急転
丁度その頃に『聖具発現』の報を受け取ったジャック・ターナーが下山した。雷雪迸る中のことだった。
ジャックは大白亜が用意することのできる究極の駿馬部隊を従えて南下を開始。横殴りの雪の中、瞳を射る稲光が絶え間なく明滅している。幾つかの木々に雷が落ちて燃え盛る街道を、ジャックらは爆走した。
──速く。もっと速く。髪も皮膚も置き去りにするほど速く。
ジャックは遮二無二駆けた。馬を操るその表情たるや。蓬髪の下では目が爛々とし、反対に顔は病人のように青褪めて、まさに気狂いの様相であった。
勢い、烈火の如く。自然の脅威もジャックを止めるには至らない。マーシア公爵領を流れるライブル川の増水も何のその、山道の地滑りも気にすることなく弾丸のように空気を裂いて猛進していく。
ジャックを止めるに至らないのは自然の脅威だけでなく、人の悪意も同様であった。なんと不運な事に野盗の襲撃を受けるが、
「んああっ!! 立ち止まっている暇などないッ! どけぇ! どけぇ! 押し通る!!」
などと目を剥いて大騒ぎをしながら槍を振い、野盗を薙ぎ倒していく。槍が折れたらば剣を振り回し、ついに刃が折れてしまえば、あらん限りの力を振り絞って拳を振って敵の鼻や歯を砕きに砕いた。
「お前達のような信心の無い破落戸など敵ではないっ! 鬣犬の如く群れようとも、この私を止められるものかッ!!」
さて、ジャックは魔術師としても有能である。だから魔法を使って敵を退けても良いわけだが、怒りと興奮のあまり、哀れにも魔法の使い方さえ忘れてしまって、体の底から怪力を発揮し、狂戦士と化していた。これには恐れ知らずの頭領も焦り戸惑う。
「なんじゃコイツ、やべぇ!! 何処からこんな力が湧いて来やがるんだッ!!」
「祈りを忘れた不届者は、馬に蹴られて地獄に堕ちろッ!!」
ジャックの熱気に当てられてか、馬までもが凶暴になり、野盗を次々に蹴り殺していった。
その間、彼に追従している騎士達は何もやることがなく、剣を鞘から抜くことさえなかった。『いったい何処からこんな力が湧き出るのだ』とただあんぐりと口を開けて、ジャックが大暴れする様を見ていた。
それから、道中大狼や獣人に襲われるなどしたが、やはりジャックが1人でそれを退け、部隊が通った後は魔物の血で道が出来ていた。近場に住む百姓たちも血の道を見てポカンとするばかりで、年寄りなどは新たなる天変地異が起こるのでは無いかと心配し、その場で熱心に祈り始める有様であった。
そして一行は尋常非ざる早さでニューカッスルに到着。そのまま街を爆走し、襤褸布のまま美城クイーン・アイリーンに突入しようとした。しかし、然もありなん、浮浪者だと思われて門番に止められる。
「ま、待ていっ! 待てぇーい! 下馬せよ! 何者ぞっ! ここは領主が居城、クイーン・アイリーンであるッ!」
門番2人の長槍に阻まれて、馬上、身体中に飛蝗を纏わせたジャックが叫ぶ。馬も激しく嘶き、怒りを露わにした。
「ええいっ! 小癪なっ! 何の権限があって私を止めているっ!」
「権限も何も、我々は門番だ!」
「誰が決めた!!」
「公爵閣下に決まっておろうが!」
「なんだとっ! 賢しらな口を利くなッ!」
ジャックがわあわあと騒ぎ立てるので、門番歴20年の兵もこれには血色を失い、弱腰になる。
「気触りが暴れ申す! 気触りが暴れ申す!」
ここで追従の騎士達が追いついて合流、しかしジャックの騒ぎ立てぶりに右往左往。無理やり馬から引き摺り下ろし、てんやわんやと大騒ぎ。そしてなんじゃかじゃと煩かったジャックが、今度は急に腰を押さえて呻き始めた。
「う、うう……っ!」
心労極まると結石で腰が痛むらしい。苦渋の表情で俯く。顎から脂汗が滴り始める。
「い、忙しい男だっ! いったい何なのだ! 貴様らの主人はどうなっているっ!」
騎士達は顔を見合わせて、困ってしまう。何なのだと聞かれても、実の所どう説明すれば良いのか分からなかった。『気鬱が昂じて気分が弾けており申す』『神に触れて頭に虫が湧いており申す』とありのままを言ってしまうわけにもいかない。
だから、騎士の1人がそろりと言った。
「わ、我らは特別な訳があって、急ぎニューカッスルに馳せ参じたものとお思いくださりませ」
「特別な訳……?」
門番がそう問うた所で城門の鉄扉が開き、領主リューデン公爵ヒューバートが現れた。
「もしや、ジャック殿か! 我が領に御出なさるやもという事は輝聖リトル・キャロルより聞き及んでおりましたが、随分とお早いご到着」
ヒューバートはいつものように笑みを浮かべてはいるものの、勝気な笑みというよりは苦笑に近い表情であった。流石のヒューバートもジャックを異様だと思った。キャロルから『もしかすると興奮してニューカッスルまで来るかも』と聞いた時には『学者など激情であればあるほど良い』と余裕綽綽に言ってみせたのだが。
ジャックも領主の登場に気が付き、肩で息をしながらも髪を整え──いや、まったく整っていないが努力だけはして、乱れた服装なども同じく整える努力をした。そして平然とした顔を作って、ヒューバートを見つめる。
「閣下、お初目に掛かります。正教軍中将ジャック・ターナーと申します」
中将ではあるが、これは大白亜派としての役職であるので、公には認められていない。
「予め関所には通達していたものの、あまりに急だったので命が行き届いていたかどうか定かならん。通過に苦労はありませんでしたか」
ジャックはぴたりと静止して考える。2秒、3秒と経って口を開く。
「生憎、記憶にございませぬ」
だが追従した騎士達は覚えていた。関所の兵からの問答を受ける間もなく、ジャックが突風の如く門を駆け抜けてしまった事を。騎士たちが誠心誠意詫びたものの、途轍もない額の賄賂を要求されてしまった。
ヒューバートは門番に対して声を上げる。
「この者は輝聖の聖具を見に参った学者先生だ。聖遺物にお詳しい。まずは俺の書斎に──」
ジャックはパッと掌を見せて話を遮る。
「お待ちを。然に非ず、然に非ず」
「ん? 股鋤の聖具を見に来たのでは無いのか。めでたい聖具だぞ」
「いや、お聞きください閣下。キャロルより文を受け取り、汗もしとどに旅支度を行っていた最中のこと。馬廟を調査していた兵が突如として見つけ出したのです」
「見つけ出した?」
「──輝聖の聖具は1つでは無い」
ヒューバートも門番も、目を見開く。
「な、なんだって……?」
そしてジャックは背負っていた桐の木箱を手に抱える。
「ここに……! ここにもう一つあるのです、大いなる聖遺物がッ!! 今すぐに輝聖を呼んではくれまいかッ!!」
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