連戦(前)
次の目的地に向かうため、街で馬車を拾う。大通りに出て手を上げると、一台の馬車が止まった。その馭者は私たちを見るなり、目を丸くして声を上げる。
「奇遇だなっ。観光か⁉︎」
まったくの偶然だが、一緒に怪我人を運んで来た馭者だった。名前は確かトムソンとか言ったか。
「ああ、丁度いい。街を出て北に行ってくれ」
「良いけど……。北って……、何もねえぞ? でこぼこ道が続いて、その先はただの山だ」
「うん」
街を離れて荒れた山道を行く。馬車は石を跳ね、土煙を上げながら、勢いよく急坂を登る。彼の馬は相当に根性があるから、この程度の山道ならものともしない。
「シェンヴァンを倒して、盗賊団を壊滅させるだって……⁉︎」
振動でがたがたと音を鳴らす客室の中からでも、トムソンの驚愕する声が聞こえて来た。軽く理由を告げてみたらこの反応だ。
──炎の盗賊シェンヴァン。
シェンヴァン盗賊団を率いる大首領だ。プラン=プライズ辺境伯領に身を潜めているとされていたが、当領に関わらず幅広く活動をしている。
居場所は最近領軍が突き止めたらしい。ただ、兵力不足の為にすぐには征伐の準備が整わず、軍は頭を悩ませているのだと辺境伯から聞いた。良い機会だったからエリカの為に犠牲になってもらう事にした。
シェンヴァンは精霊サラマンダーから火を盗んだ、という話だ。噂によると、永遠に燃え続ける炎を繰り出すらしい。
さあ果たして、永遠に燃え続ける炎なんて、一体どのような魔法なのか。はたまた本当にサラマンダーから火を奪ったのか。私は非常に気になっている。彼については、前から興味があったのだ。
「ヤツら、80人はいるんだぞ⁉︎」
隣に座るエリカが目を丸くして私を見た。そんなにいるとは聞いてない、と顔に書いてある。
「問題はないよ。エリカは親玉を倒すだけだ」
「残りの79人はどうするんだ!」
「まあ、適当に……」
■■
シェンヴァン盗賊団の隠れ家はウィンフィールド北の山地、その洞窟群の一つ、『死旅窟』と呼ばれる大きな洞窟にある。この洞窟は遥か昔、まだ宗教らしき宗教がない頃、死後の世界に通じていると信じられていた。洞窟内には光苔がびっしりと生えていて、死後の世界へ旅立つ者が迷わないように、道を仄かに照らす。
洞窟に入ってある程度進むと、すぐに開けた場所に出た。椅子や机が並んでいて、酒場のような雰囲気になっている。盗賊達が自分達の好きなように洞窟を変えたのだろう。
松明の灯りの下で紙牌に興じていた3人の男が私たちに気がついた。
「ああ……? 何もんだ……?」
2人が立ち上がり、私たちを睨め付けながら近寄って来る。
もう一人のひょろひょろとした男は、急いで洞窟の奥に消えていき、すぐにわらわらと仲間を引き連れて戻って来た。近くにもう一部屋あったらしい。
やって来た人数を指折り数えてみる。
「33人。トムソンのやつめ、盛りすぎたな」
「私は少なくて良かったな、ってホッとしました」
残念ながらこれで全部な訳はなく、最終的には総勢97名でお出迎え頂いた。どうやらトムソンは少なく見積もっていたようだった。
トムソンへの軽口はさておき。盗賊達は矢継ぎ早に襲いかかって来たのだが、その拳が私に届く前にみな倒れてしまった。今、全員が皮膚をまだらに黒くして、ろくに動ける者は誰一人としていない。
「出来た傷口をそのままにしているから、こうなる。今後は、患部をよく清潔に保っておくことだ。治療の基本だぞ」
奴らは日頃から喧嘩やら盗賊活動やらで、生傷をいくつも作っていた。菌を無作為に放出することで、傷口から体の中に菌が入り、それで具合が悪くなって動けなくなってしまったのだ。熱が出てひどく眩暈がするだろうし、それでも立とうと力を入れれば膿んだ傷口に激痛が走るだろう。
