」


 黄色い声がパンと弾けた。城に声が跳ねて、わんわんと響く。城内、窓際には使用人(メイド)やら文官やらが立って、何事かと顔を(しか)めて様子を伺っている。


(ポエム)も書いてきたんですのっ!!」

「私、お守り(アミュレット)を作ってきましてよっ! 身につけて戦って下さいましっ!」

「私なんか、魔法で水をいっぱい作って持ってきましたのっ! 行軍ってお水が必要でしょう!? 私のお水を飲んで、フレデリックさまっ!」


 わいわいきゃあきゃあと乙女達に囲まれる。そんなフレデリックの様子を、キャロルは遠巻きから冷笑的(シニカル)な表情で眺めていた。


 背後からの視線に気がついてか、フレデリックがちらりと振り返ってキャロルを見た。離れた(やなぎ)の木の下で、キャロルは今吸っている煙草を指差している。勘の良いフレデリックはすぐにその意味を察した。


「すまないが、もう一つ頼まれてくれまいか。煙草などを兵達に与えたいと思うのだが……」


「「「「はい、喜んでっ! すぐに掻き集めて来ますわっ!!」」」」


 煙草は兵達の癒しであり、(かた)らいの道具である。行軍の間、兵同士に語らいがあったかどうかで生存率が大きく変わる。


□□


 同、朔風(さくふう) 更待(ふけまち)午後2時。ニューカッスルの大使徒(だいしと)就寝(しゅうしん)聖堂(せいどう)にて、エリカ・フォルダンの身体及び武器の聖化が行われる。聖堂名の大使徒とは使徒ザネリの事であり、就寝とはつまり永眠のことで、ザネリの死を記念して建てられた聖堂であった。


 一般的な祭服を着込んだキャロルが祭壇に向かって十字を切り、祈りの言葉を口にする。全てを(とな)え終えると、背後で(ひざまず)くエリカに向き直り、もう一度十字を切る。


 エリカは白装束に身を包んでおり、彼女の前に白い布が敷かれていた。その布の上には黒曜(こくよう)の剣、それからボウガン用の矢と、喇叭銃(らっぱじゅう)に詰め込む鉛玉(なまりだま)が並べられていた。


 キャロルは灌水棒(かんすいぼう)を振り、エリカと武具に聖水を(まぶ)す。深く呼吸をし、


「神の御前(おんまえ)に跪くべし」


 とさらりと呟く。これで多少は染み付いていたであろう(けが)れは(はら)われた。次に、


「名は」


 そして、エリカは剣、矢、弾丸それぞれに名を与える。名は一時的なもので構わないが、強い聖を付与(ふよ)するには必要な作業であった。


「剣は母『マイア』の名を」


 エリカにとって母は何ものにも代え(がた)い存在である。


「矢は『(スパロー)』。弾丸は『木星(ジュピター)』」


 言い終わると、キャロルは聖塩(せいえん)を武器の周りに撒き、


「エリカ、マイア、(スパロー)木星(ジュピター)に主の御旨(ぎょし)がなりますよう」


 と祈った。


 以上でエリカと武器は祝聖(しゅくせい)が成され、神に近づいたことになる。死者の王を征伐(せいばつ)する準備が整った。


「あー、寒い寒い。窓を閉めよう。体が冷える」


 祓いを(ともな)う儀式を行う際、屋内(おくない)の場合は全ての扉、窓を開け放つのが基本である。


□□


 同、朔風(さくふう) 更待(ふけまち)夜11時。


 雪がちらつく中、エリカは美城クイーン・アイリーンの庭園にある泉で泳いだ。鍛錬の一環だった。


 その後は人工林の中で火を()き、体を温める。膝を抱えて火を見つめながら、死者の王との戦闘を思い描く。どのような動きで迫ってくるか。自分はどのように動けばよいか。──1人で勝てるだろうか。


 やると決めたし、自分1人の力で倒したい。だが、それはそれとして、緊張する。


 エリカはふと思い立って、背負い袋の中から銀のロザリオを取り出した。普段は戦いの邪魔になるからと仕舞い込んでいるもので、ロザリオにはフォルダン家の紋章が描かれている。母マイアの遺品であった。


 紋章、盾持ちは牛と聖エドゥケウス。牛は平和と寛容(かんよう)の象徴。聖エドゥケウスとは、辺境伯領において『(たくま)しき聖人』として知られる空想上の大男。強さの象徴である。


 エリカはロザリオを首から下げて、枯れ枝を火に投げ入れた。ぶわあと火の粉が舞って、枝が十字の形を作る。


「……大白亜を降りる時と同じだ」


 また、十字が現れた。


 エリカは不安げにロザリオを握った。──何故だろう、あの時とは違って、それは福音(ふくいん)に感じなかった。ただただ沈黙の印象であった。


(私、自分が思ってる以上に心細いんだ)


 エリカは目を(つむ)り、祈る。大丈夫。何を恐れる事があろうか。私は強い。2度も負けない。それに、キャロルの指示の(もと)で準備が進められているのだ。


(全部順調に行ってる。キャロルさんは光の聖女。光の聖女は世界を救う)


 そう。万が一にも失敗はないんだ。だって、原典はそういう筋書き(シナリオ)だから。


万事(ばんじ)うまく行きますように。私は『死者の王』を倒し、不死鳥を──)


 パキリ、と音がした。それでエリカは目を開けた。


「え……?」


 焚き火の中で、白と黒の鳥が燃えている。しかも7羽、全て(かささぎ)だった。


 (かささぎ)は迷信の鳥。こうした童歌もある。


 1羽の鵲は悲しみの去来。

 2羽は吉兆(きっちょう)

 3羽は死の予感。

 4羽は誕生の光。

 5羽は銀であり、6羽は金。

 そして7羽は『とてもではないが言えたものではない』。


「いつから燃えてるの……?」


 奇妙なことに、エリカがその姿を認めた瞬間、羽が燃えて(ちぢ)れて、それらは鵲の姿をやめてしまった。


 エリカは足で砂を蹴り、急いで火を消した。とてつもなく嫌な予感がした。


面白いと思ってくださったら、下部のボタンから★評価をお願いいたします。

作品ブクマ、作者フォロー、感想コメント・レビューもお待ちしております。

書籍情報は広告下部をご参考ください。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
html>
書籍第三巻(上)発売中!
書籍第一巻発売中
書籍第二巻発売中
ご購入いただけますとありがたいです。読書の好きな方が周りにいらっしゃれば、おすすめしていただけると助かります。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