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猫のユーカリスト  作者: 里井雪


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7/12

猫が人に恋をしてはいけませんか?

 アーケードのある商店街に入った二人、涼は相合傘を抜け早足で歩いた。すきがあれば、じゃれつこうと、たくらむ、アキを悩ませ、ながら進む。


「ご主人様、速い! 男性は女の子に歩調を合わせるものですよ。あ、ここでお夕食買っていきましょう」


「うん、そうだね」


 鍋島商店街のスーパーマルシメに入る。黄色い買い物かごは涼が持った、まるで新婚夫婦のように、買い物を始めた二人。


「あ、この鯖、美味しそうですよ!」


「アキ、さっきから、魚ばっかり見てるように思うけど」


「そりゃ、猫ですから」


「はい、はい」


 涼という男、容姿からいえば、そこそこイケメンだ。甘いマスクはジャニーズ系といえばいいだろうか。だから、高校、大学を通じて女性から告白されたことも幾度かはあるが、全て断っていたようだ。


 彼の性的指向が男性に向いていた、という訳でもなく、どこか女性との交際を忌避していた。


 おそらく、彼自身、自らが短命であることを予見していたのかもしれない。女性とお付き合いしたとしても、悲しい結末を生むだけ。ましてや結婚など、無責任の誹りを免れない、無意識にそう感じていたのだろう。


 だが、何気なく冗談を言いながら買い物をしているだけなのに、とても、とても、心が安らいでしまう。なぜか既視感すら感じている自分。今までの人生、デートすらしたことのないのに、何故? どうして?


 いやいや、ダメだ、この安らぎに溺れてしまえば、結果、アキを悲しませる。彼女とは一週間、そこまでの関係と割り切るべきだ。つい、長い思索に耽ってしまった涼。


ツンツン


「ワッ!」


 アキに頬を突かれて、我に帰った涼。


「ご主人様、何か深刻なこと、考えていたのですか?」


「どうして分かる」


「それは、十五年……」


「なるほどね。君は俺の糟糠の妻ってことかい? ま、俺、全然出世とかしてないけど」


「とんでもないです。ご主人様は立派にお勤めなさっていて、同期最年少で課長さんに昇進されたじゃないですか」


「おいおい、そこまで個人情報漏れてるの?」


「あはは、ご主人様は、私の誇りでもあるのです」


「お褒めに預かり光栄ですな、お嬢様。でも、さっきから気になってるけど、そのご主人様って呼び方、何とかならないの?」


「え! な、名前呼びをせよと? ププププゥ! キモッ! って、嘘ですよ、嘘、じゃ、涼さん、私はアキでお願いしますね、昔のように」


「じゃ、アキも折角、人になったのだから、漢字の秋、オータムってことでどう?」


「はい!! 嬉しいです。ごしゅ……、涼さんに名前をもらうのは二度目ですね」


 猫設定、何の目的かは分からないけれど、ここまで来たら付き合ってやるしかないだろう。確かに、体に纏う空気感、秋はアキに似ている、そう思うと、秋のことが愛おしくてしょうがなくなる。


「ウフ、涼さん、ね、手を繋ぎましょ」


 そんな涼の心中を察したのか、秋はスッと右手を差し出した。さりげない動作に思わず左手を繋いだ涼、なんて小さくか細い手だ、だけど、温かい、とても温かい。


 かつて西洋の騎士は右手に剣を持ち左手で女を庇った。そんな故事がふと頭に浮かんだ涼、二人は道の左側を歩いて、涼の住むマンションに向かった。


「たっだいまぁ!」


 自宅の鍵を開けるや否や、秋は真っ先に玄関に飛び込んで、懐かしい我が家に戻ってきたような挨拶をした。


「さ、夕食の準備をしますので、病み上がりの涼さんは座って待っててくださいね」


「あ、ああ、お茶だけは俺が入れるよ」


 涼は秋に食器の保管場所など、キッチンを説明しながら、緑茶を淹れた。


「はい、どうぞ」


 来客用の萩焼を秋に差し出した涼。


「これ、涼さんが入れたお茶、謹んで頂戴いたします」


ペチャ


「あ、あっつ」


「て、なんで舐めるの? ああ、猫舌ってこと?」


「その通りですニャァ、じゃ、お茶が冷める間に、お米研いでおきますね。えーーっと、ここだったかな」


 え! そういえば、米の在処は解説しなかったはず。なぜ、彼女はそれを知っている? 不審に思う涼に構わず、秋はテキパキと夕餉の支度を続ける。


 料理慣れしているのだろう、とても手際がいい、ものの三十分ほどで、数品の料理を作り上げた。


 ただ、そのメニューというのは……。鯖の味噌煮、肉じゃが風・鱈の煮物、しらすおろし、浅蜊の味噌汁。


「魚ばっかじゃないか! ま、まぁ、嫌いじゃないけど」


 そう言って、味噌汁に口を付けようとした涼を秋はじっと見つめている。


「どうしたの? 俺の顔に、なにか付いてる?」


「涼さんのお顔には、私の『憧れ』が付いています」


「なに、その、ラブコメみたいなセリフは」


 微笑む涼に秋は、一転、真顔で答えた。


「猫が人に恋をしてはいけませんか? 人の言葉が話せなかったので、口に出して言えませんでしたが、ずっと、ずっと好きだったんですよ、涼さんのこと」


「アハハ、ありがと。っ、え? なに? あり得ない……」


 味噌汁を一口飲んだ涼の目から、突然、涙がこぼれ落ちた。出汁、濃さ、味だけではない、具材の切り方まで、精密に、正確に再現されている。三年前に早逝した母の味そのものではないか!


「お気に召しましたかニャァ。私、ずっと、お母様の後ろで、作り方を見てましたから。ほらほら、涙が溢れると、お味噌汁、(しょ)っぱくなっちゃいますよ」

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