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怪談遊戯~紅葉語り~  作者: 雪鳴月彦
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第三話:夜間警備

 BGMも効果音もない、ただ紅葉の語りだけが響く部屋の中は、今が夏であることを忘れそうになるくらいの冷気が揺蕩たゆたっている。


 天井付近へ視線だけを泳がせるが、クーラーのような設備は見当たらない。


 壁の中に内臓しているのか、それとも自分からは見えない位置に取り付けられているだけなのか、どちらにせよ少し肌寒さを感じる。


「……いかがでしたでしょうか。このような会へ足をお運びになられるくらいですから、皆さんかなりの怪談好きかと思われます。まだまだこの程度では満足できないといったところでしょうか?」


 うふふ……と含み笑いをしながら語りかけてくる紅葉に、集まった客たちは一切のリアクションを返すことなく、置物のように座り続けているだけ。


 本当に、何なんだろうか。ここに集まる客たちはファンクラブのメンバーか何かで、事前にイベントの最中は音を立ててはいけないなどのルールを定めているのか。


 そうとでも考えないと、この異常なまでの静寂に納得のいく説明がつけられそうにもない。


「ご用意したお話は、まだたくさんございます。恐らくそのうちの一つか二つは、皆様それぞれの心に強い印象を残してくれる怪異があると思いますので、どうぞこの後も引き続きお付き合いください」


 拍手も何も返さない客たちを相手に、紅葉は別段気にする様子もなく一人喋り続けると、また息を整えるような間を空けて、次の怪談を語りだした。


「次のお話は、五十代の警備員をされている男性……Iさんが体験したお話です」





 今からもう二十年程前に体験されたと言っていましたか。Iさんは、当時夜間警備のお仕事をされていました。


 関西の方にある大型デパートで、夜の九時から翌朝の六時まで、デパート内にトラブルは起きていないかを、毎日見て回っていたそうです。


 大抵は二人一組のシフトで、決められた時間になると交代で館内を巡回して歩く。


 その日、Iさんは深夜二時から巡回をする担当となり、頃合いを見計らって警備室を出た。


 警備室は一階にあり、デパートは三階建て。ただ、地下に食料品売り場が設けられていたため、実質四階建ての建物を一人で見て回らなくてはいけなかった。


 警備員を始めた当初は心細くて腰が引けたりもしていたそうですが、何年も勤めているうちにすっかり慣れてしまったそうで、特に恐がるようなこともなく、淡々と決められたルートを辿りながら、異常がないかをチェックして歩いていたと言います。


 最初に地下を巡り、一階の雑貨屋や薬屋の店舗が並んだエリアを懐中電灯で照らして歩き、二階へと上がる。


 二階は、ほとんど全てが洋服売り場となっていて、若者向けの服を扱う店舗からシニア世代向けの服専門の店まで、様々な洋服が並んでいる。


 それらを適当に眺めつつ、ぐるりとフロアを巡回していると、不意に背後の方からコキッという、何か硬い物が折れるような音が響いた。


 何だろうかと思い、Iさんは反射的に振り返り懐中電灯の明かりを向けるも、たった今自分が歩いてきた通路には特に不審なものは見当たらない。


 家鳴りみたいなものだろうか。


 デパート自体もそれほど新しい建物ではなかったため、老朽化等による軋みもあるのかもしれないな。


 そう自分を納得させ、Iさんが再び歩きだそうと前を向いた瞬間、またコキッという音がフロアにこだました。


 いったい何なんだ?


 誰かが隠れているのだろうか。さすがにちょっとおかしいと感じたIさんは、警戒心を抱きながら周囲を照らし、もう一度音のした背後を確認するも、やはり人の姿などは見当たらない。


 物陰に潜んでいるのかと疑い、しゃがみ込むようにして並べられた洋服の下から奥の方を覗くも、何もない。


 おかしな感じだな。


 首を傾げ釈然としない心境のまま立ち上がったIさんは、そこでふと変な違和感を覚え、懐中電灯を持つ手の動きを止めた。


 ライトに照らされる前方、自分が通り過ぎてきた通路の脇に、サンプルの服を着せられた一体のマネキンが置かれていたのだが、その顔が真っ直ぐにIさんの方を向いている。


 さっきまでは、別の方向を向いていたような気がしたのだが……。


 気のせいだろうか。それほど意識して見ていなかったから、自分が疑心暗鬼になって勘違いをしているだけだろうか。


 そもそも、マネキンが一人で動くなんてあるわけがない。


 言葉にできない焦燥感に苛まれそうになりながら、Iさんは必死に自分を落ちつかせるため胸中で現実的な思考を巡らせていると突然、こちらを向いているマネキンの口が大きく開くのが目に映った。


 肌色をしたマネキンの、同じくらい肌色をした口内が見えたと思ったその刹那に――。


“ギィーーーーー!!”


 人ではない、かと言って何か動物のものとも思えないおぞましい鳴き声をマネキンがあげ始めたのを聞いて、Iさんは悲鳴を漏らしながら弾かれたようにその場を逃げ出し、仲間のいる警備室へと駆け戻った。


 普通ではない様子で帰ってきたIさんを見て驚く仲間へ、たった今遭遇した出来事を説明するも、そんな馬鹿みたいなことがあるかと鼻で笑われ、信用をしてはもらえない。


 それでも嘘ではないと訴えるIさんに、その仲間は「そこまで言うならオレが代わりに確認をしてきてやる」と、マネキンのある二階へ上がっていったそうなのだが、その仲間が言うには特に何も変わった所はなく、マネキンが動くことも不審な物音も聞こえることはしなかったという。


 その後、Iさんは別の現場へ異動をさせてもらい、そのデパートへは一切近づくことをやめてしまったそうで、その日の夜に遭遇したあのマネキンがいったい何であったのか、未だにその正体はわからず、Iさん自身あんな不気味なものになんて、二度とわかりたくはないよ、と苦い表情でこぼしていました。

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