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怪談遊戯~紅葉語り~  作者: 雪鳴月彦
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第二十話:別れた理由

 サラリーマンをされている四十代男性の方、幸二こうじさんとここでは呼んでおきましょうか。


 その幸二さんは数年前、約一年交際をしていた女性と結婚し、その僅か半年後に離婚をしてしまったのだそうです。


 特に仲違いをしたとか、そういう理由ではなく……もっと非現実的な、奥さんの隠していたある嘘が原因による離婚だったということでした。


 その奥さんは、交際している頃はどういうわけか、幸二さんと一晩を共にすることをずっと避け続けていたらしく、肉体関係を持つことはあっても毎回ホテル等を利用し、自分のアパートや幸二さんの部屋には絶対に泊まるということをしなかったと言います。


 デートは普通にするし、メールも送ればすぐに返信をしてくれた。


 なのに、一緒に一夜を過ごすとなると何かしら理由をつけて断り続けた。


 変なところで恥ずかしがりなのだろうか。


 変わっているなと思いながらも、それで別れる理由にもならないなと、幸二さんは相手のペースに合わせて交際を続けていたそうです。


 そうして、一年が経過した頃。


 お互いもうそれなりの年齢であるということも考慮し、幸二さんは相手へ結婚をしてほしいと告白すると、女性の方も少しだけ逡巡しゅんじゅんするような素振りを見せた後に、コクリと頷き申し出を受け入れた。


 それから暫くして、結婚式は挙げずに二人は一緒に暮らし始めたらしいのですが、結婚生活を始めてすぐ、幸二さんの身の回りでおかしなことが起こりだしたそうで。


 夜、仕事が終わり帰ってくると、何となく室内にアンモニア臭……尿のような臭いが漂っているように感じる。


 また、入浴をしている最中、奥さんがいるはずのリビングから、微かに赤ん坊の泣き声らしきものが聞こえてくることもあった。


 また、ソファーやベッドに座って何かをしている時、不意に足元を猫が身体を擦り付けるのと同じような動きで、何かが通り過ぎるような感触に襲われることも何度か経験し、さすがに幸二さんも違和感を覚えるようになった。


 奥さんも同じような現象に襲われてはいないかと問い正してみても、妙に顔を強張らせながら身に覚えがない、何も思い当たらないと首を振られるだけで、期待するような返事は得られない。


 いったい、これは何なのだろう。


 どうしていきなり、こんなおかしな現象に悩まされてしまうことになってしまったのか。自分が気づいていないだけで、疲れが溜まっているのだろうか。


 釈然としないまま、それでも幸二さんはどうにか日々の生活を送っていたそうなのですが、結婚して半年が経過した頃になって、ついにそれらの現象の正体に気づく日が訪れました。


 夜、夕食を終えた幸二さんが、リビングでテレビを観ていた時のこと。


 奥さんはキッチンで洗い物をしていたそうなのですが、その奥さんの背中へ幸二さんが何気なく視線を向けた瞬間、一瞬だけ“それ”がはっきりと見えてしまったと言うのです。


 キッチンに立ち、一人洗い物をしている奥さん。


 その肩、首、そして両足に。


 生きているとは到底思えない、全身が青紫色をした全裸の赤ん坊が四人程、必死にしがみつくようにして群がっている光景が、幸二さんの目に映り込んでしまった。


 しかしそれは本当に一瞬で、すぐに消えて見えなくなってしまった。


 驚いた幸二さんは、慌てて奥さんをリビングへ呼び戻し、たった今見てしまったモノについて説明をした。


 すると、その話を聞いていた奥さんは途中から顔を歪めるようにして泣きだしてしまい、下を向いたまま何度もごめんなさいと謝罪の言葉を口にしだしたのだという。


 状況がわからず、幸二さんは奥さんを宥めて謝る理由を訊ねると、そこでようやく結婚をしてから何度も遭遇してきたおかしな現象の謎が解けることとなった。


 実はこの奥さん、二十代の頃は自分の身体を売ってお金を稼ぐ、まぁ、そういったお仕事をされていたそうで、十二年間の間に四回も中絶をしていた過去を隠していたのだそうです。


 当時は他の方法でお金を稼ぐ自信がなかったし、男性側からも避妊のために付けるべきものを付けずに行為をさせた方がお金を多く貰えたからと、泣き腫らした目で懺悔ざんげする奥さんを見ていて、幸二さんは全て納得したそうです。


 部屋で嗅いだ仄かなアンモニア臭や泣き声、足元を何かが移動する気配。


 あれらは全て、この奥さんが連れていた姿のない赤ん坊たちの仕業だったのだと。


 事実、奥さんはそのことも白状したのだそうです。


 本当は自分も幸二さんと同じ不可思議な体験は日常的にしていたし、それは結婚する前、一人暮らしをしている時から普通に起きていたのだと。


 一夜を共にすることを何度も拒んでいた理由も、万が一にもこのことがばれたら嫌われてしまうのではと恐かったからで、結婚をするのも正直勇気が必要だったのだと。


 しかし、自分だけがこの赤ん坊たちに憑きまとわれているだけなら幸二さんには害はなく、ばれることもないのではと淡い期待を込めていたが、現実として幸二さんまでも同じ現象に苛まれていると聞かされた瞬間に、内心これは駄目だと思ってはいたそうで。




 できるなら、見捨てないでほしい。


 そう奥さんからは懇願こんがんされたそうですが、幸二さん……さすがにこれは耐えられないと、この数日後には離婚をする決意をしたのだと、仰っていました。

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