私が菌を放出している間にエリカは洞窟の奥に行ったようだ。今頃、シェンヴァンと戦っているとは思うが、助太刀に行った方が良いだろうか。
「ギャアッ!」
奥から悲鳴が聞こえたので、煙草を吸いながら待つことにした。そして、一本を吸い終わらない内にエリカは戻って来た。髪を掴み、シェンヴァンを引きずって。
「終わったか? 火の魔法は?」
「それが……」
「ゼッテェー殺すッ‼︎ 許さねえからなッ‼︎ テメェの家族も全員犯して殺すッ‼︎ 殺す殺す殺──」
エリカは硬い実を割るようにして顔面に膝蹴りを入れ、シェンヴァンを黙らせた。
エリカが見せてくれたのは、機巧だった。箱の中に油が入っていて、レバーのようなものを引くとそれが空気圧で噴射口から吹き出し、口に仕込まれた火付け石で着火され、炎を吹くという仕組みだ。クソしょうもない答えだったが、まあこんなものだろう。
洞窟の外で待っていたトムソンを呼んで、洞窟内の宝物庫に行く。そこには文字通りの金銀財宝、宝石や絵画、彫刻や聖具、武器など、様々なものが綺麗に並んでいた。
「す、すげぇ‼︎ こんなお宝見た事ねえぞ‼︎」
さて、その中に私の目当てのものもあった。大変貴重な品だが、無造作に転がっている。
「よし。コイツを盗んだって噂は本当だった」
まあ見た目が地味だから、盗んだ後であまり価値がないと見做されたのかも知れない。
「これは、なんですか……? 石?」
拳ほどの大きさで、白と黒とがまだらとなった鉱石。名を、鉄重石と言う。滅多に手に入らない鉱物で、世界中のどの物質よりも硬いとされている。
それとついでに、幾つかの高級煙草を頂戴して、あとはトムソンに任せることにした。
■■
街に戻り、辺境伯に紹介された鍛冶屋へ行く。そこに鉄重石と、エリカの黒い剣を預ける。
この黒い剣は『黒曜の剣』と名付けられていて、フォルダン家に代々伝わるものだった。黒曜石に魔力を込めて形を整え、強靭な刃としている。魔力のこもった刃といっても、黒曜石自体は元は硝子の一種。長年使い続けていたからか、当然のように傷んでいて、刃こぼれもある。
これを機に鉄重石を使い、改めて刃を作り直すことによって、剣を強化したい。その為には一度、黒曜の刃を溶かし、魔法で鉄重石と合わせ、新たなる金属を生み出す必要がある。専門的な技術が必要だった。私では出来ない。
「ほ、本物かこれは……」
鍛冶屋の親父は鉱石を見て生唾を飲み込んだ。
「竜の体は硬い鱗で覆われているから、並大抵の剣だと2、3回斬れば刃が折れる。この剣も悪くないが、万全にしたい」
エリカはそれを聞き、顎に手をやって悩み始めた。
「色は変わるのでしょうか?」
「変わらないよ。復讐の黒は、そのままだ」
私がそう言うと、エリカはぱっと笑顔になった。
前々から気になっていたが、エリカは年頃の女子の割にやけに黒色に拘る。恐らくは竜に対して『決して怨みを忘れず』と意味を込めているのだろうな、とは思っていた。どうやらその推理は当たりだったらしい。
「あっ、でも……。作業が終わるまで剣が無いですが、それはどうしたら……?」
「サブウェポンはあったほうがいいな。ついでにコレに油をさしてくれ」
親父にボウガンを渡す。すると、親父は目ん玉を剥き出して驚いた。
「あんたね、どこでそんなもん手に入れたんだ?」
シェンヴァンが装備していたものだ。『永遠の炎』同様に精密な機巧になっていて、箱についたハンドルを回すことで連射が可能になっている。コイツは本当に見事な品で、こそ泥に使わせておくなど勿体無いことこの上ない。ありがたく使わせて貰う事にした。
