第四十二話:夢現のメッセージ
四十代になられる女性、仮に佳代子さんとしておきましょうか。
その佳代子さんが、三十代後半の冬に体験したちょっと切ないお話です。
この佳代子さん、実は不思議な体験をする半年程前に、事故で四歳になる女の子を亡くしていまして。
そのショックからずっと鬱を患っていたのだそうです。
どうしてよりによって自分の娘がいなくならなければいけなかったのか。
事故の時、自分がちゃんと側にいてあげていたら、今も生きて隣にいたはずなのに。
朝に目を覚まして夜眠るまで、一日中そんなことばかりを考えてしまい、通院以外には外へ出ることもできず、食事やトイレに行くことすら困難な状態であったと言います。
名前を呼んでも、あの無邪気で元気な返事はもう聞こえてこない。
それをわかっていながら、日中の誰もいない部屋の中で娘の名を呼び、その度に涙を流していた。
そんなある日のことでした。
佳代子さんは、夜布団で寝ていると、“トトトト”っと家の中を駆ける小さな足音を聞いて目を覚ましました。
何だろうと思いながら横を見ると、ベッドの脇に置いていた机の前に死んだはずの娘がいて、何やら書き物をしている姿を目の当たりにした。
え? どうして娘がいるの?
驚きと嬉しさで佳代子さんが身を起こすと、それに気がついたように娘が振り向き、佳代子さんの顔を見てにっこりと微笑んできた。
ああ、娘だ。本当に帰ってきたんだ。
久しぶりに見た最愛の我が子の笑顔に、佳代子さんはその小さな身体を引き寄せようと腕を伸ばすと、娘もまた同じように両腕を伸ばして手にしていたノートを差し出してきた。
それは、佳代子さんが普段使っていたノートで、机の上に置かれた棚にしまっているものだった。
何だろうと思いながら差し出されたノートを覗き込むと、開かれたページに子供らしい拙い文字で『おかあさん、ありがとう。だいすきだよ』と、書かれているのが読めた。
熱いものが胸に込み上げ、佳代子さんはそのまま娘の頭を引き寄せ、思いきり抱き締めながら号泣し――そこで、目を覚ました。
早朝、薄明るくなった部屋の、見慣れた天井。
それを見て、たった今自分がいたのは夢の中だったのだと認識し、佳代子さんは眠りながら泣いていたせいで濡れていた目元を拭い、大きく息を吐いた。
やっぱり、娘は戻っては来ない。でも、夢で会えただけでも嬉しかった。
そう思いながら、ゆっくりと身を起こした佳代子さんは、横にある机の上を見て、ハッと息を飲んだ。
机の上に、一冊のノートが開かれた状態で置かれている。
最近はノートなんて触っていないし、昨晩だって寝る前にノートを出した覚えなんてない。
夢の中の娘が脳裏に浮かび、まさかという言葉にできない不思議な思いが胸に広がって。
佳代子さんは急くようにベッドから下りて机の前へ移動し、置かれていたノートを手に取った。
しかし、そこには何も書かれた文字はなく、白紙のページが開いているだけだった。
だが、ノートから机へ視線を移動させ、そこにボールペンが一本転がっているのも見つけた佳代子さんは、ひょっとしたら、夢ではなかったのではないかと、そんな漠然とした思いが浮かんだのだという。
本当に、娘は会いに来てくれていたのではないか。
自分が寝ている時、メッセージを残そうとしてここにいたのでは……。
そうとでも考えなければ、娘の夢を見たこととノートが開かれていた出来事に説明がつけられない。
そこまで考え、佳代子さんはまたその場でノートを胸に抱えて号泣した。
その後、旦那さんにもノートのことを確認はしてみたものの、何も心当たりはないと不思議そうに言われ、朝に体験した出来事を話すと、どう反応すれば良いのかわからぬように小さく頷かれただけだったという。
そして、この夢を見た日から、佳代子さんの鬱は徐々に良くなっていき、二ヶ月も過ぎた頃には普通の生活がおくれるまでに回復したそうで。
今は普通に生活を送ることができていると、そう微笑みながら話してくれました。




