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怪談遊戯~紅葉語り~  作者: 雪鳴月彦
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第四十五話:追うモノ

 次は、三十代の男性で月波(つきば)さんという方が、高校生の時に体験されたお話です。


 高校三年生になったばかりの春、月波さんの父親が仕事で右足を複雑骨折して入院することになり、月波さんは学校が終わると二日に一度のペースでお見舞いへ行っていたそうです。


 父親がいる病室は六階。


 なので、大抵の人はエレベーターを利用すると思うのですが、月波さんは当時、野球部に所属しており少しでも足腰を鍛えるトレーニングになればと、毎回階段を利用して六階まで上がっていたと言います。


 そして、おかしな体験をしてしまったその日も、部活が終わった後に病院へ向かい、いつも通り階段を上がり始めた。


 時刻はもう夕方の六時半過ぎ。


 病院内にはほとんど見舞客の姿はなく、無人と言われても信じそうになるくらい静まり返っている。


 階段を上りながら、月波さんは携帯電話を取り出し知り合いへメールを返信していると、三階まで来た辺りで突然下からペタッ……ペタッ……と何やら変な音がしていることに気づき、何だろうと思いつつ手摺越しに下の階を覗いてみた。


 足を止め、暫くそのまま様子を窺っていると、不意に人の形をした真っ黒いモノがペタペタと足音を鳴らしながら階段を上がってきている姿が視界へ入り、月波さんは一瞬自分が何を見ているのか理解できずに呆然となったが、すぐにここにいたらマズイと本能が告げ、そこからは一気に駆け上がるようにして六階へと向かった。


 四階、五階と一気に上がり、次の階までもう少しといった所で、下から聞こえていた足音のリズムがあからさまに速くなっていることを察知し、咄嗟に月波さんがまた下を確認すると、真っ黒い影はまるでビデオをコマ送りしているかのような不自然、かつ異様な速さで自分の元へ近づいてきているのがわかった。


 それを見て背筋に怖気おぞけが走った月波さんは、残りの階段をがむしゃらに駆け上がり、六階へ辿り着くと同時に脇目もふらずに父親のいる病室へと向かっていった。


 そうして、病室の前まで到着し、ドアへ手をかけながら振り返ってみると、追いかけてきていたはずの影はどこにもおらず、突然駆け出てきた月波さんを驚いた顔で見ている看護婦が一人、廊下の端に立っているだけだったという。






 目撃した影は、あのまま上の階へ通り過ぎていったのか、それとも階段のあるスペースにしか出没できない存在なのか。


 月波さんには何もわかることはないそうですが、この一件があったせいでその後、病院の階段はトラウマとなり利用することができなくなったのだと、そう語ってくれました。

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