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怪談遊戯~紅葉語り~  作者: 雪鳴月彦
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第二十二話:スタンドランプ

 矢田部と名乗った少女の語りが終わり、次に聞こえてきた声は少女とは対照的に、野太い中年男性の声だった。


「それでは、次は私の話を聞いてください」


 五十代くらいであろう。


 振り返ることは自重しているが、やはり話をする人物の容姿はどうしても気になる。


 しかし、それでも先程こちらを見つめてきた紅葉の、あの本能的な恐怖感を与えてくる気配を思いだしてしまうと、身動きをする勇気は一瞬にして縮んでいってしまう。


「私は梶田かじたと申します。今から話す内容は、七年程前に私本人が体験した、スタンドライトに纏わる話です」


 まるで業務連絡でもするかのような真面目な声音で、梶田という名であるらしい男は話を始める。


「私は、アンティークの収集が趣味でして、椅子や時計など気に入った物は割と値段を気にせずに買い集めていました」


 金持ちなのか。


 年代的にはまぁ、そこそこの収入を得ている世代かもしれないが、何とも羨ましいなと、俺は内心で嫉妬しっとする。


「ある日、よく足を運ぶリサイクルショップへ行くと、ずっと気になっていたスタンドライトが店の中からなくなっていた……ということがありまして。正直、すぐにでも購入したかった物だったのですが、如何いかんせん値段が高くて手が出しにくく、暫く様子をみていたのですが……どうやらその間に売れてしまったようで」


 話を聞いている最中、突然パパッと天井で灯る赤い照明が点滅した。


 ドキリとして目線だけを上に向けたが、特にこれといった変化は起こることなく、紅葉も気にした様子を見せず男の話に聞き入っているだけだった。


「この値段なら他に買う人もそうはいないだろうと、高を括っていた自分に後悔しながらも、なくなってしまったものは仕方がないと諦めることにしたのですが……それから1ヶ月程が過ぎて、再びその店へ立ち寄ると、売れていたはずのそのスタンドライトがまた元の場所に置かれていたんです」


 工事をしているビルに即席でこしらえた会場だ。


 照明にちょっとくらいの不備も、あるときはあるものだろう。


 そんな風に自分を納得させ、俺はまた大人しく話へ耳をすませる。


「店主へ訳を訊ねてみると、どうやらそのスタンドライト、買ったお客が一月も経たぬうちにまた売りに来たのだと言うのです。購入したは良いものの、イメージしていたのと違ったのだろうかと、あんなに高い金を払って買ったのに、ついてない人だななどと思いながら、私はまた売れてしまわないうちにとその日、念願だったスタンドライトを購入しました」


 小さな息継ぎみたいな間を空け、すぐに梶田は続きを喋りだす。


「宅配便で家に送ってもらえるよう手配し、実際到着したのが翌日でしたか。私は早速梱包をほどくと、スタンドライトを寝室の、ベッドのすぐ横へと設置したんです。高さは百六十センチくらいはありました。大人と同程度の大きさでしたね。スイッチを点けると、淡いオレンジの、レトロな光が寝室を満たして、私は良い買い物をしたと、その時は満足していたのです。ただ……」


 梶田の声が、そこで歯切れの悪いものへと変わった。


「そのスタンドライトを使い始めた、次の日でしたか。夜ベッドへ入ってそのスタンドライトの明かりだけで本を読んで過ごしていたら、突然明滅するように明かりが乱れ始めまして。それも、数分間連続して明滅を繰り返したと思うとピタリと元に戻って、また暫くして明滅を始めるといった具合に、一時的な症状では収まらなかったのです。その日は仕方なくライトを消してそのまま寝ましたが、翌日以降も同じことが毎日続いてしまい、ああ……これは欠陥品だなと思い至りました」


 古い物でしたから、何かしら不具合があることもありえますからね。


 そう付け加えて、梶田はまた数秒沈黙を挟んだ。


「でも、私の考えは間違っていたんです。スタンドライトを購入して、一週間。毎晩明滅を繰り返すスタンドライトにいささか困り始めていた私でしたが、それでも安くない金額で入手したという未練もあって、どうにか使い続けられないかとその日もベッドに入りながらスイッチを点けて様子を窺っていたんですが……ついに見てはいけないモノをこの目で見てしまうことになりまして」


 もったいぶるような言い方なのに、口調は他の発表者同様の淡々としたものと一切変わることがなく、何ともアンバランスな感覚が否めないなと、俺は内心でそんなことを思った。


「ライトが明滅し始めて、私はまたかと思いながら身体をそちらへ向け、暫く眺めていたのですが、不意にその視線を逸らして部屋の奥……まぁ、ベッドの先と言いますか、私からすれば自分の足がある方向ですね。そちらを向いたら、明滅する明かりの中で、見知らぬ男がジッと俯いて立っているのが見えてしまいまして。紺のスーツ姿で、六十代くらいでしょうか。しっかりと見れたわけではないので正確には言えませんが、綺麗にセットされた髪は白髪が目立っていたと思います。そんな容姿の男が寝室の壁際に立っているのを見た瞬間、私は大声をあげてしまったのですが、その私の声にまるで呼応するかのようなタイミングで、明滅していたライトがプツンと切れてしまったんです。当然、室内は真っ暗になり、私はもう恐くなって布団を被ってそのままずっと耐えていました」


 またしても、照明がチカチカと明滅する。


 これはもしや梶田の話に合わせて、紅葉かスタッフが何か演出をしているのではないかと閃くも、その真偽を確かめる術は俺にはない。


「……その後、いつの間にか眠ってしまったのか、気を失っていたのか。気がついた時には既に夜は明け、謎の男の姿もなくなっていました。ただ、ベッドの横で照明が点いたままになっているスタンドライトだけが、静かに昨夜の不気味な余韻よいんを漂わせていました。その日、仕事を午前中で切り上げさせてもらった私は、そのスタンドライトを元のリサイクルショップへ引き取ってもらうため、買い取りにきてもらったのですが、その時、店の主人が意味深な表情を浮かべてこう言ってきたんです」


 ――やっぱり、お客さんも手放しちゃうんですね。これね、売れても何でだか毎回、暫くすると店に戻ってきちゃうんですよ。不思議なもんですよねぇ。


「スタンドライトの買値は、売値の半分以下でした。あの店主、あれがいわくつきだと知っていながら、わざと店に並べて客が食いつくのを待っていたんじゃないのかって、その時ふと思って。何度売れても、すぐに戻ってくるんですから、店側としては金のなる木みたいなものでしょうしね。……私の語りは以上になります。御静聴、ありがとうございました」

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