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怪談遊戯~紅葉語り~  作者: 雪鳴月彦
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第二十四話:ブランコおじさん

「……それでは、次はわたしですね」


 青年と入れ代わるように、新たな声を響かせたのは三十代くらいかと思しき女性だった。


五十里いとさと瑞葉みずはと言います。今からお話するのは、わたしがまだ二十六歳になったばかりの頃、当時四歳になる娘を連れて近所の公園へ遊びに行った時に体験した出来事です」


 もっと快活に喋ればかなり好印象な声なのになと、そんな感想を抱きながら、俺はやはり他の客たちと同じく淡々と話しをする五十里いとさとの怪談に耳を預ける。


「当時、わたしにはママ友と呼べるような友人は一人もおらず、ほぼ毎日のように娘と二人だけで住んでいたアパートの近くにある、小さな公園へと遊びにでかけていたんです。その時は四月の終わりくらいで、暖かくはあったもののどんよりと曇った、薄暗い天気だったのを覚えています」


 何か声を使う仕事でもしているのか、またはしていたのか、五十里の声音は他の客たちよりも発音が良く、聞きやすく感じる。


「地域性なのかわかりませんが、普段その公園を利用する人はほとんどなく、大抵いつもわたしたち親子の貸し切りでした。だからその日も、わたしは公園のベンチに座りながら遊ぶ娘を眺め、たまに携帯電話のメールをチェックしたりしていたのですが……不意にはしゃぐような声をあげていた娘が黙り込んだのに気がついて、携帯電話へ落していた視線を前に戻したんです。そしたら、いつの間にいたのか、公園のブランコに一人の男性が座って微笑を浮かべながら娘のことをジッと見つめているのが目に入って。娘の方も、その男性を見たまま立ち尽くしていたんです」


 不審者などに関する話題でよくありそうなシチュエーションだなと、最近観たニュースが俺の頭にスルリと浮かぶ。


「くたびれた黒いスーツを着た、五十代半ばくらいの若干ふくよかな男性でした。髪は、手入れをしていないのか妙にボサボサで、正直あまり良いイメージは持てなかったのですが、その男性が、何かぼそぼそと娘に話しかけているのがわかりまして。娘と男性の距離は大体五メートルくらいでしたか……わたしはちょっとだけ警戒をしながら、様子を窺っていたんです」


 今の時代はどうだか知らないが、リストラをされ、家族にそれを言い出せずに毎日出勤するふりを続け、公園のベンチで一日の大半を過ごす旦那がいると、そんな話も何かで見た記憶はある。


 ここが単なるサークルの集まりででもあったのなら、そんな哀愁の漂うオチがついて終わったりもするのだろうが、今語られているのはあくまでも怪談。きっとそんな話にはなってはくれない。


「暫く何事かを喋っていた男性は、突然娘へ向かって手招きをし始め、娘もまたそれにつられるようにブランコの方へ歩き始めたのを見て、わたしも、あ、これはさすがに駄目だなって思いまして、慌てて娘へ駆け寄り手を繋いだんです。今日はもうそのまま帰ろうと、男性の方へは軽く会釈えしゃくだけをして公園を出ていこうとしたのですが……」


 不意に、淡々としていた五十里の声が、僅かにトーンを下げたような錯覚を覚えた。


 実際には変化はないはずだが、聞いているこちら側の心理がそう思い込ませるのか。


「わたしが娘を連れて出口の方へ行こうとした途端、その男性がおもむろに立ち上がりまして、こちらへと歩み寄り始めたんです。わたしも咄嗟に警戒して娘を引き寄せたのですけど……そんなわたしの前で、その男性、身体が透け始めたんです。それも、足元から頭に向かって少しずつ。歩いている足が消えて、胴体だけが空中に浮かんで飛んでいるみたいになって……わたしが驚いて呆然となっている前で、その胴体も消えて最後には頭も。わたしと娘の立つ一メートルくらい前まで近づいて、消える直前には、黄ばんだ歯をニィッ……と見せながら、煙のように薄れていなくなりました」


 五十里いとさとの声が途切れた一瞬、入口の方でペタッと誰かが裸足で歩くような音がほんの微かに聞こえた気がして、俺はついそちらへ首を曲げてしまった。


 しかし、そこに人の姿など微塵もなく、仄かに赤い照明の光を吸った闇が揺蕩たゆたっているだけでしかなかった。


「その後、わたしは悲鳴を上げそうになるのを必死に堪えながら娘を抱き上げてアパートへと逃げ帰りました。この日以降、わたしが娘を公園へ連れていくことはなくなり、あの男性が何者で、いったいどんな理由があって娘に声をかけてきたのか、それは未だにわからないままです」


 そこで五十里の声が止まり、彼女が語り終えたことを示すように、小さな紅葉の拍手だけが室内へ響きだした。

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