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個人的感想が与える影響

少し、圧迫感を感じてしまうほど白い病室の、病室と外界を隔ていそうな窓からは、見事な桜並木の上部が見えた。

なんとなく、ファンタジックな風景に当てられて、手元にある小説の、とある文を引用してみる。


「嗚呼、あの日もこんな、綺麗な桜が舞い散る日だった。君はとてもねぼすけで、いつも約束の時間より後に来た。」


「私が怒っても君は、青空に浮かぶ太陽よりも輝く笑顔を浮かべて、春の陽気な天気よりも明るく適当に、ごめん!なんて一言で、軽く済ませてしまっていた。」


「いつもの公園で待ち合わせをして、いつものように遅れてやってきた君は、例の笑顔で大きく手を振ってやってきた。」


「私は君の、あの笑顔が眩しすぎて、君に迫る車に気が付けなかった。もう、あれから何年経っただろうか。」


「お医者様によると、君が目を覚ます見込みは殆どないらしい。」


「だけど、こんな風に話しかけていれば、いつかは君が、パサッと体を起きあげて、ごめん!なんて一言で、軽く済ませてくれそうで、そうすれば私は、いつものように、君の輝きすぎる笑顔に免じて、何もかもすべて許してしまうから。」


「お願いだよ・・・長い長い寝坊なんて、全部許してあげるから、だから・・・目を・・覚ましてよ。」


そうすると君は、のっしりと、両腕を使って体を起きあげて、長い年月で変わってしまった友人を前にして「誰ですか?」なんて、かすれた声で言って、期待とは程遠い再会に私は涙を浮かべて、そこから物語が動いていく。


そんな奇跡をいつものように妄想する。


別に、期待なんてしていないけれど、半目を開けて寝たままの君を見ると、ちょっとだけ傷付く。


本当の本当に、期待なんてしていない。そもそも、さっきのは私と君の状況に似ている小説の文をなぞっただけだから、実際の出来事との齟齬が沢山ある。


まず第一に、君はいつものように遅刻なんてしていなかった。あっても2,3回くらいだったし、そもそも君は遅刻したら、こっちが申し訳なくなるほど謝ってくれた。


それに事故の日、君は笑顔で大きく手を振りながら歩いてなんていなかった。待ち合わせに遅れた君は、焦った様に小走りでやってきて、それを見つけた私が大きく手を振ったから、君は笑顔で小さく手を振ったんだ。


そんな君に迫る車を、私は気付いていた。でも、当然君も気付いていると思ったから何も言わなくて、いつの間にか君は轢かれていた。


あともう一つ、大きな齟齬がある。それは、君がもうすぐ目覚める予定だということ。


何でも、脳科学の進歩によって、君のようなタイプの患者ならば手術で治療することが可能になったらしい。


その手術によって目を覚ました患者は大勢いるし、最近のテレビは長年眠っていた患者の感動エピソードで持ちきりだ。


昨日君は手術を受けて、手術後1~3日で目覚めるらしいから、早くて今日、君は起きるはずなんだ。


ずっとずっと、私が願っていた事が叶う。そう思うと、嬉しくて、もちろん泣いた。今は、君の目覚める時をじっと待っている。


あの日以来、私はずっと君のことを待っていた。

君が奇跡的に起きて、一緒の時間を過ごせるという妄想は幾度となくしたけれど、君が奇跡的に起きるだなんて微塵も期待していなかった。君が、あまりにも安らかに眠るから。


けれど今日は違う。君が起きるという奇跡なんて期待していない。君は、必然的に起きるんだ。今日か、明日か、明後日に。


そういう前提でいると、いつもは考えないような事も考えてしまう。


例えば、自分の事とか。


事故の日、あれから私はずっと君を待っていた。正確には覚えていないけれど、あの頃私と君は小学校低学年だった。


ずっと、ずっと君を待っていた。待ちすぎて、もうすでに私と君は二十を超えてしまっている。


なぜ私はずっと、小学生のころから、ずっと君のことを待っていたんだっけ?なぜ私は今になってもずっと待っているんだっけ?時間のせいで、そんなことすら忘れてしまった。


あの日、君が私を見つけて、笑顔で小さく手を振っていて、その笑顔は太陽よりも輝いていて、いや、これは小説の内容だったか?


いや、違う、確実にあの日、君は笑顔で小さく手を振っていて、その笑顔は、すごく魅力的だったはずだ。


小学生の私は、その笑顔をもう一度見たくて待っていたんだっけ?


いや、それは違う気がする。


車に気が付いていたのに、それを伝えられなかったことを謝りたかったんだっけ?


いや、違う、君の寝顔を見ていて、私は罪悪感を覚えた事なんて一度もない。


どうして私は、君を目覚めさせるために、800万も支払ったんだっけ?


正直なところを言うと、記憶が薄れてしまって何が何だか覚えていないんだ。


君と遊んだ時の記憶も、君が轢かれた日のことも。

今の私は、あの日の君は最後に笑っていたと記憶している。けれど、この記憶が、この小説に当てられてできた記憶ではないと、証明できない。


それにしても、友達が目の前で轢かれるだなんて、小学生にはとても衝撃的な出来事で、トラウマになってもおかしくないような出来事だったはずなのに、今の私はその記憶を美化して妄想することすらできてしまう。


ここまで来たらあの頃君と遊んでいたという記憶すら疑えてしまうね。


やっぱり、そんなことすらどうでもいいと思えてしまうのは、君が起きると確信しているからだろうか。君が起きるまでの出来事を、プロローグだと思っているからだろうか。


大切な事が大切であるために、理由は大して重要じゃないのかもしれない。けれど、大切な事を大切だと思うために、理由は必要じゃないんだろうか?


私は君に、好意か、友情か、後悔か、はたまた、何の感情も抱いていないのか。


やっぱりそれは、あまり重要じゃないのかも――――――



前触れなく、人体とシーツとの擦れる、モゾリ、という音がして、


上半身を起きあげて、焦点の合わない君を一瞬想像して、パッと目を開けた。


君は、目を開けて、右手を見ていた。



やっぱり、理由は大して重要じゃないらしい。

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