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冴えない女のこれまでと、これから。

作者: 花咲蓮

 決して、怠けていたわけではない。努力をしなかったわけでも、手を抜いたわけでもなかった。

女は、七瀬みつきは、いつの間にか転落する人生を歩んでいた。


 最初の失敗はそう、高校受験に失敗したことだった。二つ上の姉がすんなりと合格した進学校に、妹の私は合格できなかった。意味がわからなかった。模試ではいつもA判定で、面接の際にも目立ったミスはなかったはずなのに、私は合格できなかったのだ。仕方がないから私立の学校へと進学した。悔しかったけど、これが自分の実力だと思った。私は所詮姉のように優秀ではなかったのだ。

 高校を卒業して、就職した。姉が大学院に行くと言っていたからだ。自分は私立に行って姉の倍はお金がかかっていることをなんとなく察していたから、ちょっとした親孝行のつもりだった。高校からの推薦で、地元の広告代理店へと就職した。

就職してからは大人から怒られてばかりだ。気づけば、誰にでも頭を下げるようになっていた。

会社内の先輩、同僚、今年入ってきた新入社員。会社の外では取引先の人にだって頭を下げた。土下座だってした。今時土下座とか、私でなかったらパワハラで訴えているところだ。

毎日、毎日。

怒られて、謝って、嘲笑われて、残業して、怒られて、残業して、仕事して、仕事、仕事、仕事、仕事。

目が回るような忙しさの中、大量の仕事に飲み込まれ、夜遅くまで会社に居残って。ようやく家に帰る頃には常にへとへとになってしまう。定時で帰れたのはいつの話だったのか、昔すぎて覚えていない。必死で帰る家は、いつも余所余所しい。両親ともまだ現役で働いているから、帰る頃にはみんな眠ってしまうのだ。

 ただいま、と呟いた言葉に誰も声を返しはしない。しんと静まり返る薄暗い家の中を迷うことなく進み、冷蔵庫から夕食のゼリーと炭酸水を手に取った。照明をつけずにテレビのスイッチを入れる。眠っている両親に遠慮して、音声をミュートし、流れてくる深夜番組を眺めながらソファで夕食をとった。味がしない。炭酸のペットボトルを置こうと、中央に置かれたローテーブルを見ると見慣れないものを見つけた。

絵葉書である。

 異国情緒あふれる、日本ではないどこかの国の風景が広がっていた。その中で外国人と肩を組む満面の笑みの姉。右下の方に『元気です!』と藍色のインクで描かれている。漢字の跳ねにスピードが乗っていて、天真爛漫な姉の性格が滲み出ているような字だった。


「いいなぁ」


掠れた老人のような女の声。酷い声だ。しゃがれて、くしゃくしゃで醜い声。疲弊しきった惨めで、愚鈍な私にぴったりな声。絵葉書の向こうで笑う姉はこんなにも、綺麗なのに。

「いいなァ」

姉は今どんなことをしているのだろうか。

美味しいものを食べている?

それとも見知らぬ誰かと話しているのだろうか。

もしかしたら、ふかふかのベッドで眠っているかもしれない。

明日になんの不安もなくて、今日より明日が良くなると信じているのだろう。その仮定の無邪気さにひどく腹が立った。姉が私よりも充実した生活をしているのかと思うと、自分が如何に惨めで矮小な存在かが嫌でも実感してしまう。

こんなことになるなら、就職なんてしないで大学に行けばよかった。親孝行なんて考えないで、遠くの大学に入学すれば良かったのに。こんなにボロボロになるなら、こんなに自分が嫌いになるなら、就職なんてしなければよかった。


 ピロリ、と午前0時を告げる通知が鳴る。

味もしないような繰り返しの今日が終わって、明日が来てしまった。

そして、やってきた今日もまた、何も変わらず、何も成せずに終わったことに、何度も覚えた虚脱感を覚える。

仕事に不満はない、とは言い切れない。ただ辞めるには大袈裟な気がしてズルズルと続けてしまっている。

特段、何を成し遂げたいわけでもない、何を残したい訳でもない。目的も目標もなく、金にそこまで執着があるわけでもない。仕事をする意味も、生きている意味もない。

生きたいとも思えず、しかし、死にたいわけでもなかった。

寂しい人生だ。大人になったらもっと豊かな人生になるのだと思っていたのに。

ふと、チャンネルが変わって最近流行りの異世界転生もののアニメが流れる。小さな男の子が美人で可愛らしい少女たちに囲まれてニコニコと生き生きと笑っている。夢とロマンが詰まったようなあらすじに知らずに体から力を抜いた。

自分はこうはならないだろうという確信があった。

きっと自分が異世界へ転生しても、主人公にはなれないのだろう。もしかしたら、画面にすら映らない存在なのかもしれない。冒険者になっても一生下っ端、悪役令嬢になってもストーリを覆せずに処刑。チート能力を授かっても一生森の中で暮らして誰にも知られずに死ぬ。

寂しい女だ。卑屈で陰鬱な、嫌な女だ。でもそれが私であった。


七瀬みつきは小さく笑って、ソファに身を倒す。

どうか、眠っている最中に息が止まって欲しいと願いながら、ゆっくりと意識を手放した。



ただの失敗した女の話である。




処作として、限りなく現代にいそうな女の話を書きました。

きっと七瀬みつきは今後何も変わらずに生きていくのだと思います。そういう希望も転換もない、ただの女の一生の一コマをお楽しみいただければ、と思い投稿しました。

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