第六話:錫杖
「墓地に纏わる三つ目のお話は、六十代の女性の方から聞かせていただいたお話になります。これも、お墓参りの際に体験なされた不思議なお話です」
その女性、Aさんは独り暮らしをなされている方でした。
お子さんは二人いらっしゃるそうなのですが、二人とも既に成人になられそれぞれ家庭を持っていて遠方で暮らしている。
旦那さんは四十代の若さで仕事中に急逝し、それ以降ずっと一人で生活をなされてきたと、そういう方なのですが、まだまだ寒さの続く二月の終わりごろに、そのAさんは旦那さんのお墓参りへと行きました。
その日はちょうど旦那さんの命日で、毎年墓前で手を合わせることを欠かさずに続けてきたのだそうです。
数日前に雪が降り、墓地には所々に白い塊が残っていたと言います。
旦那さんが生前好物だった和菓子を供えて線香をあげ、Aさんは静かに手を合わせながら胸中で色々と語りかけていると、不意にどこからかシャン……シャン……と、何か楽器のような物を鳴らす音が聞こえてきた。
おや何だろう……? 他に誰か来たのかしら。
自分以外、墓参者はいなかったはず。
瞑っていた目を開け、Aさんは曲げていた膝を伸ばし立ち上がると、ぐるりと周囲を見回した。
しかしどういうわけか、どこにも人の姿はない。
おかしい。この音はどこから聞こえてきているんだろう。
不思議に思い戸惑っている間にも、その謎の音色は少しずつAさんのいる場所へと近づいてきているように感じる。
暫し動きを止め、ジッと耳を澄ませていると、その音は間違いなく墓地の敷地内から聞こえている。それくらいに近い。
その上、徐々に位置を移動し確実に自分の所へと移動してきているのが、音の大きさではっきりと把握できた。
それを確信した瞬間、Aさんは一気に恐怖感が込み上げ、即座に荷物をまとめると「また来ますから」と旦那さんへ告げ、急ぎ足で車へと戻っていった。
車の鍵を開け、すぐに乗り込むことができる体勢でもう一度耳を澄ませてみれば、謎の音はまるでAさんの後を追跡するように、駐車場へと移動する方向を変えてきたと感じ、Aさんは慌てて運転席へ座りエンジンをかけると、そのまま車を発進させた。
こんなこと、今まで一度もなかったのに何だったんだろう、気味が悪い。縁起でもないなぁ。
ゾワゾワとした気分で聞こえていた音を思い返しながら、Aさんがふとバックミラーへ視線を送った瞬間、
――うわっ!?
Aさんは、思わず悲鳴を漏らしてしまった。
バックミラーに、白装束を着た上半身だけの男が、まるでAさんを追いかけるようにしてついてきているのが、はっきりと見えた。
パニックになったAさんはアクセルを強く踏み込み、急いで墓地の敷地から出るとそのまま後方を確認することもできぬまま、近くにあるスーパーマーケットの駐車場まで逃げたという。
幸い、それ以降白装束の男も謎の音も聞くことはなかったそうだが、後になってから冷静に思い返してみると、白装束の男の手には何か棒のような物が握られており、ひょっとしたらあれは錫杖だったのではないか。自分が墓前で聞いた音は、あの男が錫杖を鳴らしながら墓地内を歩き回っていた音だったのではと、Aさん、そう思い至ったそうです。