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怪談遊戯~紅葉語り~  作者: 雪鳴月彦
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第二十五話:飲み込めない

 この男性は、仮名として時田ときたさんということにしておきましょうか。


 この時田さん、年齢は五十代後半の方でして、四十代の半ばくらいから狩猟しゅりょうをされるようになったそうなのです。


 山の中へ入り罠を仕掛け、鹿や猪を捕っては食料にするため、自ら解体しその肉をいただく。


 言葉で言う程簡単な世界ではないそうですが、それでも時田さんは子供の頃から興味があったせいかやり甲斐もあり、獲物が捕れた時の喜びは言葉にはできないものがあったのだとおっしゃっていました。


 しかし、いざ狩猟免許を取得し実戦経験を積んでいくと、やはり人間ですから、慣れというものがでてきてしまうのですね。


 初めて自分で獲物を捕らえ仕留める時は、緊張と恐怖で手が震え怖気づきそうにまでなったらしいのですが、何度も狩猟を繰り返すうちにそれらにも動じなくなり、時田さん、徐々に獲物へとどめを刺す行為にも抵抗がなくなっていったのだそうです。


 その結果、どうなってしまったか。


 狩猟と言うのはその辺にあるお店で食料を買うのとは違い、生き物の命を直接いただく行為ですから、命に対する感謝と言いますか、敬意を抱かなくてはいけないはずなのに、時田さんはそういった気持ちが薄れてしまっていたと、そうご自身が吐露しまして。


 狩猟なのだから罠を仕掛けて当たり前。仕掛けた罠に獲物が掛かるのも、当たり前。当然、その肉を貰い食すことも当たり前。


 そんな傲慢さが、時田さんの中に知らず知らず芽生えてしまっていた。


 そのためか、狩猟では獲物を仕留めた後、その場に御神酒おみきを撒くというルールがあるそうなのですが、時田さんはそれすらもなぁなぁになり、やらなくなっていたらしいのです。


 そんな杜撰ずさんな狩猟を続けていたある日のことでした。


 時田さんが、保存していた鹿の肉を食べようと調理し、口へと入れた時。


 まるで毛の塊を齧ったような不快な感触が口内に広がり、慌ててそれを吐き出した。


 いったい何を口に入れてしまったんだと、吐き出した物を確認するも、そこにはあくまで普通に調理された鹿の肉があるだけ。


 解体する際に毛は全て剥がしているし、混入するなど普通に考えてあり得ない。


 口の中に不快感を残しながら、時田さんはおかしなこともあるものだと、この時は深く考えもせず食事を再開したのだそうです。


 しかし、この出来事を境にして、時田さんはまともに食事をすることができなくなってしまいます。


 鹿や猪等の肉を食べた時だけに留まらず、普通の米やパンを咀嚼そしゃくした瞬間、また飲食店で外食をした時でさえ、何かを口に入れると毛玉を齧るような触感や、生肉を齧ったような生臭さが襲い、一月と経たずに拒食症のような状態に陥ってしまったのだそうで。


 しまいには水を飲むだけでも腐臭のようなものが口内に充満し、吐き出してしまうまでになってしまい、これはもう自力で改善など無理だと判断した時田さんは、病院へと足を運びました。


 しかし、医者からは原因がわからないと首を傾げられ、精神的なストレスだろうという曖昧な診断をされるだけで改善には至れず、時田さんは最後の神頼みとして、地元にいるという霊媒師の方の元へと相談へ行くことにしたのだそうです。


 そうして、これまでの経緯を霊媒師へ話すと、「覚えている限りで良いから、すぐに貴方がこれまで動物たちをあやめた場所へおもむき、御神酒を撒いて手を合わせなさい。かたちだけのものではなく、心から自らが奪った命へ感謝と謝罪の気持ちを持って、祈りを捧げないといけません」と、真剣な眼差しで告げられたのだそうで。


 その翌日に、時田さんは御神酒を持って山へと入り、普段からよく罠を仕掛けていた場所を巡り手を合わせて歩いたと言うのですが、不思議なことにと言うべきか、その日の夜以降は食事をしてもおかしな現象に襲われることはなくなり、普通に食べ物を口にすることができるようになったのだそうです。


 ただ、それでもトラウマは残ってしまったらしく、元のようにきちんと食事ができるまで回復するには半年程の時間がかかり、また、あれほど夢中になっていた狩猟も、今ではもう完全に足を洗い、二度と動物たちは捕りたくないのだと、苦渋を浮かべながらお話をしてくれました。

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