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猫のユーカリスト  作者: 里井雪


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6/12

葛の葉猫

 不審者を見るような目で見つめる二人。四本の視線を跳ね返すように闖入者は、その美麗に似つかわしくない砕けた明るさで切り返した。


「ひっどーーい。アキ、改め、杠葉秋、ご主人様のピーンチを聞いて、お見舞いに駆けつけました」


「え…!? アキ…?」


 なぜ、見ず知らずの女性が猫の名を知っている? そんな涼を真っ直ぐに見たアキは、


「お久しぶりです、ご主人様。なんとアキ、神様に人の姿をいただきましたぁ! あ、一応、ご主人様の浜松の叔父さん?…… の従兄弟の娘、という戸籍もありますよ」


 なんだ? この子は? アキの死は俺にとって大きなショックだった、冗談としても笑えないぞ。


 流行遅れの異世界転生モノ、ライトノベルの読み過ぎじゃないのか? 現実とフィクションの区別が付かない妄想癖にでも囚われているのか? 


 詐欺、美人局の類か? いや、財産もなくどうやら先もない自分から、奪える金品などたかがしれている。騙すなら琉海の方だろう……。


 涼の心は千々に乱れ、ただ、呆然とアキを見つめるばかり。彼とアキの間をスローモーションビデオのように、天使がゆっくりと通り過ぎた。数分の沈黙を破り、やっと涼は言葉を絞り出した。


「神様とか、生まれ変わりとか、超常的なこと言われても……」


「いいえ、私は、正真正銘、猫のアキです。一人暮らしのご主人様のため、一週間だけ、お食事のお世話をするべく、参上いたしました。どうぞ、よろしく、お願いします」


「いやいや、そう言われても……。ああ、親父が妙な気を回したとかかな?」


 二人の話は、どうも噛み合わない、堪らず琉海が割って入った。


挿絵(By みてみん)


「君が猫のアキだって? まさか……。だけど、何かの深謀遠慮があって、そういう『設定』にしているのかもしれないね。ならば、深くは聞くまい。涼、彼女が創作した『フィクション』に乗っかる、という選択肢はないのかい?」


「うん? どういうことだ?」


 琉海はアキと涼を交互に見た後、真っすぐに涼の目を見てこう言った。


「とんでもない美女が、お前の面倒をみると言っているのは事実、そうだろう? 千載一遇などというレベルではない、こんな幸運に巡り合えるチャンスなど、千回輪廻転生を繰り返してもないと思うぞ?」


「それはその通りかもしれないが……」


「ならば、事実は小説より奇なり、今、君の目の前にいるのは紛うことなき転生者アキ、ってことでいいじゃないか? ということはだ……。お前ら十五年も付き合ってるんだよな? もう、いっそのこと、身を固めたらどうだ!」


「ちょっと待て! アキさんの申し出、まだ体調が思わしくない俺にとっては、ありがたい限りだ。そこまでは、いい。だが、初対面の女性に身を固めろだの、なんだの、失礼、いやセクハラだろう?」


「あ、あの、私は、全然OKですニャァ ご主人様さえよければ」


「OKって! そこは、『ごめんなさい、まずはお友達から』だろ?」


 このアキという女性の持つ、なんともいえぬ温かい空気感、どうしてだろう、心がふわりと軽くなり、思わずジョークを返してしまったことに気付いた涼は赤面した。


「結婚指輪は、ティファニーでお願いします」


 さ、さらに、ツッコむのかっ!! 今までの会話を聞く限り、彼女は少なくとも詐欺の類ではないだろう。だが、突如、芽生え始めたこの信頼感は、どこから来たのか? 自らの心の動きを訝りながらも、涼は白旗を上げた。


「ああ、ああ〜 もぅ、分かった、分かった、では、ご厚意に甘えることにするよ。一週間、よろしく頼むね!」


「はい! よろこんで!」


 明るく笑ったアキは、居酒屋店員のような返事をした。


「じゃぁ、琉海、いろいろとありがとう。会計を済ませて帰るから」


「お大事に、というか、お幸せに」


「あのなぁ〜」


 診察室を出て、アキと二人エレベーターに乗った二人。当然のことのように、涼の傍に寄り添うアキ。


「ちょ、近い! 俺たち、まだ知り合ったばかりだろ?」


「いいえ、十五年のお付き合いですからぁ」


「ああ、分かった、分かったよ」


 会計を済ませた二人は病院を出て薬局に寄り、涼の住むマンションに向かった。今、夏は盛り、瀟洒な洋館の庭にはヘリオトロープが可憐な花を咲かせていた。


 この花は、まるで私……。


 バニラエッセンスのような芳香に振り返り、小さな紫の花を見るアキ。その胸に去来するギリシャ神話の一節、太陽神に憧れる水の妖精クリティは、ただアポロンに恋焦がれ、食事も取らず、やがて花となる。


 そう、それも運命、だけど、だからこそ!


「ほら、ご主人様、病み上がりなんですから、直射日光は体に毒ですよ」


 焼けつくような午後の日差し、アキは自分の日傘に、はにかむ涼を強引に招き入れた。

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