エピローグ〜猫耳の天使
「……というのが、私が涼から聞いた物語です。シスター、信じていただけますか?」
琉海は長い物語を語り終えた。言葉を切った沈黙の中、ホスピスの応接室にエアコンの風切り音がやけに響く。
「信じるに決まってますニャァ、だって、私、秋ですから」
と、言った、シスターの姿が一瞬揺らいだ。溢れ出る光の渦の眩しさに思わず目を閉じてしまった琉海。しばしの後、恐る恐る目を開けた彼の前には。
金色に輝く翼と、なぜか、猫耳、そこには天使が立っていた。
「え!!!!!」
驚く琉海に構わず、猫耳の天使はこう付け加えた。
「では、琉海さん、私は涼さんを天国に連れて行かなければなりません。見送っていただけますか?」
そ、そんな……。私は夢でも見ているのか? いや、いや、私の話も常軌を逸していただろう。自分は涼との友情にかけて彼の物語を信じると誓ったのだ。
ならば、目の前に秋である天使が立っていたところで、それを幻と断ずることなど、できようはずもない! 琉海は決然とした笑顔で答えた。
「もちろんです」
二人は応接室を出て階段を上り涼の病室へ向かう。ホスピスは水を打ったような静寂に包まれていた。階段を登る靴音が妙に大きく反響する。無人? ナースステーションには当直看護師の姿も見当たらない。
涼は死期が近いからだろう、以前の大部屋から個室に移されているようだ。人気のない廊下を歩くと、一番奥の部屋に「夏江涼」のネームプレートがあった。
病室の扉を引いた秋は涼の枕元に立ち、そっと彼の頬に手を当て、薄絹のような優しい声で囁いた。
「涼さん、愛しい、愛しい、旦那様、本当によく頑張りましたね。あなたが救った、たくさんの猫たちに代わり、心よりの感謝を」
「あ、秋か……。来てくれたのか」
死が迫っている、もはや涼の目は秋の顔を映すことなど、できぬだろう。
「ええ、お迎えに上がりましたよ。さあ、旦那様、行きましょう」
「ああ、そうだな。今度こそ、ずっと……」
そう言いかけた涼の言葉を遮るように、秋は満面の笑みを浮かべ、言った。
「ええ、もう、二度と、離してなんかあげないニャァ♪」
これを幻だというのなら、現世など泡沫夢幻だろう。涼の体から魂が抜け出て秋と手を繋ぎ飛び立つのを、琉海は黙って見ていた。
窓の外、晴れ渡った夜空に輝くのは、二人が永遠を誓った時と同じ夏の大三角形、星明かりの下、涼と秋は約束の天を目指す。やがて二人は小さな光の点となり、金剛石の星屑を引いて、どこまでも、どこまでも昇って行った。
〜♪
主よ 御許に 近づかん
現世離れ 天翔る
御許に行きて 仰ぎ見ん 慈愛に満ちし主の姿
〜♪