■■
さて、二日間ボウガンを練習をした後、狩人アイザック・ドゥーエンに挑む。
彼は何十年も前から、数々の札付きの魔物を狩ってきた猛者。魔物を熟知し、魔物のように動き、魔物のように仕掛ける。そこに人間の知能も合わさるのだ。見た目はただの浅黒い爺さんらしいが、油断ならない相手だ。
王国の叙勲を断ったり、スカウトに来た冒険者に因縁をつけたりと、まあ、なんというか、クセ人間でもある。
彼の最大の武器は100色の毒矢。敵の体格・性質にあわせて調合された毒は脅威だ。
掠りでもすれば……、いや、毒矢が地面に刺さった時の飛沫が体に触れても負けるので、良い修行になる。
■■
ウィンフィールドの街から南に行き、人里離れた小さな森に入る。川の近くにボロボロの小屋があって、そこがアイザックの棲家だった。
威勢よく入って戦いを申し込むと、彼は何も喋る事なく外に出て、高く跳び、木の上に登った。既に手には弓が握られている。
「どうやら、もう始めていいらしいぞ、エリカ」
エリカも小屋から出て、ボウガンに手を添えた。アイザックもそれを認めて、猿のように木々を跳び回り始める。戦闘開始だ。
さて、この素早い動きをどう攻略するか。アイザックは地上に降りて来る事はないし、枝や葉が邪魔をして敵に狙いを定めにくい。このまま立っているだけでは倒してくれ、と言っているようなものだが……。
ついに死角から、毒矢の攻撃が来る。だが、エリカは軽く身を逸らして避けた。
避け方にかなりの余裕があった。エリカは矢を見てから反応したのではない。奴が撃ってくる場所を、おおよそ予測していたのだ。この勝負はエリカの勝ちだろう。心配するまでも無かったようだ。
「貰ったぞ、小娘っ‼︎」
アイザックが枝から枝へと飛び移り、素早く弓を構えた。だが、そもそもとして弓という武器は、狙いを定め、攻撃するときは必ず隙が生まれる。どんなに達人でも。
「……なにっ‼︎」
アイザックの肩に矢が刺さる。ヤツは死角から狙ったつもりだったが、そこはエリカが木々の配置から計算して作った偽りの死角。彼は見事に誘導されたのだ。
さらにエリカは教え通りにもう1本の矢を放ち、アイザックを仕留めた。
矢というのは威力がない。興奮している状態だと1本刺さっただけでは、敵は止まらない。完全に戦意を削ぐには立て続けに2本打ち込むのが良い。
「──まさかワシがこんな女子供に負けようとはッ。ガフッ!」
アイザックは木の上から落ちた。
「殺せい。女子供に負けるような狩人など、生き恥である!」
顔の具を中央に限りなく寄せ、悔しがっている。それで、鏃についた毒を舐めようとするアイザックをなんとか宥め、小屋に連れ帰る。本題に入る前に舌を噛んで死なれたら困るから、死に急ぐ爺さんを無理矢理椅子に座らせ、宝の山から持ってきた酒を出す。散々の愚痴と恨み言を聞いて、それから話を切り出した。
「竜の神経を破壊したい。途中まで毒を作っているんだけど、巨体に効くイメージが湧かないんだ」
毒により邪竜にダメージを与えた上で戦えるならば、それに越したことはない。少しでもエリカの生存確率を上げたいのだ。使えるものは何でも使って、やり残した事がないようにしたい。
私は瓶に入っている水溶性の毒と、図を渡す。毒物の専門家の目から見て、これはどう映るか。
「ほう、竜に対して毒とは中々見どころのあるお嬢さんじゃのう。何じゃ、薬師かアンタ。ククク」
アイザックは酒のおかげで上機嫌になりつつある。単純でよかった。
