第二十三話:道祖神
「じゃあ、次は僕の話ですね」
梶田の話が終わり、次に声を発してきたのは二十代半ばくらいかと予想される青年だった。
だった、と言っても容姿を確認できたわけではないため憶測に過ぎないが、声の感じからしてそう外れてはいないだろう。
好青年といった印象の声音だが、これもまた御多分に漏れず感情を押し殺したような淡々とした口調をしている。
「僕は大学に通っていた頃、春休みや夏休みになると一人で目的地を決めずに旅をする、ということをしていました」
名前は言わないのかと胸中で突っ込みつつ、俺は早速語り始めた青年の声に意識を集中するよう努めた。
「あれは……そう、今から四年前になりますね。夏休みを利用して九州の方へ一人旅をしていた時の出来事でした。夏の旅にはこれ以上ないくらいお似合いな、快晴の暑い日差しが照り注ぐ中、僕は全く行き先を決めずに適当な電車に乗って、目についたバスに乗り換えて、気になった場所で降りると言った風に、本当に勝手気ままな旅をしていたんです。そうして辿り着いたのが、田んぼと畑と山、後は小川と少数の民家があるだけの、長閑な村でした」
青年の話す内容を脳裏にイメージして、俺は祖母の実家がある町を思い浮かべた。
祖母が暮らす場所も、青年が言うような山に囲まれた自然豊かな所で、子供の頃はよく川でザリガニや蜆を捕まえたりして遊んでいたものだ。
「はっきりと言ってしまえば、自然が広がる癒しの空間である反面、それ以外には面白味のない場所でもありました。でも、僕は都会育ちでしたので、目にするもの一つ一つが新鮮で、持参したカメラで気になる風景や建物を次々に撮影しながら村の中を散策していたんです。そうして、暫く歩いていると、山の中へと続く道を発見しまして、その道の手前と言うのか入口と言うのか、道端に祠に祀られたお地蔵様を見つけたんです」
道祖神というやつか。
祖母の住む町にも、確かそんなものがいくつかあったはずだ。
誰がいつ管理しているのか、定期的に花や水が供えられいつも年季の入った赤い涎掛けのような物をつけていた姿を覚えている。
「僕は特に神様や仏様っていうものを信仰はしていなかったので、これも田舎らしくて風情があるななんて思いながら側で一枚写真を撮り、山へと続く道へ入って行こうとしたんですけれど……その祠の前を通り過ぎて、十歩くらいは歩きましたか、突然背後から“……なぁ”とお爺さんみたいにしわがれた声で呼び止められまして、咄嗟に村人かなと思い驚きながら振り向いたんですけど、そしたら――」
単なる息継ぎかそれとも意図的な焦らしか、青年の声が一呼吸分止まった。
「通り過ぎたばかりの祠から、中に祀られていたお地蔵様が身を乗り出すように顔を出して、無表情にこっちを向いているのを見てしまって。表情は、特になかったはずです。普通のお地蔵様と同じあの表情を浮かべたまま、顔だけが祠から飛び出してこっちを見ていたんですよ。逆にそれが不気味に映って、僕、慌ててその場から逃げてしまいました」
そこでまた、気持ちを落ち着けるかのように数秒言葉が途切れた。
「……その後は、別に見つけたルートを通って移動したので、その祠には近づきませんでしたけど……あの時僕を呼び止めた声は、間違いなくあのお地蔵様だったと思うんです。もし、あのまま逃げだせずにいたり、興味本位で祠へ近づいていたりしたら、僕自身がどうなっていたのか。いつ思い返しても、落ち着かない気持ちになる出来事でした。……短いですが、これで僕の話は終わりになります。ありがとうございました」




