第四十三話:真昼の侵入者
次に話すのは虹草さんという、二十代後半の女性がある夏の昼下がりに体験されたお話です。
それはまだ大学生の頃、虹草さんが2DKのアパートで暮らしていた時に体験された出来事で、その日虹草さんは夏休みということで一日中アパートの中でごろごろしながら過ごしていた。
九時くらいに起床して、その後はお昼まで雑誌を読んで時間を潰し、そろそろコンビニへ昼食を買いに行こうかと考え始めた矢先、不意に部屋の中に違和感のようなものを覚えた。
それが何なのかと問われると説明が難しく、ただ何となく、誰もいるはずがないのに人のいるような気配がする、という感じのもので、妙に落ち着かなくなった虹草さんは、自分を納得させるためにとそれほど広くもない部屋の中を全て確認して回った。
自分がいた部屋はもちろん、寝室に使用していた隣の部屋も、ダイニングキッチンもトイレも浴室もベランダも、当たり前ながら人の姿などあるわけがない。
人なんているわけがないよなぁ……。何でこんな落ち着かない気分になるんだろう?
自分自身の感覚に戸惑いながらも、ひとまず食料を買いに行こうと虹草さんは部屋を出て鍵を掛けると、近所にあるコンビニへと出かけていった。
買い物に要した時間はせいぜい十五分程で、特に寄り道をすることもせず帰宅をしたが、玄関を一歩中に入った瞬間、虹草さんはまるで玄関のドアを境に空気が変わったようなおかしな感覚に襲われ、何となく中へ入るのが恐く感じた。
とは言え、ここは自分の部屋。他に行く場所もない。
重い気分になりつつも靴を脱ぎ、キッチンへ荷物を置いた虹草さんは、そこでビクリとしながら身体の動きを制止させた。
虹草さんの立つ位置からは、入口の開け放たれた寝室が見えている。
その寝室の奥に置かれたベッド。
夏場ということもあり、寝る時はタオルケット一枚だけをかけて寝ていたが、そのタオルケットが、ベッドの上で立ち上がっているのをはっきりと見てしまった。
もっと端的に言うのであれば、誰かがタオルケットを頭から被って立ち上がっている。
ハロウィン等で白い布を被って歩く人と同じようなことをしている何者かが、寝室にいることに気がついてしまった。
あれはいったい何だろうか。
呆然となり動けずにいる虹草さんの手元で、テーブルに置いた荷物がバランスを崩してガサリと大きな音を鳴らした。
すると、その音に反応するかのように、浮き上がっていたタオルケットが、まるで中にいる誰かが突然消失したみたいにバサリとベッドの上へ落ち、そのまま動かなくなった。
人の姿は、どこにもない。
数分間、何もできぬままその場で凍りついていた虹草さんは、やがて思いだしたように外へ逃げだし、友人へ助けを求める電話を入れた。
夕方、友人がバイトを終わるのを待って一緒に部屋へと戻ったが、ベッドの上には逃げだす直前と同じ形で放置されたタオルケットがあっただけで、それ以降は不思議な出来事も、妙な人の気配も感じることはなかったという。
今もなお、タオルケットの中にいたモノが何であったのか、その正体を知ることはできないまま。
モヤモヤした感覚だけが、虹草さんの中に燻り続けている。