「破傷風菌をベースにした毒か。シンプル・イズ・ベストだな。それで、お嬢さん、どういう素材を手に入れられる?」
「菌由来であれば、ほとんど」
アイザックは皺枯れた手でペンを取り、図に諸々を追加する。
「毒を回らせたいなら徹底的に脱水をさせることだな。竜など、所詮は蜥蜴の親玉だろう。玉葱と赤痢でもぶち込んでやれ。効率よく神経細胞がぶっ壊れるはずじゃ」
なるほど、玉葱で血を溶かすのか。貧血にさせた上で、さらに赤痢で血便や血尿を出させると。そうなればもう相手は動けず、毒に蝕まれるだけ。しかも脱水するから毒の効果もぐんと早まる。なるほど、勉強になる。
「即効性と濃縮の問題はテメェでなんとかしろ。ワシには魔法はわからん」
「そこはどうとでもなる。よし、帰って玉葱を山ほど擦るぞ、エリカ」
「玉葱? なんで……⁇」
エリカは終始首を捻っていたが、これで竜を倒せる確率も多少は上昇するはずだ。居城の調理場、二人で泣きながら擦った玉葱も、きっとエリカの未来を明るく照らしてくれる。
■■
次は、巨大な体と大きな力に対してどう立ち回るかを確かめる。特に重要なのは、威圧感に負けずに冷静でいられるかどうか、だ。
戦斧のヴォルケーンは人並外れた巨大な体と力で、多くの魔物を屠ってきた。良い練習相手になってくれるはずだ。
プラン=プライズ辺境伯領内にある傭兵団の郷、その訓練場に行き、挑む。無風、晴天。燦々とした陽の光が降り注ぎ、血気盛んな傭兵達が取り囲む中、ヴォルケーンとエリカの戦いが始まった。
エリカは真っ直ぐとヴォルケーンを見ている。飛び交う『殺せ』の言葉に、エリカは動じていない。
「へへへっ……。オデが軽く捻り潰してやるよ……!」
巨大な体のヴォルケーンが、これまた大きな両手斧を振り回す。風が舞い、砂が巻き上がる。
エリカは大きく回り込みながら、打点を探す。走り、連続でボウガンを放つ。だが、風に巻き上げられてしまう。効果はなしだ。
ならばと、踏み込んで突進する。狙いは足元。あの巨体は足を崩されたら、どうにもならない。
「そんなもんはなあ……! 分かってるんだよぉッ‼︎」
馬鹿みたいな喋り方のヴォルケーンも、流石にそこまで馬鹿ではない。待ってましたと言わんばかりに、エリカ目掛けて斧を振り下ろした。
しかしエリカもそれは読んでいた。手に握っていた砂をヴォルケーンの眼を目掛けて投げつける。
「ぱはぁ」
斧はエリカの肩を掠めて防具を見事に破壊したが、エリカ自身にはダメージがない。砂を目にぶつけられて、直前で狙いを外したのだ。
エリカは地面にめり込んだ両手斧をたったっと軽く駆け上り、ヴォルケーンの顎に拳を入れた。
「ぷっ」
ヴォルケーンはそのまま倒れる。勝負アリだ。どんなにタフなやつでも、脳を揺らされれば終わる。
「「「「「ワアアアアアアッ‼︎」」」」」
喝采に包まれる。そして、エリカは走り寄ってきた傭兵達にもみくちゃにされた。
「お前、今すぐウチに入れ! 金払い悪くねぇぞ‼︎」
「女なのにすごい度胸だな! まっすぐに向かってった時、死ぬかと思ったぜ!」
「あのヴォルケーンを素手でやるなんて、考えられねえ!」
エリカは困ったように私を見た。
「キャ、キャロルさん……」
私はおめでとうと言ったが、エリカには届かなかっただろう。とにかく、もはや並の戦士ではエリカに怪我1つ負わせることは出来ない。それが証明できたことが喜ばしい。
「えへへ……」
エリカは男達に囲まれながら、恥ずかしそうに笑った。
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