第三十六話:隣の家
「肌染久留美と言います。次はあたしの話を聞いてください」
医者の話す怪談が終わり、次に声を響かせたのは二十歳前後と思われる若い女だった。
「これは、あたしが中学生の時、実際に体験した、恐い話です」
肌染と名乗った女は、これといって特徴のない、何と言うのか平均的な声といった印象を受けた。
「あたしの家は高校一年の春に引っ越しをしたので、今はもう無関係と言えば無関係なのですが、引っ越しをする前まではそんなに大きくもない平屋に、両親と三人で暮らしていたんです」
――その家で暮らしている時に、一度だけすごく気持ちの悪い体験をしまして。引っ越しをしたのも、そのことが原因で……。
そんなもったいぶるような前置きを放って、肌染は自らが体験したという出来事を語りだした。
中学生まで暮らしていたあたしの家は、周りにも他の家が密集しているような場所で、近所には親戚みたいに親しい付き合いをする人もいる、そんな環境でした。
ただ、隣の家――うちと同じ平屋だったんですけど、その家に五十代くらいの男の人が一人で暮らしていまして、その人だけは異様に他人との交流を拒んでいたと言うか、誰とも打ち解けようとはしていなかったんです。
朝になるとどこかへ仕事に出かけて、夕方コンビニの袋を持って帰ってくる。
そんな姿をよく目撃されていて、休みと思われる日はずっと家に閉じこもっているような、そんな感じの人でした。
……ある日、二月の半ばくらいでしたか、夜にあたしが自分の部屋で雑誌を読んでいると、突然窓にコツンっていう何か硬い物が当たるような音が聞こえたんです。
それも、一回だけじゃなくて数分おきに何度も。
まるで外から小石を投げられてるみたいな感じで、恐くなったあたしはお父さんに事情を説明して外の様子を確認してもらったんですけど、特に人の姿はなくて……数メートル離れた正面に、隣の家があるだけ。
おかしな音もピタリと止まって、ひとまず安心かなとその時は思ったんですけど……。
次の日の夜も、その次の日も。
窓へ小石を当てるような音は毎晩聞こえてくるようになって、その度にお父さんに様子を見てもらうということを繰り返していました。
そうして、謎の音がするようになってから、二週間くらいが過ぎた時でした。
あたしが学校を終えて家に帰ると、何だか周りの様子がいつもと違くて、大人たちが何人か外へ集まったりしているのを見て何だろうって思ったんです。
それで、家に入ってお母さんに訊いてみたら、隣に住んでいた男性が、家の中で亡くなってるのが発見されたって、そう教えてくれたんです。
発作か何かでの突然死みたいなものだったようですが、何日も連絡をせずに仕事に来ない男性を心配して職場の人が家を訪ねたら、トイレの前で倒れている男の人を発見して、すぐに警察とかが来て対応したのだそうで。
情報を仕入れた大人たちの話では、その男の人、亡くなって二週間くらいが過ぎていたって言うんですよ。
あたしの部屋の窓が叩かれ始めたのも、同じ時期で、タイミングが被る。
窓の正面が、男の人の家でしたし。
それに、よく考えてみると、確かにおかしかったんです。
ほぼ毎日、窓が叩かれる音がする度に外を確かめていて、隣の家……夜なのにずっと真っ暗だったなって。
もちろん、その時にはもう男の人は亡くなっていたのですから、電気を点けたりなんてするわけはないんですけど……。
ひょっとしたらあの音、自分の死を知らせたくて男の人が毎晩あたしの部屋の窓を叩いていたのかもしれないって、そんな風に思えてならないんです。
実際、男の人が発見された日の夜以降、窓を叩く音は一度もしなくなりましたから。
あたしが体験した話はこれで終わりです。ありがとうございました。




