第三十話:今でもたまに
個人商店を営んでいるという高齢の女性、仮に茂見さんという名前でお呼びしますが、その方がこんな体験をしたとお話を聞かせてくれました。
茂見さんが暮らす町は、それほど人口も多くない田舎の長閑な町なのだそうで、そこでもう何十年もの間個人商店を営んできたのだと言います。
そんな中で、ある不可思議な体験をすることがあるのだと、そう言って教えて下さったのですが、今からだともう八年は前になるのでしょうか。
その茂見さんのお店へよく煙草を買いに来られていた六十代の男性がいたらしいのですが、その方が病気か何かでお亡くなりになってしまったのだそうです。
近所に住んでいる方で、プライベートでも交流があった人であるため、茂見さんも葬儀へ参列しお別れをされたそうなのですが、その男性が亡くなって二ヶ月も過ぎた辺りから、店の中で妙なことが起きるようになった。
どういうわけか、茂見さんがレジを離れて戻ると、いつの間にかそのレジの前に煙草がひと箱置かれている。
そんなことが、週に一度か二度くらいのペースで起こるようになり、茂見さんもこれはいったいどういうことかと首を傾げる羽目になった。
スーパーのように大きなお店ではないし、背の高い陳列棚も置いていないため、誰かがこっそり入り込んで悪戯をしたのであれば、さすがに茂見さんでもすぐに気がつける。
それにも関わらず、その煙草はいつも瞬間移動でもしてきたかのように、気がつくとレジの前に置かれているのだそう。
そんなことが一ヶ月も続いたある日、茂見さんはふとあることに思い至った。
レジに置かれる煙草は、いつも同じ銘柄ばかり。そしてそれは、生前頻繁に煙草を買いに来てくれていたあの男性が買っていたものと一致している。
これはひょっとすると……あの男性が亡くなった今もなお、定期的に煙草を買いにうちの店を訪れているのではないか。
そんな予感にも似た思いが胸に湧き、茂見さんはすぐにその男性の家へ行くと、奥さんに事の経緯を説明し、仏壇へ好きだった銘柄の煙草を供えてくれるようお願いして手渡した。
すると、その日から週に二、三回欠かさずに起きていた不思議な出来事はピタリと止み、煙草がレジに置かれることがなくなったのだという。
――ああ、やっぱりあっちへ行っても煙草は辞められずにいるんだな。
茂見さん、そんな風に思い少し微笑ましいような気持ちを抱いたそうなのですが、仏壇に煙草を供えてもらってから三週間も過ぎると、たまにではあるもののまたレジに煙草が置かれることが続いているそうで、その都度男性の家へ煙草を差し入れてあげているのだとか。
いずれ自分も亡くなったら、あの世できっちりツケは払ってもらうつもりでいますよと、そう冗談を言って笑っていた茂見さんの笑顔を、わたしはこの話をする度に思いだします。




