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怪談遊戯~紅葉語り~  作者: 雪鳴月彦
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――開演――

 自分の呼吸音すら耳障りに思えそうなくらい静かな会場は、まさかここは冥界なのではないかと、そんなくだらない発想を浮かべさせてくれる程度には異様な雰囲気を醸し続けていた。


 誰一人物音を立てず、トイレ等へと立ち上がる者もいない。


 囁く声もなければ、咳払いすら耳にすることなく、ただ時間だけがどんよりと経過していく。


 振り返った瞬間、他の客全てが実はマネキンでした。


 そう言われても納得してしまいそうな妄想をして落ち着かなさを膨らませ、それが限界へ近づきかけた頃。


 先程の衝立から、例の女が再び姿を現した。


 微かな足音も立てずに前へ置かれた長椅子の前まで進んでくると、俺たち観客を見回すような仕草をみせて――相変わらず女の顔は髪に隠れて見えなかったが――から、腰を深く折るように一礼をしてきた。


「それでは、お時間となりましたのでそろそろ怪談座談会を始めさせていただきます。初めに、お手元の携帯電話等はあらかじめ電源をお切りくださいますよう、ご協力をお願い致します」


 前置きとして告げられた言葉に、俺は慌ててスマホを取り出し電源を落とす。


 その間も、背後からは人の動く気配は微塵も伝わってはこない。


 自分だけが電源を切らずにいたのかと少し恥ずかしい気持ちも湧き上がったが、そんなこちらの胸中など全く気にすることもなく、女は話を先に進めだした。


「それではよろしいでしょうか? まずこの怪談座談会の概要を簡単に説明させていただきます。今回開かせていただきましたこの座談会、基本的には進行役及び主催者でありますわたしが、これまでに聞き集めた怪異を皆様へ披露する、というのが趣旨となっておりますが、それとは別に、お集まりになられた皆様からも、ご自身が体験なされた恐い出来事やお知り合い等から聞かされた不可思議な話を発表していただこうかと思っております」


 マジかよ……。


 率直にそう思った。


 どういう流れで観客が怪談トークを求められるのかは定かでないが、自分にはこれといって語れる恐い話は先程思い出した一話しかない。


 と言うより、あんな話がこの場の異様な雰囲気を満足させられるレベルであるのかも自己判断できないし、何より人前で目立つようなこともしたくない。


 イベント開始早々、窮地きゅうちに追い込まれたような心地になりながら和香の様子を確認すれば、こちらは特に動揺する風でもなく女の話を聞いているだけ。


 自分が話を求められることになるかも。そういうことは考えていないのだろうか。


 声をかけて確かめたい衝動が湧き上がるも、とてもそんな空気ではないため、俺は落ち着かぬ気持ちのまま女へ視線を戻した。


「――と言いましても、皆さん全員がそう都合良く恐い話を持ち合わせているわけではないでしょうから、自己申告というかたちで発表をしていただく予定ですので、ご安心ください」


 まるでからかっているかのように、女が口元をニヤつかせたのが赤暗い中で微かに見えた。


 ひとまずランダムに指名されるわけではないことにホッと身体の力を緩め、俺は静かに鼻から息を抜く。


「ああ……申し遅れました、わたしはこのイベントの主催者であります、紅葉もみじかさねと申します。今宵こよいはどうぞ宜しくお願い致します」


 最後に簡単な自己紹介を述べ、女――紅葉はそっと長椅子へと腰を下ろし用意されていた湯呑に口を付けた。


 それから一呼吸置くように静寂の間を空けると、静かに天井を見上げてすぐにまた俺たちの方へ顔を戻す。


「さて、あまり前置きが長くなっても面白くはありませんから、早速さっそく最初の怪談をお聞かせしましょうか」


 目の錯覚かと思うくらい微かに首を傾げて、紅葉は尻の位置を微調整するように身じろぎをする。


 そして、姿勢を正すように背筋を伸ばすと、その薄気味の悪い見た目とは裏腹な滔々《とうとう》とした口調で、怪談座談会の始まりを告げる最初の怪異を語り始めた。

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