第四十四話:停電
怪談が好きなのだという女性、釜田さんが、高校生の頃に実家で体験したお話です。
学校が終わって家に帰った釜田さんは、夕食を食べ終えるとすぐにお風呂へ入った。
そうしていつも通りに身体や髪を洗い、暫し湯船の中で寛いでから上がると、服を着てそのまま自分の部屋へ向かったのだという。
入れ替わりに、今度は一つ年下の弟がお風呂へ入り、釜田さんは髪を乾かそうと自室でドライヤーのスイッチを入れたのだが、その途端――バチッという音と共に部屋の中が真っ暗になった。
どうやら釜田さんがドライヤーを使ったことが原因で停電してしまったようで、キッチンの方では両親がブレーカーを上げようとして何やら話をしているのが聞こえてきた。
あ、これはやっちゃったな……。
胸中で舌を出す心地で一人苦笑いをし、ブレーカーが戻されるのを大人しく待っていると、突然浴室から弟の叫び声が聞こえてきて釜田さんは転びでもしたのだろうかと少しだけ心配になった。
ほどなくして電気が点き、釜田さんは弟のいる浴室の方へ行ってみると、弟は既に脱衣所で服を着始めていたようで、すぐに廊下へと姿を現した。
大きな声を出してたけど、どうかしたの?
何やら様子のおかしい弟へそう声をかけると、弟は強張った顔をしながら
「今、風呂に入ってたら急に電気が消えて暗くなったんだよ。だからオレ、停電かと思ってそのまま湯船に浸かってジッとしてたんだけど……いきなり電気がパチパチ点滅しだしてさ、そん時、一瞬だけ風呂のお湯が真っ赤になったように見えたんだ。絶対に見間違いとかじゃない。本当にはっきり見たんだ」
そう力説するように告げてきたという。
聞いた直後はそんなまさかと疑ったし、釜田さん自身もすぐに浴室を覗き、何もおかしな箇所はないことを確かめた。
しかし、弟の様子を見ている限り、どうしてもふざけているようには見受けられず、半信半疑の気分のまま部屋へと引き返そうとしたその時――。
広くもない廊下で弟と擦れ違う瞬間、ほんの一瞬だけ、仄かに鉄錆のような嫌な臭いが弟の身体から漂ってきたような気がして、釜田さんは顔を顰め弟の髪へ鼻を近づけた。
しかし、その異臭は本当に一瞬だけのもので、間近で嗅いだ弟の髪や身体からはシャンプーの匂いがするだけだったのだという。
暗闇になった数分間、弟がいた浴室は本当に我が家の使い慣れた浴室であったのか。
ひょっとしたら、弟はほんの刹那の時間、この世と隣り合う別の世界と混じり合っていたのかも。
……そんな風に妄想して、ちょっと恐くなったんですよね。と、釜田さんは微かな笑みを浮かべながら、このお話を聞かせてくれました。




